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24 黒銀祭2日目

 騎士学院の校舎の造り的に、学年が異なるとほとんど生活範囲が重ならない。訓練場や食堂を除けば、共同で使う教室などはほとんどないと言っていい。

 だから、俺が三年生の教室に来たのは初めてだった。


「うわ……」


 廊下から教室にかけて、壁は華やかに飾られていた。一年生の比ではない。

 教室全体にあるはずの机と椅子は、教室の前半分にまとめて置かれ、後ろ半分を調理場として使っているらしい。人数のわりに広すぎる教室は三年生も同じらしく、動くに支障のない空間があった。


「あ、いらっしゃいませー。来てくれたんだね」


 割と早めに来たこともあり、それほど待たずに店内に入ることができた。

俺たちを出迎えたのは、ジャケットの裾が色々とずれているタキシードもどきを着たノアの兄貴。前が短く、後ろが長い。

これは新しい仮装か。


「…………」

「こんにちは、リオン兄上。それ、燕尾服ですか?」


 燕尾服。

 よく分からないが、おそらくノアの兄貴が来ている服を指すのだろう。

 ノアは兄がそんな恰好をしていると知っていたのだろうか。思わず言葉を失った俺の隣で、かけらも動揺を見せずに笑みを浮かべている。こいつは感情を隠すのが上手いのでもしかしたら驚いているかもしれないが。


 席に案内され、渡されたメニューを開いた俺はまた沈黙した。

 文字は読めるのに意味が分からない。


「……ノア、これメニューだよな……?」

「……カフェって言っていたからそうだろうね」


 すぐそばにいた兄を捕まえ、ノアはメニューについてあれこれと尋ね始めた。ノアにもよくわからなかったらしい。


「この〝大地の恵み〟っていうのは」

「ああ、それ? サラダだよ」


 じゃあサラダと書いてくれないだろうか。これじゃ、他の客も分からないんじゃないか。

 苦く息をついた俺をよそに、ライムライト兄弟は一問一答を繰り返している。ここはノアに任せる。

 一部始終を聞き終えたのだろう、ノアが不意に顔を上げた。


「……うん、分かりました。レオ、好きなものあったかい?」

「お前に任せる」


ノアのお陰でどうにか注文できた。俺だけなら、メニューを見るや否や踵を返しているに違いない。

 注文した物が届くまでの間は適当に駄弁っていようかと、向かいに座るノアに視線を向けた。


「げ」


 見なくていいものまで見えた。


「どうしたんだい?」

「あー……ちょっと、会いたくない奴が」

「お前は相も変わらず正直だな」


 俺たちに歩み寄り声を掛けてきたのは、不本意にもなじみ深い赤目の教官だ。何なら、一昨日にも呼び出しを食らっている。

 せっかく視線をそらしたのに、何で話し掛けてくるんだよ。


「言葉をオブラートに包むことを覚えろと言っただろう、処世術として」

「できたら苦労しないです」


 視線をそらしつつ答えた俺に、ノアがいつもの微笑みのまま拳を握る。笑いを堪えようとしているらしい。

こいつは本当にツボが浅い。


「何でこんなところにいるんですか」


 親友を横目に見、俺は苦く教官を見上げた。


「教官は見回りだ。まあ、滅多に問題は起こらないが、念のためな」


 俺が聞きたかったのは、なぜ俺の方へ来たのかということだったのだが。

 俺の内心を察したのか、薔薇色の鮮やかな瞳がついっと動く。


「お前に一言伝えようと思ってな。先週出した課題、学院祭明け翌日までに出せよ。お前以外はもう提出している」

「……そんなのありましたっけ」


 眉を寄せて考えたのちの返事に、教官は無言でため息をついた。


「夕方五時に教官室に来い。お前が問題を全て解き終わるまで付き合ってやる」

「は? あ、いえ、遠慮します」

「そうでもしなきゃ、お前は祭りに浮かれて忘れそうだからな」


 一年生は展示が早く終わって良かったと言いつつ、教官は俺にもう一度釘を刺す。俺の話なぞ聞いちゃいない。


「夕方五時、教官室。復唱」

「……夕方五時、教官室」


 渋々繰り返した俺に、教官は頷く。

 その時、足元をピャッと何かが走り抜けた。小さい。


「わっ」


 思わず声を上げた俺の向かいでノアが息をのみ、隣の教官は視線を向けただけで無反応。気づいていないのかと思うほど無反応。


「あれ、(ゆず)()? どうしたの、おかえり」


 何かが走り去った先で、注文した物を運んできたノアの兄貴が、何やら言っている。見れば、その足元には鼠のようなものがいた。よく見る灰色や茶色系統の色ではなく、淡い緑色をしている。

 飲食店に鼠はダメなんじゃないかと思いはするも、注意する立場の教官が咎めないのならいいのだろうか。いいんだろう、と思うことにする。


「ああ、一年生(おまえら)は見たことないか」


 何だあれ、と怪訝を露な俺の視線を、赤目の教官が追う。


「魔獣って言うんだが、まあ、魔法を使える動物の事だ。この国だと……騎士学院と魔法学院の生徒は、四年生で魔獣を召喚して契約する」


 もちろん任意、魔力量によって可否があるという。主人は魔獣に魔力を供給するため、主人の魔力が少ないと契約を維持できないらしい。


「鼠、鳥、犬、猫、兎、他にもなんでもありだな」


 そんな説明を受け、視線を向かいのルームメイトに向ける。


「へえ、お前の兄貴、魔獣と契約してたんだな」

「私も知らなかったよ。兄上から聞いた覚えはないかな……ん、あれ……? あの、シャーロット教官。私の兄は三年生なのですが……?」


 俺とは違ってきちんと人の名前を覚えるノアは、怪訝を隠さずに赤目の教官を見上げて問う。それに対し、教官は意外そうに眉を微かに上げた。


「知らなかったのか。……ああ、でもまだそう日も経っていないか」


 独り()ち、首を傾げた教官が何かを考えるように視線を流す。


「リオン・ライムライトは特に魔法分野において高い成績を修めている。そして、本人の興味も魔法に向いている」


 その辺りは嫌というほど心当たりがあったので、黙って聞いていた。魔法に興味がなければ、俺の魔法を調べたいと宣った挙句暴走しないし、実家で本を積み上げない。


「ここは騎士学院、魔法はあくまで戦闘時の補助と見なした教育になるが……魔法科目担当の教官の一人が提案をした。『リオン・ライムライトのように魔法に優れた生徒には、個別で更なる教育を施すべきだ』というのがその提案だ。前例がなくもなかったため、三年生でありながらリオン・ライムライトは魔獣召喚の授業を受け、契約を結んだと聞いている」


 要するに、特別扱いというわけだ。俺とは真逆方向の。

 頻繁に行われている個別補習を思い出して目が遠くなる。俺にしては頑張っている部類なのだが。むしろ褒められて然るべきだと思うが。


「そうだったんですね。教えていただきありがとうございます」


 目を一瞬だけ伏せた後、にっこりとノアは教官に笑いかけた。

 ふと眉を寄せた俺が口を開く前に、赤目の教官が指の背でノアの額をごく軽く小突いた。同時に溜め息。


「ノア・ライムライト。お前はあらゆる意味で優秀だが、少し優秀すぎるきらいがある」


 そう言った教官が視線を向けた先は、俺。視線はすぐに外れ、親友へ。


「貴族としての教育を否定するようなことを教官(わたし)が言うのは間違っているかもしれないが……お前はもう少し、感情を許したほうがいい」


 そして、鮮やかな赤目が再び俺に向く。今度は一瞬ではなく、赤い瞳が微かに、柔らかく細められた。


「お前のルームメイトは素直すぎるがな」


 ふうっ、と息を吐いた教官は、接客の帰りだろう、傍を通ったノアの兄貴を呼び止めた。


「リオン・ライムライト。お前の魔法科目担当教官が教官室で嘆いていたぞ。『授業中に前触れなく興奮して騒ぐのを止めてくれ』だそうだ」

「あはは、すみません。つい興味を惹かれてしまって」

「その極端な熱中をコントロールするのが目下の課題だな」


 軽やかに笑うノアの兄貴は、それだけを見ればただのお調子者だ。けれど、彼の肩では緑色の鼠が尾を揺らしている。

 ノアの兄貴が裏へ引っ込んでから、俺は教官を見上げた。


「教官、あれが何か分かります?」

「あれっていうのは」

「ねずみ」


 教官はあっさり答えた。


(くさ)(ねずみ)だろうな。名前のままだ、草属性。愛玩動物みたいな見た目だから、女子は喜ぶ奴が多いらしいぞ」

「強いですか?」


 親父に連れられて何度か魔獣と戦っているが、あんな魔獣を見たことがなかった。見た目は弱そうだが、一般的な動物の常識を軽々破ってくるのが魔獣だ。


「戦闘というよりは補助向きだろう。小さい体で相手の懐に飛び込んで、種を埋め込み発芽・成長させるというのが特徴的な戦い方だな。強い弱いというより、面倒な相手だ」


 詳しく知りたいなら魔法科目担当の教官に尋ねろ、と言い残し、教官は見回りに戻っていった。よっしゃ、と内心でこぶしを握る。

 できることなら、学院祭中はもう会いたくない。


「忘れないようにね。夕方五時に教官室」


 忘れていた、いや、忘れたかったことをさらりと親友に掘り返され、知らず苦い顔になる。


「……善処する」


 視線を逸らせば、向かいの親友はにっこり笑った。


「断言して努力してね」


 しっかりと釘を刺してくる親友に、俺はひきつった笑みを浮かべた。




「お待たせしましたー。〝毒入りとぐろ〟と〝マグマスープ〟、こちらが〝大地の恵み〟と〝時間泥棒〟でございまーす」


 ノアの兄貴が茶目っ気たっぷりに笑いながら持ってきた料理の名前に、思わず顔をひきつらせた。

どれがどれなのかは何となく分かるも、ネーミングセンスが酷い。


「ノア、どれがどっちだっけ?」

「〝毒入りとぐろ〟と〝マグマスープ〟がレオ、私が〝大地の恵み〟と〝時間泥棒〟です」

「了解―。追加注文があればどうぞー」


 閉口する俺には一切構わず軽やかにバックヤードへ戻っていく上級生を見送り、俺は途方に暮れていた。

俺の前に置かれた〝毒入りとぐろ〟は紫色のスパゲッティ、〝マグマスープ〟はミネストローネだろう。怖いのは紫色だ。まず食べ物では見かけない色であり、確かに分かりやすく毒っぽい。


「…………」


 今は少し早いが昼時と言っていい時間帯だ。今がっつり昼食を摂ることに異論はない。

 だが、これを食べるには抵抗感がある。紫。


「……ノア、これ食べて大丈夫なやつだよな……?」

「もちろん。兄上に訊いたけど、面白いだけで無害らしいよ」


 面白い?


 ノアの言葉に引っかかるものの、考えてみれば当たり前のことだ。学院祭で有害の物を提供するはずがない。

 自分に言い聞かせ、意を決してフォークを手に取り、くるくると巻き付けて口に突っ込む。


 ええい、ままよ!


「…………普通」

 

野菜多めの普通のスパゲッティだった。目を閉じれば何の問題もない。


「あ、レオ君ごめんねー。渡すの忘れてた、これかけると味変わるよ」


 はい、と通りすがりに小瓶を置いて、ノアの兄貴が他の客のテーブルへと歩いていく。注文を取りに行くらしい。


「何だこれ」


 もぐもぐと咀嚼しながら、黄色の液体が入った小瓶を振ってみたり逆さにしてみたりして眺めてみる。よくわからない。

 かけろと言うからには無害だろうと結論付けて、キュポンッと蓋を開ければ、容易く検討がついた。檸檬の果汁っぽい香りがする。

 そのまま瓶を傾けてスパゲッティに垂らすと、確かに変化が起きた。


「げっ⁉」

「わぁ……っ、色が変わるんだね」


 一人百面相をする俺の向かいでマイペースに食事をしていたノアも、その変化には目を瞬かせている。

 スパゲッティの色が紫から緑に変わったのだ。

 しかも檸檬果汁がかかったところだけだから、俺の眼前にある皿の上には、紫色と緑色の麺が同居している。色合いがもはや食べ物ではない。


「…………」


 無言でスパゲッティをかき混ぜて全体を緑色にするも、もはや俺の脳みそはこれを食べ物だと認識していない。有り体に言えば、食欲がない。

 とりあえずミネストローネを口にすると、こちらは名前以外は普通だった。有難い。

 ちらっとノアを見ると、ノアは全体の半分ほど食べ終えている。俺がうだうだとやっている間も我関せず食べ続けていたことを思えば遅いが、こいつを始めとする貴族は食べるのが遅いのでいつも通りだ。早食いには縁がないのだろう。

 ちなみに、ノアが食べている〝大地の恵み〟と〝時間泥棒〟はそれぞれサラダと数種類のパンだ。奇天烈(きてれつ)な名前の由来は分からないが。


「なあ、ノア。お前何で俺のメニューこれにしたんだよ」


 ノアは注文前に全てのメニューの正体を兄貴から聞いている。つまり、俺のメニューがこれだと知っていて注文したということだ。

 恨みの混じる視線に、ノアは悪びれずに笑った。


「君の反応が面白そうだったから。兄上も、安全性と味は保証していたしね」


 じゃあお前が食えよと、俺は素直に思う。


「まあ、お前らしいと言えばお前らしいな」

「ふふふ。ちゃんと美味しいものを選んだから安心して」


 ルームメイトの視線が、変色してから欠片も減っていないスパゲッティを指し示す。

 ミネストローネをきれいに食べ終え、観念した俺は目を閉じて、緑色になったスパゲッティを口に入れる。ちょっと酸っぱいだけだ。良かった、普通。

 普通の食事が食べたい、なんて思う日が来るとは思わなかった。

 そんなことを考えつつ、俺たちは無事に昼食を終えたのだった。



レオの食べた「毒入りとぐろ」がどんなものか気になった方は、「紫キャベツの焼きそば」の画像を検索していただくことをお勧めします。

目を通していただき、ありがとうございました。

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