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32 かくれんぼ


 公正かつ厳正なじゃんけんの結果、鬼はディルとなった。


「んじゃあ三十秒なー」

「一分くれ。俺とチビどもはともかく、こいつは初めてだぞ」


 こいつ、とノアを指せば、ディルは仕方ないと了承した。


「制限時間はどうする? 十分でいいか?」


 俺の提案に、少し考えたディルが肩をすくめる。


「まあそんなとこだな」


 不思議そうな顔のノアに、十分間誰か一人でも見つからなかったら勝ち、と囁いてやる。


「ほら隠れろよぉっ。いーち、にーい」


 ディルが数え始めるや否や、双子がぴゅうっと姿を消した。その素早さは瞠目に値するもので、ノアが隣での呑気に感心していた。


「ほら、俺たちも行くぞ」


 範囲は両隣の路地まで、建物内は禁止。

 ルールはそれだけだ。


「こういうときってどこに隠れるんだい?」


 物音で隠れた場所を悟られない程度にディルから離れようと、ノアを先導するように走る。


「隠れられるならどこでもいいんじゃないか。チビたちと違って多少選択肢は少ないけどな」


 先ほどノアが言った通り、かくれんぼという遊びは体の小さい子供の方が有利だ。鬼はとにかく、隠れるほうは体が大きいほど難易度が上がる。


「で、勝つための工夫な。隠れる奴は分散する」

「リスクを分散させるんだね。途中で隠れる場所を変更してもいいのかい?」

「何も言ってなかったし、いいと思うぞ」


 ばれるものではないし、ディルに何か言われたら堂々同じことを答えるだろう。まあ、何も言われないだろうが。


 庶民の子どもたちの遊びには厳格なルールが存在しない。割とやりたい放題だし、数少ないルールは地域によって違うらしいと知った。リーゼヴェルにあったルールが王都ではなく、王都のルールがリーゼヴェルにはない、といった具合だ。


「じゃあ、俺はこっちに隠れるから。頑張れよ」

「うん、またね」


 隣の路地へと走っていく背中を見送り、さてどこまでがセーフだろうかと首をひねった。






「どこにいたんだよお前は」


 かくれんぼが始まってから十分と少し後。

 呆れと疲れを滲ませるディルに、俺はにんまりと笑いたいのを堪えながら、何てことなさそうに言った。


「まあ、あちこちな」

「具体的に言ってくれ」

「屋根の上、側溝の中、あとはそこらへんの物陰を適当に」

「最後はいいとしてだ! 前の二つはなんっなんだよ!」

「ルール甘いからだろ」


 波打つ感情を映すディルの台詞を受け流し、悪戯小僧そのものの笑みとともに、俺は言う。


「都会でのかくれんぼってやったことがないから、ついはしゃいじゃってな。隠れるところが多いよなぁ」

「流石は野生児だな!」


 感心と呆れが等分に含まれた声音で以ってディルが言う。

 ディルも双子も身体能力に優れ、こういう遊びにも慣れている。だが、やはり都会育ちと言うべきか、水平方向の動きは強い一方で垂直方向の動きは弱い。意識も、身体能力も。


「ははっ、俺は手ごわかっただろ?」


 深いため息とともにディルが顔を手で覆い、すぐに空を仰いで笑った。


「それでこそレオだ! 予測できないところがレオらしい。はっはっは、次はレオが鬼をやれっ、俺と勝負だ!」


 このさっぱりとしていて豪胆なところを、俺は気に入っていた。こいつの台詞を真似れば、それでこそディルだ。勇猛果敢とでも言おうか。何かが違う気がするが。


「レオ、けがはないかい?」

「ああ、大丈夫だ。こういうのは慣れてるからな」


 何度かノアにも話したことがあるが、俺は故郷で遊び回っていた。もちろんこんな都会ではなく、田舎も田舎、辺境のド田舎でだったが、遊びも無茶も慣れている。


「排水溝は危ないから駄目だよ」

「俺だって、ここ数日雨が降ってないのを知ってやってる」

「それなら……いや、それでも危ないよ」

「そろそろ体がでかくなってきたしなぁ」


 隠れたはいいが出られないなんて無様な姿をさらしたくないので、もうやめたほうがいいだろう、と考えた。それに、排水溝に隠れた後体に被せるその辺の布やら茣蓙(ござ)やらの汚れも気になるし。パラパラ落ちてくるんだよな、色々と。


「それにしても、君は本当に身体能力が高いね」

「そうか? 普通だろ」

「君の故郷では、かくれんぼで屋根に上るのは普通なのかい?」


 呆れと好奇心が混ざり合った問いかけに、記憶を探って数秒間黙り込む。


「……いや、一部だけだったな」

「君の他にも屋根に上る子供がいたんだね」


 苦笑を浮かべるノアに、一つ訂正を入れる。


「屋根とはいえ、リーゼヴェルにはこんな高い建物なかったぞ」


 言いつつ傍の建物を見上げて数えてみる。一、二、三、四。辺りを見渡せばもう少し高い建物も見つかる。

 二階建てが精々の田舎とは、難易度も危険度も大きく異なるだろう。


「それでも、普通は屋根に上らないだろうに」

「まあそう言われれば終わりだけどな」


 そういや、よく親に怒られたものだと思い出す。木登りの延長で、木の枝から屋根に移ったのが始まりだった。景色を遮るもののない場所は空が広く、遠くまで見通せた。

 それを気に入って何度か繰り返したあたりで音に気付いた母親にばれ、にやりと笑った父親が心配する母親に尻を叩かれて、俺を屋根から下ろした。


『やっぱりてめぇには体幹トレーニングはいらねぇよ』

『レオっ! なんでこんな危ないことしたんだいっ』


 非常に温度差のある両親の言いつけにより、俺は故郷で屋根に上ることを禁止された。もし発覚した場合は夕飯を抜くと母親に脅され、従うしかなかった。俺の生命線を握るのは母親だし。


「ここでなら絶対に見つからないし、魔が差した」


 そんな話の後にけろりと言ってのけた俺はディルに呼ばれ、一分数えて探しに来いよと声を掛けられた。


「本当に、君って……」

 頷いて振り返った先、先ほどまで呆気に取られていたノアが笑いすぎて声もなく震えているのを発見することになる。

 何度となく思うが、俺のルームメイトの笑いのツボは謎すぎる。






 日暮れまで遊び回って満足したノアは、その日、帰るなりベッドに倒れ込んで飯も食わずに眠り続けた。俺が呼んでもお構いなしだ。


「おいノア、起きろ。おーい。……仕方ないか」


 何度か呼び続けた後に、俺は諦めて一人で食堂へ向かう。食堂に着いたところで、耳慣れた声が俺を呼んだ。振り返る。


「ルイか」

「一人とは珍しいな。ノアはどうしたんだ」


 自分の分のトレーを手に取り、汁物を零さないように慎重に歩き出した。後ろからルイもついてくる。


「部屋で寝てる」

「……具合でも悪いのか?」

「遊び疲れたんだろ。一日中動き回ってたからな」


 なぜ俺がそれなりの疲れで済んでいるのかと言うと、筋力と体力がルームメイトよりもあるからだ。庶民の遊びにも慣れている。


「それはどういう」


 俺の雑な説明では状況を理解できなかったらしいルイに、面倒になって説明を投げた。


「詳しいことはノアに訊いてくれ。喜んで教えてくれるだろうしな」

 つまるところ、俺も疲れていたのだ。






 翌日、楽しそうなノアはルイに一部始終を語り、大いに驚かせた。部屋に帰って来たノアの報告によると、今度はルイも誘うことになったという。


「お前らは本当に貴族なのかよ……」

「何度言わせるんだい? 私の父親は」

「分かった、分かったからもういい」


 何度も耳にした言葉を遮り、次の休息日にはディルたちに声を掛けておかなくてはと考えていた。



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