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28 とある朝食風景


 黒銀祭から早二か月が過ぎた。

 季節は秋の初めから冬へと移り、俺にとっては憂鬱極まりないテスト期間へと突入した。騎士学院では三日間かけてテストを行い、テスト二週間前からテスト期間と称される。

 もともとの能力が高い上に普段から復習を欠かさないルームメイトはテスト期間といえどいつも通りだが、碌な下地がない上に普段からさぼりがちな俺は頭を抱えていた。これは留年覚悟か。


「ノア、悪いんだが……」

「構わないよ」


 仕方がないので、最近の俺は読書中のノアに頼み込んで勉強を見てもらっている。流石は学年主席と言うべきか、何を訊いても説明してくれるしわかりやすい。


 こいつ、本当に頭いいよなぁ。


 努力を積み重ねているのを知ってはいるが、努力だけではどうしようもないほどの能力を持っている、というのがルイの談。ルイも普段からコツコツと勉強しているので、さほど苦労はしないらしい。

 自業自得と言われてしまえばそれまでだが、友人二人の成績のよさが羨ましい。


「有名どころだけど、今から十年ほど前に魔獣の大規模侵攻が起きていて、それ以前にも何度か似たようなことが一定周期で……」


 教科書をかみ砕いて説明してくれる声を聞きながら、教科書やノートに書き込みつつ脳みそに入れていく。ノア曰く、一度で覚えられないのは当たり前だから不十分でも何度も繰り返せ、らしい。


 ノアが同じ内容を何度も繰り返しているかは不明だ。俺の見ている限り、こいつは一発で覚えている気がするんだが。


 ノアやルイと一緒に進級するためには、どうにかテストを無事に乗り切らなければいけない。

 憂鬱な日々を予想して、テストまで二週間を切った今日の日付を示すカレンダーを忌々しく睨みつけた。




「第二十五代国王陛下の名前は?」

「じゅ……じゃない、ジェラルド」

「第三十一代国王陛下の御代に出された刑法で、当時の王妃の名前からとられたものの名称は?」

「あー……あれだ、リコリス刑法!」


 テストまで一週間を切った頃。

 学院内にある食堂で、俺とノアは一問一答形式で歴史の暗記事項を確認していた。もちろんノアが問題を出して俺が答える方式だ。ノアは何も見ずに次々と問題を出してくる。容赦がない。


 必死に記憶を引っ張り出す俺は、スパルタ特訓を課してくるノアを恨めばいいのか、褒めればいいのか、感謝すればいいのか、全く分からない。


「じゃあ、シュラッツ陛下は何代目?」

「二十……あー……二十二?」


 食事を席へ運ぶ間でさえも続く口頭質問に、そろそろ頭が痛くなってきた。キリがいいところで切り上げてもらおう。

 空いている席を探してうろつくノアについていきながら、ここ数日で何度も目を通させられた教科書の内容を思い出す。


「残念、二十三代目。じゃあ、その当時勃発した隣国との戦争を何て呼ぶ?」

「あれだろ、貿易でのごたごたが原因の…………あー、名前だけ出てこない」


 ギブアップするかい? と席を見つけたノアが座りながら尋ねる。喉まで出かかっているからと断り、俺も席に着く。

 冬になって増えた温かいスープと、朝は食欲のないノアが皿に載せてくるパンを眺めつつ、あと一歩、と記憶を探り続ける。


 そのとき、空いていた俺の隣の席に誰かが座った。向かいに座ったノアが視線を向け、声を掛ける。


「おはよう、ルイ」

「ああ、おはよう。……レオはどうしたんだ?」


 眉を寄せて朝食とにらめっこを続ける俺を怪訝に思ったらしいルイが、ノアに尋ねる。


「もうすぐテストだろう? レオが赤点を回避できるように、一問一答で特訓中なんだ」

「それは大変だな。それで、今は何の教科を?」

「歴史だよ。第二十三代目国王陛下の御代に起こった隣国との戦争の名称、が今出している問題なんだ」

「ああ、あの」


 しっ、とノアが人差し指を唇に寄せるのが視界の端に見える。その表情はいつも通りの穏やかな微笑み。


「答えないでね」

「……了解」


 薄っすらと笑って食事を始めたルイも、答えを知っているのだろう。くそ、悔しい。


「…………ギブアップ」


 先に食べ始めていた朝食を飲み込んでから、ノアは答えを教えた。


「リュミレス戦争。西にあるリュミレス海岸での事件をきっかけとした戦争だったはずだよ」

「ああ、合っている」


 確認を取るようにルイを見たノアに向け、ルイが頷く。

 本当に能力高いな、お前ら。もう今すぐテストやっても大丈夫なんじゃないかと思えてくる。俺は無理。


「あ、そういや、今日の放課後呼び出し食らってるから、先に帰ってくれ」


 授業後に一緒に帰るようになった二人に伝えれば、片や苦笑し、片や呆れたように瞳を細める。


「またかい?」

「もはや日常と化してないか……?」

「文句は俺じゃなくて教官に言え。呼び出してるのは俺じゃない」

「原因は君だろうに」


 すっぱりと正論で反論を封じられ、何も言えずにパンを口に突っ込む。いつも思うが、ノアは俺にパンを渡して昼まで持つのだろうか。そんなことを現実逃避で考えているうちに、気が付けばあらかた食べ終わっていた。

 俺の皿が綺麗になっているのが見えたらしいルイが、ぼそりと呟く。


「相変わらず早いな……」

「兄貴とおかずの取り合いするのが日常茶飯事だったからな。とっとと食べないとおかずがなくなるから、早く食べるのが癖なんだよ」

「ゆっくり食べないと体に悪いよ」

「お前らはゆっくりだもんな」


 俺にパンを一つくれているのにも関わらず、ノアの皿にはまだ食事が残っている。俺も相変わらずだが、こいつも相変わらずだ。


「今回のテスト、全教科筆記試験があるんだったか」


 頬杖をついて尋ねた俺に、ルイが考えるように視線を巡らす。俺に早いのなんのと言っていた割に、ルイの皿も空になっている。


「剣術と護身術は実技だけだ。魔法は……確か、筆記試験と実技試験の両方があるな」

「じゃ、その二つで稼ぐしかないな」

「魔法の実技でも稼げるんじゃないかい?」


 ようやく皿を空けたノアが言う。


「ああ、そうだな。あとは……」

「歴史、法律、戦術、基礎教養」

 俺の言葉を拾い、ノアが指折り挙げた。


「基礎教養がなぁ……」

「そういえば、今日の呼び出しは誰からなんだい?」

「赤目の教官」

「……ローズレッド教官か? 基礎教養の」


 数秒考えてから、ルイがその名前を口にする。こいつも教官の名前をきちんと覚えておくタイプらしい。その通りなので頷く。


「レオはよくローズレッド教官に呼び出されているよね」

「まあな。他の教科より呼び出されてるぞ、確実に」


 その理由には心当たりがあるので不思議には思わない。単純に、基礎教養の成績が悪いからだ。振るわない、などというレベルではない。


 ちなみに他の教科担当の教官にもたまに呼び出されている。基礎教養の次に多いのが法律、その次が魔法だ。魔法に関しては成績云々というよりも、魔力の定期確認の意味合いが強いが。たまにあの自由すぎる魔法使いにも会う。


「お前らは呼び出しないのか?」

「普通はないだろう」

「私も呼び出されたことはないよ」


 ルイ、ノアという順ですっぱり即答され、流石、と苦笑した。

 こいつらの成績は良いんだろうし、呼び出す必要がないんだろう。


「ま、とりあえず今回のテストを乗り切らなきゃな」

「ふふっ、分からないところがあったら訊いてね」

「赤点は避けろよ」

「へいへい」


 授業開始まであと少し。

 俺たちは空になった皿を手に立ち上がり、教室へと向かうのだった。



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