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25 友人


「ノア殿はこの本を読んだことがあるか? この国ではなく隣国を舞台にしているのだが、流石隣国、見たこともない技術が散見されてとても面白かった」

「そうなんですね。ちなみに、作者は……ああ、気になってはいたんですが、まだ読んだことがなくて。ルイーゼ殿は普段このようなジャンルの本を?」


 黒銀祭二日目の夜、騎士学院男子寮の一室。

 俺とノアが寝起きする部屋には、なぜか青目貴族もいた。

 赤目の教官監視のもとでの勉強で疲弊した俺が部屋へ戻ると、貴族子息二人が談笑していたという次第だ。くそ、ずるい。

 まだシャワーの時間ではないため二人とも制服姿だが、教室にいるときより随分寛いでいるようだ。


「今更と言えば今更なんだが……お前ら、何でそんなに他人行儀なんだよ」


 まだ頭が痛い、と時折眉を寄せつつ荷物を自分の机めがけて放り投げ、自分のベッドに腰を下ろす。机の方からは打撃音と、ゴシャガシャと物がぶつかる音がしていた。青目貴族が目を瞬かせていたが気にしないことにして、何をするでもなく二人の会話を聞いていたのだが、改めて聞くと固い。同い年の会話ではない。


「他人行儀って?」

「呼び方とか話し方とか。ノアお前、俺と話すときは敬語じゃないだろ」

「そうだけど」


 癖になっているのかな、と首をかしげるルームメイトの横で、青目貴族も不思議そうな顔で俺を見ている。


「対等なんだから、もっと楽に喋ればいいと思うけどな。お前らは貴族同士だし、なおさら身分なんざ関係ないだろ?」


 俺は建前上〝命令〟でノアと気軽に話しているが、こいつらはそれがないわけだ。貴族と貴族だし。

ちなみに俺は青目貴族と命令云々の話はしていないので、あまり話したくないのが本音だ。俺の敬語が下手くそなのはよく知っている。気の短い奴でないことは知っているが、もしもがないとは限らない、かもしれない。


「厳密にいうと、公爵家は伯爵家よりも上位の爵位だけどね」

「あー……何かあったな、そういうの。覚えられないんだよなぁ、それ」

「上から、国王、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵だよ」

「…………」


 もう一度教えてくれたノアには悪いが、まだ覚えられなさそうだ。

 貴族というのは面倒だ、とため息を一つ。


「君は〝貴族〟で一括りにして考えてないかい?」


 ノアが苦笑を浮かべる。


「庶民からすれば、それだけ分かればいいだろ」

「うーん……そういう感覚はやっぱり分からないな」

「あー、お前らは貴族内での順番も気にするのか」


 本当に面倒。


「では……ノア、と呼んでも構わないだろうか」


 俺たちの会話を聞きながら何かを考えていた様子の青目貴族が、会話の切れ目を待っていたかのようにそう言う。こちらを伺うような遠慮がちな様子に、出会ったばかりの頃ノアが言っていた台詞を思い出した。

 こいつも対等な関係がよく分からない、とか言いそうだよなぁ。


「はい、どうぞ。ええと……」


 珍しく口ごもるノアに、青目貴族がこれまた遠慮がちに声を掛ける。


「私の事もルイーゼと呼んでほしい。敬語もやめて、楽に話して貰えたら嬉しいのだが……」

「分かりました。……いや、分かったよ」

「……恐ろしくまどろっこしいなおい」


 思わず呟いた俺に非はないだろう。庶民ならば出合い頭に許可なくやることを、一つ一つ、しかも遠慮がちにやっているのが、まどろっこしくて仕方がないのだ。

 俺の呟きは聞こえなかったらしく、二人はもだもだとやり取りを続けている。どうにか合意に至ったらしく、二人は先ほどよりも打ち解けた話し方をしていた。

 話は逸れるが、青目貴族はいつまでここにいるのだろうか。


「というわけで、レオ」

「ん?」


 何かをやり遂げたような顔で、ルームメイトが俺を呼ぶ。つられたのか、青目貴族もベッドに座る俺を見ていた。


「君も、ルイの名前、ちゃんと覚えてね」


 どうやら愛称で呼ぶことにしたらしい、と頭の隅でぼんやり思う。毎度毎度ルイーゼと呼ぶのは面倒だったのだろう。または、仲良くなったことの表れか。


「覚えてなかったのか」

「レオは人の名前を覚えるのがとても苦手なんです。ね、レオ」

「……そのうちな」


 まったくもう、と呆れた視線を寄越すノアは貴族。しかも記憶力も思考力も化け物レベルで優れている。俺基準だが。そんな彼には分からないのだろう、何度となく会った相手の名前を覚えていないということが。


「私の名前も覚えられたんだろう? やろうとすれば覚えられるはずだよ」


 覚えて、という静かな圧を親友から感じ、そろりと視線を逸らす。


「君が覚えるまで、毎朝毎晩、確認しようか?」

「そこまでするか」

「流石にそれは私が恥ずかしいのだが……」

「だって、困るでしょう?」


 遠慮がちに割り込んだ青目貴族に、ノアがいつもの口調で返す。


「おいノア、敬語になってるぞ。さっきからちょいちょい」

「あ」


 一度ついた癖はなかなか直らないとこぼしたノアがきまり悪そうに笑った。本当にこいつは、どんな感情を持っていようが笑うらしい。


「そうだ。明日の黒銀祭、三人で回らないかい?」


 上機嫌な提案に、俺も青目貴族も了承する。断る理由がない。

 強いて言えば、青目貴族と長く話すとぼろが出そうで面倒、くらいだ。まあ、その時はノアがどうにかしてくれるだろう。


「行きたいところがあるのか?」


 頬杖をついて、ルームメイトを見遣る。

にこにこと微笑むノアは、学院内で配布されているパンフレットを取り出し、赤丸がついている場所を指さした。


「剣舞とトーナメント? ああ、六年生か」


 毎年、騎士学院の六年生は、魔法を組み合わせた剣舞と、実戦形式のトーナメント戦を行っている。三日目の明日は決勝戦だろう。


「いいぜ、上級生の試合なんて見られる機会ないしな」


 にかっと笑った俺の傍で、ノアが別の場所を指さした。


「あと、二年生の教室も楽しそうなんだ」

「へえ? 何やってるんだ?」

「パンフレットには、的当てゲームと書いてあるな」

「的当てゲームってあれか、祭りの時に屋台でやってる……」


 何度か故郷の友達とやったことがある。


「そんな屋台があるのかい? 見てみたいな」

「秋にやるから……一月後ってところか。普通に授業あるよなぁ」


 今年は祭りの時の料理を食べられなさそうだ、と内心で呟いて肩を落とす。滅多に見ない御馳走で、毎年楽しみにしていたのだが。


「的当て……やったことないな」


 ノアの傍で青目貴族が呟き、興味津々と言いたげな瞳を俺に向ける。そんな顔をされても困る。ノアも興味ありげにこちらを見ているし。


「おもちゃの弓矢で景品狙って打つんだよ。落とした景品をもらえる」

「景品ってどんなものがあるんだい?」

「確実に、お前らが思っているようなもんじゃないな」


 景品として並べられているのは、菓子や人形、簡易なおもちゃであり、決して高値が付くものではない。

 その説明に、不思議そうな顔で貴族二人が頷く。違和感はあるようだが、言わないことにしたらしい。


「おもちゃか……あまり馴染みがないけれど」


 浮足立つような様子のノアの台詞に、思わず眉を寄せる。


「普通にあるだろうが、そこらに」

「え?」

「水鉄砲とか、何ならボールとかだっておもちゃだろ」

「水鉄砲」

「夏場に水を掛け合って遊ぶんだよ。夏なら遊んでる間に乾くしな。あんまりやりすぎると母さんに怒られるんだよなぁ」


 竹を使って作る簡易なおもちゃであり、一度作ればずっと使えるため人気の遊び道具だった。


「水を掛け合う……? それは何か意味があるのかい?」

「ん? ないぞ」


 どこかで似たようなやり取りをした気がする、と考え始めた俺をさておき、ノアは何度か瞬いたのち黒目を煌めかせた。何かのスイッチを入れてしまったらしい、と気が付いた時には既に遅い。

 俺が声を掛ける前に、ノアが視線を窓の外へ投げた。


「ねえレオ、君の言う夏場って、いつ頃を指すんだい? 今頃かい?」

「……ああ、今頃もギリギリ入ると思うが」


 その時、俺はようやく思い出した。この話の流れは、出会ってすぐの頃チャンバラの話をしたときに似ている。ということは。


「おいノア」

「明日……は学院祭だし、外からいらっしゃる方も多いから、明後日?」

「明後日と明々後日は学院祭の後片付けがあるから、忙しいと思うが」


 ずっと俺たちの話を聞いていた青目貴族が、横からそう補足する。

 悩み始めたノアに、こいつはまた変なこと考えてるなとため息を一つ。流れを察した青目貴族と視線を合わせ、どちらともなく苦笑を滲ませた。

 俺たちの秘かな予想通り、数秒後にノアは、この三人で水鉄砲で遊びたいと息巻くのだった。


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