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閑話2:教官たちの空き時間①



   *基礎教養 シャーロット・ローズレッド*



 教官室は静かなようでいて、しんと静まることがない。教官同士の話す声や、小テストや課題を採点する音、書類を(めく)る音、教官室を出入りする音。常に小さな音が重なり合っている。

 それでも生徒がいない分、かなり静かなのだが。

 教室、特に下級生の教室の騒めきを思い出して苦笑を浮かべる。これが最高学年ともなれば静かなのだが、一年生はやはり騒がしい。


「シャーロット教官、椅子届きましたよ」


 隣の席の紫眼の教官が、授業から戻って来てすぐに、私に声を掛けた。名字ではなく名前で呼ぶのは、他にもローズレッド姓の教官がいるからだ。


「椅子? ああ……そういえば」


 一つだけ頼むのも気が引けたので、ついでに交換した方がいい椅子も確認して、それらの替えも発注した。そのため、思っていたより時間がかかったようだ。

 まあ、急ぐものではない。


「どこにある?」

「ああ、僕が取ってきましょう」


 私の記憶が確かなら二つ年下の紫眼の彼はあっさり言って、実際にさっさと立ち上がって行ってしまった。流石というか何というか。


 高位貴族になればなるほど規範意識が高くなり、それに沿った教育をなされる傾向がある。王弟殿下となれば、レディファーストが徹底しているらしい。

 立場上、他の人間に言いつけるのが習い性になっていそうなものだが、彼は速やかに自分で動きがちだ。今のように。


「……高位の方の手を煩わせるのも、いたたまれないんだが」


 教官室を出て行った背中を見送り、ぼそっと呟く。

 騎士学院では、家格の貴賤を業務に持ち込むことを禁止している。理に適った不文律ではあるが、幼いころから教え込まれた身分意識はそう抜けない。自分よりも高位の人間が動くと、つい気が引けてしまう。高位の人間本人がそれを望んでいても、だ。


『王弟殿下なんて呼び方、やめてくださいよ。あと敬語もなしで。ここってそういう学校なんでしょう? 僕の方が後輩で年下ですから、ね?』


 初対面の台詞を思い出し、微かに笑う。

 王族でありながら教員をやろうと思うだけでも変わり者なのに、そんな台詞まで飛び出してくるとなればいよいよだ。それに爆笑してから敬語はやめた。


『げっ、教官』


 ちらりと脳裏を過ぎった生徒の顔に、あいつは気にしなそうだが、と少し羨ましく思う。身分や立場に縛られない視点は、貴族社会では得難いものだ。


「シャーロット教官、持ってきましたよ」

「助かる、ありがとう」


 小脇に抱えた持ち方に、お前それはどうなんだという台詞を飲み込んだ。

 椅子を受け取り、引き出しの邪魔にならない場所へ置いた。これからは件の赤点常習犯にこの椅子を使わせようと心に決める。

 今までは、時間がかかりそうなときは紫眼の教官がいない時間帯を狙って呼び出していたのだが、これからは気にしなくて済む。もちろん、その時間帯を選んでいるのはこっそり椅子を借りるためだ。


「そういえば、魔法学院に行ったことってあります?」


 自分の椅子に座った紫眼の教官が、ふと尋ねる。


「教官としてか?」

「ああいえ、どちらでも」

「個人的にならある。親戚で通ってるのがいたからな」

「なるほど」


 珍しい話題だと頭の隅で考えながら、自分の机に積まれたテスト用紙に手を伸ばす。まだ採点が終わっていない。

 横目で伺えば、紫眼の教官もなにやら作業をしている。それなら遠慮なく、と赤インクを取り出した。


「同じ国立の学院でも、結構違いますよね」

「育てる人材が違うからな」


 騎士学院の生徒は、言わずもがな、将来の騎士だ。騎士とは国軍を率いるエリートであり、国と国王陛下に忠誠を誓う。命を賭して国を守る守護者だが、受ける被害を最小限にするために、規律や団体行動を重んじるようになる。


 対する魔法学院の生徒は、主に将来の研究者だ。魔法大国と呼ばれるこの国を支える魔道具や、扱い次第で毒にも薬にもなる魔獣を研究する。もちろん、魔法や魔法薬も研究対象だ。柔軟な発想を良しとする彼らは規則に縛られず、国や国王陛下への忠誠がないとは言わないものの好奇心を何より優先させるきらいがある。


「僕は魔法学院の出身なので、こっちに来て驚きましたよ。生徒たちは自分を律して訓練に励んでいるし、なにより平和です」


 流石は基本六属性を偏りなく扱える王族、魔法は得意らしい。

 答案のスペルミスを直しながら、そんなことを考えた。


「平和? 魔法学院はそんなに物騒なのか」

「物騒と言うか……自由すぎて、収拾がつかなくなっているというか」


 ああ、いい例がありました。


 にこやかに、紫眼の教官が口を開く。

「騎士学院の校則に、決闘禁止ってあるじゃないですか」


 ああ、と頷く。

 騎士学院の生徒たちは、国の守護者たる騎士を尊敬している。憧れといってもいいだろう。強く高潔な存在であろうとしている。

 そのためか、揉めると潔く白黒をつけたがることが多い。その手段が決闘というわけだ。教官からすれば迷惑極まりない。止める身にもなれと思う。


「あれって騎士学院独自の校則なんですけど、魔法学院独自の校則もあるんですよ。変わり種が」

「へえ、どんなのだ?」


 成績のいい生徒の答案は丸ばかりで丸付けが心地良い。ほとんど満点の答案の名前を見れば、一年生の首席だ。なるほど、と次の答案に取り掛かる。


「爆発魔法使用禁止っていうのが」


 ペンを取り落とすかと思った。


「爆発……いや、待て、それは」

「いるんですよね、研究したくて危険な魔法に手を出す生徒」

「いるのか」

「いますね。爆発以外だと……風属性魔法で竜巻を作ってしまうとか、土属性魔法で校庭に大穴をあけてしまうとか」


 にこやかなままにとんでもない台詞を吐く紫眼の教官を、思わずまじまじと見た。私を驚かせようとして大袈裟にいっているのではないかと思ったからだが、本人は衒いなく笑っている。嘘は言っていなさそうだ。


「それは……魔法学院の教官にはなりたくないな」

「そうですか? 楽しそうだなって思ってましたよ、在学中。まあ、今も思っていますけど」


 強い。


「やらかした方か?」


 先の台詞の通り、楽しそうな笑い声が隣から聞こえた。


「きちんと限度を守ってましたよ、僕は」

「どういう意味だ」

「校則に引っかからないギリギリまででやめてました。一度やりすぎて、父上に怒られたんですよね」


 具体的に何をしたのかが気になるが、訊かない方が安全だろう。

 それにしても、前国王陛下もやはり人の親か、なんて思う。私にとっての前国王陛下は為政者としてのイメージが強いが、隣の同僚に言わせれば父親としてのイメージの方が強いのだろう。


「国の最高権力者ってこと以上に、僕は父親としての父上が怖かったですよ」


 軽やかに笑って見せる同僚に、つい国王陛下に同情を寄せてしまう。

 王弟でもある彼はメリハリのある人間だ。仕事中となればきっちりこなすが、ある程度気を抜いていい場面では好奇心や興味に従って案外自由に動く。このあたり、確かに魔法学院の出身なのだろうと思わせる。

 そんな彼が自宅たる王城でどう振舞うか、想像に容易い。能力の高い自由な人間ほど、周りを振り回す存在もいないだろう。


 微かに笑って手元に視線を落とせば間違いだらけの答案が見え、その点数の低さに深いため息をついた。


「……また呼び出しだな、これは」


 隣の席から、小さな苦笑が向けられた。同情されるのは私も同じらしい。




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