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32.5 街歩き

更新が遅れてしまい申し訳ありません!

予約を忘れておりました……。

32の後のレオとディルの会話、レオとディルの出会いを書いたものとなっています。お楽しみいただければ幸いです。

 俺、ノア、ディル、双子。異色のメンバーで全力かくれんぼをした翌週、次の休息日のこと。俺は王都の街中へ出てきて、あいつらがいそうな場所を適当にぶらついてみた。

 パン屋の隣の空き地、噴水のある広場、気前よく試食させてくれる屋台が並ぶ通り。

 思いつくままに歩き回るも、探す姿はどこにもない。数秒立ち止まって考えた後、何となく、先週遊んだ場所へと足を向けていた。






「ディル」

「ん? おお、レオか」


 俺の勘も当たるときは当たるらしい。足を向けた先で、ディルと双子は手近で雑多な物に腰掛けて喋っていた。

 俺の背後にちらっと視線をやり、ディルは意外そうに呟く。


「一人か」

「あいつは図書館に籠ってる。だいたいの休息日はそんな感じだ」

「図書館?」


 ディルが片眉を上げ、おかしなことを聞いたと言わんばかりの顔をした。俺も初めてノアから聞いた時は同じような顔をしていたのだろう。


 なぜ休日に好きなことをしていいと言われて本を読むのか。しかも一日中、朝食を摂ってから読み始め、昼食中を除いて夕食の時間まで。見ているだけで頭が痛くなりそうだ。


『お前は何でそんなに本を読めるんだよ……』

『……? 君は読めないのかい?』


 きょとん、とした顔で何度か瞬き、心底不思議そうな顔でそう尋ねられてしまえば、俺はもう何も言えなかった。一日を本に囲まれて過ごすことに欠片も違和感を抱かないあたり、理解の余地がない。俺には無理、という結論しか出なかった。

 その質問をしたのはいつだったか、と記憶を探る俺の向かいで、ディルが双子との会話の合間に視線を向けてきた。


「んで、今日は何か用か?」

「ん? ああ、そういや、忘れてたな」


 今度は貴族がもう一人増えると話すと、ディルは再び怪訝そうな顔をした。なんでだよ、と顔に書いてある。俺もそう思う。


「……一応訊くが、冗談か?」

「俺ならもっと面白い冗談にするっての」


 はー、とおっさんくさく頷き、ディルは空を仰ぐ。


「……貴族が何を考えているのか、庶民には分からないもんか」

「そうなんだろ、きっと」


 呟いた次の瞬間にはもう、ディルも俺も笑みを浮かべていた。


「次は何になるんだろうなぁ。またかくれんぼでもいいな、見てろよレオ、リベンジマッチだ!」

「やなこった。チャンバラにしようぜ、チャンバラ」

「だめだだめだ! それは許さん!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めた俺たちを、双子が不思議そうな顔で見ていた。






 ひとしきり騒ぎ、ふともう一人の自分が我に返った。いつのまにか喧しく騒ぎ合うほど仲良くなった。こいつと出会ったのはたったの数週間前だというのに、おかしなことだ。

 そんなことを考えた俺の脳裏に、いつかディルがノアに語った言葉が蘇る。


『そこへレオが登場よ。何しに来てたかは知らないが、ずかずか近づいてってチンピラどもを倒してなぁ』


 俺たちの出会いは、ディルが語るほど大層なものではなかった。






 まどろみの中、ゆっくりと意識が浮上する。

 夢の中から夢現、そして現実へ。耳が鳥の声を拾い、頬に柔らかな毛布の感触を感じる。そっと薄目を開ければ、見慣れた部屋が薄闇の中に浮かんで見えた。向かいのベッドのふくらみを何とはなしに眺め、昨夜忘れずに閉めた遮光カーテンから漏れる朝日から時刻を悟る。


 そろそろ起きてもいいだろう。


 くぁっ、と欠伸を漏らし、ルームメイトを起こさないように起き上がる。手早く着替えて部屋を出る。

 ノアは図書館に行くと言っていたから、今日は街を散歩でもしようか。


 まだ静かな寮の廊下を歩きつつ、二度目の欠伸を噛み殺した。






 農業と林業を主とするリーゼヴェルほどではないものの、王都の朝もそれなりに早い。朝日が夜闇を払う頃には、大通りを歩く姿も珍しいものではない。仕事に行く前に朝食を求める人のために露店が並び、香ばしい匂いが鼻をかすめる。


 特段空腹を感じていなかったが、ぐぅ、と腹が催促するように鳴く。やっぱり何か食べるか。


「おばちゃーん、串焼き一個―」

「あいよ。毎度あり」


 目についた肉の串焼きを買い、銅貨を手渡す。滴る肉汁を慌てて舐めとり肉にかぶりついた。行儀なんぞ知ったことではない。肉はこうした方が美味い。ついでに肉汁の付いた指も舐め、そこらへんのゴミ箱に串を投げ入れる。


「さて、何するかな」


 首の後ろで手を組み、鮮やかさを増す青空を仰ぐ。

 今日は良い日になりそうだ。






 そんなことを考えてから一時間後。

 良い日になりそうだと思ったのは間違いだったのだろうかと、俺はすぐ横をかすめた拳を見て思う。壁にぶち当たった拳は鈍い音を響かせ、赤く染まる。五つは年上だろう男は避けられたのが気に入らないらしく、舌を打った。


「っだよ、うぜえなぁ!」

「そう思うなら帰れよ」


 苛立った声に眉を寄せ、俺は握ったナイフの柄で男の手首を叩く。先ほど拳を固めた手とは反対の手からナイフが落ちる。すぐさま蹴っ飛ばした。

 呻く男の鳩尾に膝を入れ、ごふっと息を漏らして体を折った隙に足を払う。倒れた男に意識を払う間もなく、もう一人の男が繰り出す蹴りを避ける。喧嘩慣れしているらしく動きに躊躇いがないが、父親や体術の教官には遠く及ばない。狙いも雑、動きも緩慢だ。これなら見える。


「ったく、子供(ガキ)相手に何してんだよ」


 小さく呟き、魔法を発動させる。琥珀の光が緑色に染まりつつ細く伸び、男の両足を絡めとる。魔力が蔦に変わるまで一瞬。


「なっ、お前」

「手を出す相手見ろよ、今度から」


 男が聞いた言葉は、きっとそれが最後だろう。手刀を首筋に叩きこむと、男は崩れ落ちるように膝をつき、やがて突っ伏す。


「はぁ……休日だってのに」

 

 ナイフを定位置に戻し、この騒動の元凶の片割れへと足を向ける。

 俺が二人の荒くれ男を()したのは、王都の中心部から外れた、とある裏路地。そう深い場所ではないから危険度はそうでもない。しかし、荒事に慣れていないのであれば立ち入るべきではない。

 自衛ができなければ餌食になるだけだ。


「おい、無事か?」


 声を掛けたのは、俺とそう年齢の変わらない少年二人。見分けがつかないほどそっくりの顔をしているから双子だろう。

 二人は恐怖からか白い顔をして、固く手を繋いでいる。黒目が怯えるように微かに揺れ、唇はどうにか言葉を紡ぐのが精いっぱいといった様子だ。無理もない。


「……あ、う、うん」

「……ありがと」

「気にするな。もう裏には入るなよ」


 少年二人がチンピラに絡まれているのを見たのが始まりだった。何の気なしに裏路地を歩いているとき、子どもの声が助けを求めていた。罠かもしれないと考えたのは一瞬にも満たない時間。気が付いた時には飛び出していた。


 裏路地は、まさしく弱肉強食の世界だ。子供であること、女性であること、そんな弱さを武器にして生き抜く人々がいることを知っている。か弱い悲鳴が罠になり得ることも知っている。けれど。


 思考を断ち切るように息を吐く。

 そう強くない奴らだったから良かったものの、相手が悪ければ俺すらも危うい。今更ながら自分の軽率さを悟る。ノアにばれたら怒られるだろうから黙っておこう。

 まあ、たとえ自分すら危うくとも同じことをするんだろうが。


「……騎士様?」


 騎士学院の制服を見た少年の一人が、呟きとも呼びかけともつかない声でそう言った。思考に沈みそうになった意識が浮上する。


「……未来の、な。今は違う。ほら、表まで送ってやるから立て」

「うん。あ」

「あ?」


 少年たちが顔を上げ、その表情を緩ませる。二人の視線を追って、俺はその人影に気がついた。路地の入口、表の道と裏の道の境目。


「「ディル!」」

「……お前ら……何して、るんだよ」


 大柄な少年が、弾む息の合間を縫って言葉を絞り出す。肩口で汗を拭うのを見ると、相当走り回った後らしい。


「知り合いか?」

「うん」

「ディルだよ」


 双子に尋ねるも情報は何一つとして増えなかった。これは俺の訊き方が悪いが。双子の態度からして兄だろうか。

 そんなやり取りをしているうちにディルと呼ばれた少年が歩み寄って来た。大柄な少年に視線と体を向ける。


「こいつらの兄貴か?」

「いいや、こいつらは俺の弟じゃあない。ま、弟分ではあるがな」

「それならいいさ。兄貴分っていうあんたがいるなら、俺はもう行くぞ」


 ここは裏路地とはいえ入り口も入り口。手練れはまだいないし、チンピラは今しがた追い払ったばかり。危ないことはないだろう。

 踵を返しかけた俺の肩が掴まれる。振り返るより先に、強い力で以って強制的に振り向かされた。たたらを踏む。日常的な訓練で鍛えていなかったら転んでいただろう。転んだらどうしてくれる。


「何するんだよ」

「お前、名前は」

「は?」

「名前だ、名前。何ていうんだ」

「……レオ・リーベル。レオでいい」


 なぜ名前を訊かれているのかも分からないまま、勢いに呑まれて名乗る。レオ、レオ、と数度呟き、大柄な少年は笑った。


「そうか、レオ、世話になったな。俺はディル。この礼はする。何かあれば頼ってくれ」


 義理堅い奴だ。


「気にしなくていい。通りすがりに暴れただけだからな」

「それでもこいつらが助けられたのは事実だ」

「……好きにしろ」


 何を言っても礼をしたがるのだろうと察し、俺は諦めて息をつく。






 まさか、その頼みとやらを数週間後に不思議な形でするとは、さしもの俺もまだ思っていなかった。



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