27 二度目の命令
明けましておめでとうございます。
現実世界では年が明けましたが、この小説の中ではもう少しかかりそうです。
今年も彼らの物語にお付き合いくだされば幸いです。
寮の部屋へと戻る途中、もう少しで寮の入り口というところでルイーゼ・シアンとすれ違った。何事もなかったのように通り過ぎようとした俺を呼び止められる。面倒、とは思うも足を止めた。
「ノア殿に聞いたのだが、ノア殿は貴殿に命令をしたらしいな。敬意を払うな、と」
「はい。それが?」
敬語、敬語、と心の中で唱える。ルイーゼ・シアンとはノアを通してそれなりに関わりがあるとはいえ、用心するに越したことはない。
ルイーゼ・シアンは迷うように間をおいた。
「……同じことを貴殿に求める場合、私も命令にした方がいいだろうか」
「要するに、あなたに敬語を使わず、名前を呼び捨てろと?」
俺の記憶が確かならば、入寮式の日にノアはそう命じた。私に敬意を払うことを許さない、と。
「ああ、そういうことだ」
俺が渋ったのが原因だが、庶民としてごく一般的な危機管理意識を持つ俺としては当然の対応なのだが、あいつは随分嫌がった。それでも庶民の命は軽いのだから仕方がない。危ない橋を無闇に渡る趣味はないのだ。
同じように危険を避けるのなら、こいつにも同じことをしてもらった方が都合がいいだろう。誰かに咎められたら命令だと言えば、俺が罰せられずに済むから。
「まあ、そうですね。頼みます」
あっさりと頷いた俺に、面食らった様子のルイーゼ・シアンが瞬く。けれどすぐに切り替えて群青の瞳が俺を見据える。
目の前の少年の纏う雰囲気が変わったことに、すぐに気づいた。
「 レオ・リーベル。貴殿がこれ以後、私に敬意を払うことを禁じる。対等な立場の友人として付き合ってほしい 」
この感覚は覚えがある。
貴族と言うのは子供でも貴族だよな、と肌で感じていた。馬鹿みたいに真面目で律儀な少年は、その命令を下す数秒間、確かに高潔で傲慢な貴族だった。
穏やかで理知的な少年が、入寮式の日にふと空気を変えて見せたように。
独特の緊張感を破るように、俺はニカッと笑ってみせる。
「これからはルイって呼べばいいか? ルイーゼ?」
「ルイで良い。ノア殿もそう呼んでいる」
いつも通りの雰囲気に戻って微かに笑うルイに、俺は先ほどから思っていたことを指摘する。
「なあ、さっきからノア殿って呼んでるぞ、あいつのこと。お互い呼び捨てにするって決めたんじゃないのか」
「え、あ。そうだったな。つい、癖で」
「あいつもその癖が抜けないんだよな。貴族ってそういうもんなのか?」
「いや、そういうわけではないと思うが……」
人と打ち解けるのが得意な貴族もいる、と聞いて、俺の脳裏に蘇ったのはノアの兄貴だった。気安い態度で距離を詰め、朗らかに振舞う彼はさぞや友人が多いだろうと察せられる。庶民ではありふれているが、貴族にもそういうやつがいるらしい。周りにいる貴族が固いタイプだから考えなかったが。
「そういえば、ようやく名前を覚えてもらえたようだな」
その台詞に顔を上げれば、ルイは少しばかり悪戯っぽく微笑んでいた。この前のノアとの会話を覚えていたようだ。
色々と思い出して溜息を吐く。
「あいつ、言ったことはやる奴だからな」
「……毎朝毎晩、私の名前を確認したのか」
「ああ。もはや挨拶みたいなもんだ。おはようとかおやすみ、みたいな」
「それは何というか……微妙な気分だ」
「文句はノアに言ってくれ」
おかげですんなり名前が出た。流石の俺もあそこまで執拗に繰り返されれば覚える。これからのテスト勉強に応用できそうだ、と半ば自棄になった思考で考えた。効率が恐ろしく悪そうだが。
「あ、そうだ。ルイに聞きたいことがあるんだが」
「ん、なんだ?」
随分前から訊いてみたいと思っていたのだが、機会を逸していた。思い出したときに訊かなければまた忘れてしまう。
「ノアの誕生日って知らないか?」
「…………冬生まれだとしか知らないな。そんな噂を聞いたことがある」
記憶を手繰り寄せるように目を閉じて黙り込んだルイだが、詳しい日付は知らないようだ。
なぜそんなことを、と尋ねるルイに、当たり前だろ、と首をかしげる。
「友達の誕生日なら、祝ってやりたいだろ?」
ついでにお前の誕生日も教えてくれと頼むと、きょとん、としていたルイがぎこちなく頷き、夏の盛りの日付を口にした。
「へえ、お前の誕生日って早いな……ってちょっと待て」
今は秋のはじめ。すでに夏は終わっていると言っていい。
「そういうことは早く言えよ、過ぎてるだろうが!」
「夏休み中だ、仕方ないだろう。それに、そのときはまだ、その、気安い関係ではなかったから」
「まあそうだけどな」
言われてみれば、とあっさりと前言撤回。
「……私は貴殿が時々分からなくなる……」
何やら頭を抱えたルイに構わず、そういやもう一つ、と人差し指を立てる。
「俺の事を貴殿って呼ぶのやめてくれ。慣れないし、背中が痒くなりそうだ。あと、レオって呼べよ。あいつみたいにさ」
自分を指して笑って見せれば、ルイもつられたように笑みを浮かべる。今まで見た中で一
番、年相応の顔だった。
「それではレオの誕生日はいつなんだ?」
「俺? お前らの中間あたり」
秋の中頃生まれだから、夏生まれのルイと冬生まれのノアの中間あたりだろう。そう思いながら日付を教えれば、興味深そうに尋ねられた。
「その、庶民は友達の誕生日をどんなふうに祝うんだ」
「人によるんじゃないか? 俺は……お菓子とかのプレゼントをもらうことが多いな。なんでだか食い物渡されるんだよなぁ」
まあ食べるし良いが。美味しいし。
「食べたいものはあるのか」
「んー……食えれば特には。あ、肉があるならそれ」
ルイがどこへ行くつもりだったのかは知らないが、結局、その日は日が暮れるまで他愛のない話をしていた。窓から見えたというノアが途中参戦したのが大きな理由だろうか。
この日、気軽に話せる友人が二人に増えた。




