26 魔法属性
「レオ・リーベル、今日の夕方、私のところへ来なさい」
学院祭の最終日、予定どおり上級生の剣技を見学して、あそこが良かった、この動きはどうこう、と三人で盛り上がっていた時だった。三日目となったが初日と変わらない賑わいを見せる廊下の反対側から歩いてきた魔法学担当の教官が、俺に声を掛けてきたのは。
「教官ってどこにいるんですか」
蛇足だが、俺は最近敬語を忘れなくなってきた。これは大きな成長だと思う。誰か俺を褒めて欲しい。
「教官室だ。もし教官室にいなければ魔法室に来なさい。……魔法室は、一年生が普段使う教室がある棟の東側にある」
魔法室ってどこだよ、と思った俺の表情を見て、教官が付け足してくれる。この教官は聡く、親切だ。だからこそ苦労人なのかもしれないが。
「分かりました」
教官が立ち去ったのち、傍にいる貴族令息二人に尋ねた。
「あの教官、名前何だった」
途端、片や呆れたように笑い、片や苦い顔をする。
「君は本当に人の名前を覚えるのが苦手だね」
「担当の教官の名前くらい覚えておいた方がいいと思うぞ」
「悪かったな、覚えが悪くて」
頭を掻いた俺に、ノアが教官の名前を教えてくれる。
「ベイルード・エバーグリーン教官だよ。エバーグリーン家は侯爵家で、確か現侯爵は教官の兄君だったと思う」
名前が長い。
「私もそう記憶している。エバーグリーン家は草属性の魔法を得意とする名門家だ」
情報を付け足す青目貴族に、ノアが礼を言う。
それにしても。
「お前らはよくもまあ、人んちの情報がすらすら出てくるな……」
貴族二人がどちらともなく顔を見合わせる。
「普通だよ」
「普通だな」
「普通なわけないだろ」
貴族の普通は庶民にとって普通ではない。
やっぱりこいつらと俺は生きてきた世界が違うのだと、こんなことで思い知らされる。今更と言えば今更だ。
ノアは、俺が庶民だから……貴族としての常識を持たないから傍にいるのが楽だと言っていたのだから。
「そういや、お前らの家にも得意な属性があるのか?」
先ほど青目貴族が、教官の家は草属性が得意だのなんのと言っていた。もしかして、貴族の家にはそれぞれ得意な属性があるのかもしれない。
そんな俺の予想通り、二人が頷く。
「私の家は……シアン公爵家は水属性だな。他の魔法も使えるが、一番威力が強いし使いやすいのは水属性だ」
何やら小さく呟き、青目貴族が手のひらに水球を作って見せた。次の瞬間、それが凍り付く。
「凍らせるのも水属性だから、こちらも扱いやすいな」
緩く手を握ると、氷の球は消えた。
今度はこっち、と言わんばかりにノアがひらりと手を振る。
「ライムライト伯爵家は雷属性だよ。生憎私は使えないけれど……父上や兄上たちは雷を操ることもできるね」
もちろん、雷以外の魔法も使えるよ、と付け足される。
「へえ……魔力は遺伝って言うもんなぁ」
それなら、俺は?
母方の祖母は俺と同じ色の瞳を持っていると聞いたことがある。それなら、魔法の属性も俺と同じだったのだろうか。それとも。
波立つ感情を抑えるように、俺は無言で瞳を伏せた。
「失礼します、一年生のレオ・リーベルです。エバーグリーン教官に」
「遅いわ。さっさと来なさいよ、呼ばれているんだから」
教官室を訪ねるも不在だったため、迷いつつ魔法室を訪れた俺に、見覚えのある女性が偉そうな台詞を吐いた。俺がまだ話していたのに、だ。
「わざわざ悪い、迷わなかったか」
その女性の後ろから顔を見せた教官に頷いて見せ、とりあえず教官の方へ歩いていく。
「もう半年も経つんだから、今迷っていたら方向感覚ないんじゃないのかしら」
「アイリス、それはお前が言っていい台詞ではない。何度ここに来ても迷うのは誰だ? どれほど私が苦労させられているか」
俺がムッとする前に教官が白銀の魔法使いを窘める。その様子はまるで親子のようで、同年代だろうにと不思議に思う。
「あら、なあにレオ。何か言いたそうよ」
「相変わらず気ままな猫みたいだと思ってな」
すぱっと答えると、教官が意外そうに眼を見開く。
「珍しいな、これにそうまではっきり言うのは」
これ。
教官も相変わらず、この魔法使いの扱いが絶妙に雑だ。
「全く……失礼な坊やね、あなたも。まあいいわ、本題に入りましょう」
怪訝な視線を教官に向ければ、説明義務を感じたらしい教官が口を開く。
「今回呼んだのは、アイリスに頼まれたからだ。何でも、渡したいものがあるというから」
教官の深緑の眼が白銀の魔法使いの方へと動く。それを受けてか、白銀の魔法使いが語を継いだ。
「あなた、今十歳よね? 日常生活に支障が出るようなこと……例えば変な夢を見るようになったり……聞こえるはずのない声が聞こえたり、そういうことはないかしら」
「……ない」
「そう、じゃあまだ早いかもしれないわね」
いい? よくお聞きなさい。
そう前置きをし、さらに白銀の魔法使いが説明をしようとする。
「光属性は」
「その前に座らせてやれ。長い話なんだ、子供を立たせたままにするのか?」
横やりを入れた教官をひと睨みし、白銀の魔法使いは部屋の奥にある扉へと歩いていく。
「じゃあ、隣の部屋借りるわね。あとコーヒーもよろしく、ミルクたっぷりでお願いしたいわ」
「潔く図々しいな、お前は」
「今更気づいたのなら遅いわね」
ほらこっち、と手招かれて後に続く。部屋を出る前にちらっと教官を見れば、教官はため息をつきつつも手早く作業を開始している。こういうところに付け込まれたのだろうか。苦労人。
「じゃあ、話を戻しましょう」
俺に椅子をすすめ、魔法使い自身も向かいに腰掛ける。
「今回私が来たのは、光属性があまりにも特殊で希少だからよ。詳しいことを知っている人が少ないのよね、希少三属性って」
希少三属性。確か、九つある魔法属性の内、光、闇、空を指す言葉だ。
少し前の魔法学の授業を思い出し、俺は脳内で補足する。
「私も長々と説明したくないから手短に言うわ。ああ、質問は最後にまとめなさい、いちいち答えるのは面倒だから」
ひどく彼女らしい物言いで口上を終え、そのまま説明が続く。
「希少三属性ってまとめられるけど、さらに光と闇、空の二種類に分けられるの。性質が別物だからよ。光と闇は表裏一体、コインの表と裏みたいなもので、正反対に見えるけど本質は一緒なの。どちらにも精神系魔法が含まれているけれど、空属性にはないのよ、そういう魔法。同じように、浮遊や空間移動、時間移動の魔法は光と闇属性にはないわ。これで分かると思うけど、光と闇が仲間で空が別物ってことね」
ここまではいいかしら、と問われるも、怒涛の説明に頭が追い付いていない。頭の中が情報であふれてぐるぐるする。
「……〝光と闇が仲間、空が仲間はずれ〟、これだけ分かればいいわ」
「ああ、それなら分かる」
「そう。じゃあとりあえず続けるわね」
その後に続いた説明曰く。
一つ、光属性にしか使えない魔法がある。
一つ、それは結界魔法と治癒魔法である。
一つ、結界とは魔法障壁の上位互換である。
一つ、光・闇属性は精神系魔法を含む。
一つ、親しい人間と近距離での精神会話や、暗示がそれに当たる(ただし、魔法使い自身の能力に左右される)。
「というわけで、結構強力な魔法の使い手なのよ、光属性の魔法使いって。よほど強い魔法使いだと、下手すると傾国ね。まあ、あなたはそこまでじゃないから大丈夫だとは思うんだけれど……」
ああ、もう一つあったわ。
白銀の魔法使いが語を継ぐ。
「希少三属性の不思議なところ何だけど……なぜか、いつも庶民なのよ。私やあなたがそうであるように、貴族の血筋じゃないのよねぇ……。まあ、そういう魔法使いと貴族が結婚したっていう話は聞かないから、ただ血筋の問題だと思うけど」
庶民からしか、生まれない。
その言葉が、胸にぽつんと落ちる。
「本当にこの三属性だけ特殊なのよ。不思議ね……調べてみたいけれど今は忙しいし、また今度にしましょう。で、これが本当の本題なんだけど」
「まだあるのか」
しかも本題。ということは、今まで聞いた話以上に長くなるのだろうか。勘弁してほしい。脳みその容量を超えかけているからか頭痛が始まっている。
「これ、あげるわ」
「は?」
「あなたにあげる。役に立つわ、きっと」
はい、と寄越されたのは銀色のネックレス。俺の小指の爪より小さな飾りには透明な石がはめ込まれている。
「それなら襟に隠れるでしょう? あとそれ純銀だから錆びないわよ。温泉に行くと黒くなるから気をつけなさい。普通の水は大丈夫よ」
今日何度目か分からない怒涛の説明に、俺はただ目を瞬かせるだけだ。
「えっと、これ、なんで」
「あら、言わなかったかしら」
「聞いてない」
「私が今日最初に行ったこと、覚えているかしら?」
問われ、記憶を探る。
「来るのが遅い」
「それの次よ」
「……変な夢とか声とか?」
「そう、それね。言ったでしょう、光属性は精神に作用する魔法もあるって。コントロールできないとそういう形で暴走することがあるのよ」
白銀の魔法使いは満足げに頷き、ネックレスの飾りを指で弾く。
「この石が特殊なのよ。どんな魔力も一定量まで溜め込んでくれるの。だからもし、魔力が暴走でもしたらこのネックレスをつけなさい。その間魔法は使えなくなるけど、どうにかなるわよきっと」
「雑……」
思わずぼそっと漏らすと、ピンッ、と額を弾かれた。
「うるさいわね、ここまでやってあげたこと自体、私にしては珍しいのよ。感謝なさいな」
「…………ありがとう、ございます」
「心がこもってないわぁ……」
「その辺にしてやれ。こっちが一方的に呼び出したんだ、しかも学院祭の最終日に。疲れもあるんだろう」
ため息をつきつつ、いつの間にかコーヒーを手にして立っていた教官が白銀の魔法使いを止めてくれる。
「説明は終わったのか」
「ええ、一通りね」
「そうか」
教官の視線が俺に向く。
「一応それを渡してはおくが、何かあれば私のところに来なさい。他の教員よりは魔法の知識はあるし、必要ならこれを呼ぼう」
「えっと、はい」
「……今更だけど、あなたは私の扱いが雑よね。あ、コーヒーもらうわ」
「お前に言われたくないな、私の事を召使いか何かだと思っていそうだ」
ミルクたっぷり、という注文通りのコーヒーを受け取った白銀の魔法使いがふっと微笑む。
「思ってないわよ、流石に」
思っていなくてあの扱いなわけか。
先ほどごく自然にコーヒーを注文していたのを思い出し、教官は本当に苦労人らしいと思わず同情してしまった。
白銀の魔法使いがカップに口をつける。うーん、と微かに唸るのが聞こえた。眉が少し寄っている。
「……もう少し冷ましてくれると完璧ね」
「そこまで面倒みられるか」
「けち」
「お前が横暴なだけだろう」
軽口を交わす二人の空気は険悪とは程遠い。慣れたやり取りなのだろう。
一連の会話を聞いていた俺は、途中で堪えきれずに噴き出した。




