22 “さらわれ姫は魔王を超える”
「……んぅ……あと十分……」
「おい、起きろ。ノア、起きろって」
学院祭初日、相変わらず寝起きの悪いルームメイトに声を掛け、揺さぶり、最終的に布団を引っぺがして起こした。あれほど楽しみにしていても、眠気に変わりはないらしい。
「ああ……おはよう、レオ」
「目が覚めたようで何よりだ。ほら、早く着替えないと遅れるぞ」
まだ眠気を振り切れずにもたもたと動くノアを急かし、無事に時間前に教室に着いた。着くや否や、クラスメイトに衣装を顔に押し付けられる。
「ふごっ!」
「十五分後に全員集合して開会式、その十分後から劇を始めるよ。さ、王子様とお姫様は着替えてきて」
俺に衣装を押し付けてきたクラスメイトは、ノアにも衣装を渡して急かす。彼曰く、開会式から教室へ戻ってきた後は時間が足りないという。学院では、出入り口の混雑を避けるため、上級生優先で解散がかかる。一年生が教室に戻る頃には時間切れだろう。
了解、とノアと共に返事をして教室の奥でもそもそと着替える。クラスの女子が家から届けてもらったという空色のドレスは膝が隠れるくらいで、壇上で十分動き回れる。レースがふんだんに使われたドレスをできる限り意識しないようにし、くるりと回って点検した。問題なし。
「あ、レオ君」
ドレスを貸してくれた女子が、かつらを手に俺に駆け寄る。礼を言って受け取り、どうにか装着した。ちょっとそのまま、と女子がちょいちょい直している。
これで大丈夫だとお墨付きをもらい、こちらも家から送ってもらったという社交界服を着たノアに声を掛ける。
「ノア、そっちはどうだ?」
「着替え終わったよ。髪も多分大丈夫」
鏡を持ってくれば良かったな、と苦笑したノアに、件の女子が大丈夫ですよと笑った。
「二人とも素敵です」
寝ぼけていたとはいえ、起床後に寝癖は直している。そうそう問題はないだろう。俺も覚醒したノアにざっとチェックは受けているが、かつらを被ればもう分からない。
「あ、そろそろ開会式に行かないと」
時計を見たノアの声に、周辺にいたクラスメイトがちらほらと立ち上がる。時間と規則は厳守するもの、という教育方針なのが騎士学院。一番下っ端の一年生が遅刻をした日には、上級生及び教官からの説教を食らう。
「ちょ……っと待て」
ふと、今の状況に気づく。
「俺ら、この格好で開会式出るのか⁉」
声量こそないものの口調は完全に叫んだ時のそれ。女装した状態で行くのは、と躊躇った俺に、煌びやかさを増したノアが微笑む。
「大丈夫、時間がないのは他の学年も同じだから。出し物用の服に着替えている人は珍しくないよ」
学院内はもちろん寮でも部屋外は制服着用、という規則も今日ばかりは大目に見てくれるらしく、三日間は服装に関してお咎めなしだと聞いている。流石に全裸は罰則だろうが、ここにいるのは貴族の子息子女。間違ってもやらないだろう。
ほら行くよ、と背を押すノアに、ふと気になったことを尋ねてみる。
「……女装姿で?」
「君だけだと思うけどね、それは」
やっぱり一回着替える、と踵を返した俺の腕を掴んだノアが引っ張ろうとするが、単純な力では俺の方が強い。
「れ、レオっ、時間ないから!」
「こんなこっ恥ずかしい格好を外でしろと⁉」
「着替える時間は開会式の前も後もないよ。ほら、急いで」
ぐいっと力いっぱい腕を引くノアに対抗していると、ノアの方向へ俺の背を押す手があった。たたらを踏む。
「あっぶな……、何をするんだ!」
振り返った先で、呆れたように微かに細められた青目に出会う。言わずもがな、青目貴族だ。
「もう開会式まで時間がない。行くぞ」
「分かってるけど、俺この服じゃ」
「ノア殿も王子の服だし、私も魔王の服だ」
うっ、と言葉に詰まった隙に二人に引きずられるように走り、どうにか開会式に間に合うよう放り込まれた。
「〝ぎゃあああああ、いる! 魔王がいるわー!〟」
暗幕を張られ、小道具や飾りつけに溢れた教壇。いつもは教師一人しか乗らないというのに馬鹿みたいに広いそこで、俺は甲高く叫んだ。
劇は、魔王が姫を攫う場面。一目魔王を見た姫は悲鳴を上げる。魔王、つまり青目貴族は黒のローブに身を包み、気合の入りすぎた女子からざっくりと化粧も施されて、なかなかに悪い表情で笑っている。本性かもな。
「〝大変よーっ! 誰かぁ、助けてぇー〟」
護衛の騎士を呼ぶべく声を上げ、姫はドレスの裾を持ち上げて脱兎のごとく逃げ始める。魔王もすぐに走り出した。
姫と魔王の鬼ごっこが開始された。
「〝姫、貴様は連れていく。我と共に来るがいい!〟」
魔王の手を躱し、姫は身軽にひょいひょい逃げる。前後左右に、時には小道具を飛び越え、身をひねり、ターンして見せた。
「〝お断りします!〟」
けれど、やがて姫は追い詰められてしまう。魔王の手が姫に触れようとする瞬間、駆け付けた護衛たちが魔王を遠ざける。
「〝姫! ご無事ですか!〟」
見れば分かるだろ、と俺は思うが、そこを突っ込んではいけないとノアに言われたため台詞はない。ただ、護衛達の方に視線を向けるだけだ。
護衛達の奮闘虚しく魔王に連れ去られる姫は、目を伏せて言う。
「〝あなたたち、次負けたら減給よ!〟」
逞しすぎないか、姫。お前が言うべき台詞はそれじゃないだろ。
『演じるのがレオだから、それっぽくしてみたよ』
脚本を任されたノアがにっこりと言った言葉を思い出す。お前にとっての俺とは何なんだよ。
舞台裏こと教壇端っこのカーテンゾーンに青目貴族と引っ込み、次に出番となるノアと視線を交わす。微笑むノアは緊張の欠片も見せず、ステージ上に上がった。
ステージにただ一人佇む王子は、連れ去られた姫を思って空を見上げる。
「〝……姫、どうか、ご無事で〟」
そして、ステージの明かりは落とされる。
再び照らされたステージ上、そこにいるのは姫の救援部隊だ。王子も加わり、バッタバッタと魔王の手下を倒していく。大立ち回りだ。
将来騎士になったら、盗賊や他国の騎士相手にこれが実現するのだろうか。
「〝くっ……、このままでは姫を連れ戻されてしまう!〟」
窮地に立たされた魔王は、そばにいる姫を引き寄せ、絶賛奮闘中かつ絶好調の騎士たちに向けて声を張る。
「〝聞け! そなたたちがそれ以上近づくというならば、姫はただではすまんぞ! 姫の身が惜しいならば〟」
にやり、と悪役そのものの笑みで魔王が言葉を切る。騎士と王子は、魔王を見たまま動けない。動けば、姫は。
さあ、見せ場だ。
姫は、つまり俺は、きゅっとこぶしを握った。ふるふると震える姿に、魔王は油断しきって意識を騎士たちに向ける。
「〝さあ、姫を傷つけられたくなければ……〟」
「〝よいしょお!〟」
姫らしくない掛け声とともに、固めたこぶしが魔王の頬にのめりこむ。ごふ、と呻く魔王に、驚く騎士と王子。
全員の注目を受け、姫は満を持してスカートをたくし上げた。ひょいっとためらいなく。
「〝疲れてしまいましたわ。私、帰らせていただきます〟」
よいしょお、と再びの掛け声とともに魔王に蹴りを入れ、せき込む魔王など眼中にないままに、姫は騎士たちのもとへ駆け寄る。
「〝さあ、帰りましょう。誘拐されてしまうなんて、お父様に怒られてしまうわ〟」
脚本家のノア曰く、この姫の血筋は武力に秀でたそれ。そんな設定があったらおもしろいよね、の一言でか弱い姫は武闘派となった。あいつに脚本を任せたらこうなるらしい。
ふと、姫が顔を上げる。そして、叫ぶ。
「〝ぎゃっ、お、王子様ぁ⁉ どうしてここにいらっしゃるんです?〟」
恥じらう時でさえ、この姫のセリフは「ぎゃっ」である。大丈夫かこいつと俺でも思う。俺としては、こんな女はご遠慮願いたい。
「〝姫、ご無事でしたか?〟」
感無量、と言いたげな王子の態度に、姫はたおやかに微笑む。猫。
「〝ええ。皆さんが助けにいらしてくれて本当に良かったです〟」
嘘つけお前、と演じる俺でさえ思う。これに騙される王子は俺以上の馬鹿だろう。
「〝姫がご無事で何よりです。さあ、帰りましょうか〟」
姫と魔王の追いかけっこを見ていないことを鑑みても、先ほどの拳と蹴りを見て何も思わない王子が強い。よほどの馬鹿か、よほどの強者だ。
こうして何事もなかったかのように、主人公二人は教壇から姿を消した。
残されたのは、姫の二発をもろに食らって倒れ伏す魔王。やおら、むくりと起き上がり、観客席に向けてふっと不敵に微笑む。
「〝あの姫、なかなかやるな。ぜひとも、我が配下に加えたいものだ……〟」
長いマントの裾を払い、高笑いを響かせながら、魔王も教壇を降りた。交代のように、再び王子と姫が壇上へ。にこにこと笑う姫へ、王子がそっと膝をついて姫の手を取る。
「〝美しい姫君、どうか私と結婚してくれませんか〟」
場面は姫の家、というか屋敷。ノア演じる王子は、高貴で清廉な雰囲気を纏って微笑む。対する姫は及び腰だ。
「〝け、結婚……? 私では釣り合いません。お受けできません〟」
まあそうだろうな。助けに来てくれた恩人(一応)がいきなりプロポーズしてくるのだから困惑して当然だ。俺は絶対に嫌。
図太いのか正真正銘の馬鹿なのかは不明だが、王子はそれでも、めげずに姫に求愛する。
「〝そんなことを言わないでください。私はあなたに恋をしてしまったのです。姫、私の妻となって隣にいてくれませんか〟」
あなた以外には考えられないと熱烈に口説く王子にも、それを照れもせずに演じるノアにも呆れを通り越して感心してくる。
「〝もったいないお言葉です、王子様〟」
どうでもいいが、この姫はなんだかんだで猫を被るのが上手い。面の皮が厚いともいう。先ほど魔王に拳をめり込ませた本人には見えないだろう。
そんなことを考えつつ、姫の最後のセリフを口にする。
「〝王子様、私は〟」
バタンッ、と勢いよろしく背後で音がする。事故ではなく、脚本にある予定通りの展開だ。
「〝姫様、お届けものです! 姫様が欲しがっていたグローブですよ〟」
「〝棘付きの限定品ですよ!〟」
「〝防具は明日届くらしいです!〟」
ノア曰く〝おっちょこちょいで姫思いの侍女たち〟が空気を読まずに乱入。キャッキャとはしゃぐその姿は、武器の話をしているとは思えない。
「〝言い寄ってくる男どもはグーパンチで撃退しちゃいましょう!〟」
テンションが上がって周りが見えていない設定の侍女三人は、尚も楽しげに言葉を交わす。
「〝姫様よりも強い男性じゃないと姫様は渡せませんよねー!〟」
「〝やだ、姫様に釣り合って、なおかつ強いなんて最高じゃない!〟」
ノアとルイが知る限り、こんな使用人はいないらしい。ノックなしに主人がいる部屋に入るのはもちろん、客人と話しているときに乱入するなんて論外、しかも相手は王子だ。主人の結婚相手に口を出すなんて失礼すぎるし、人前でキャーキャー騒ぐなど家の格が落ちるから絶対禁止。これはフィクションだから、と女子の要望を取り入れたらしい。
ぽかんとした王子と、二の句を告げずに固まったために侍女たちを止められない姫。やがて、わなわなと震えながら姫は王子を見る。王子は茫然としたまま姫に視線を向けている。
王子と姫が視線を交わし、二人が言葉を発する前にゆっくりと教壇の明かりが落ちていく。ここで劇は終わりだ。
十秒ほどの沈黙と暗闇。それを切り裂くように、侍女役兼司会の女子が声を上げた。
「皆さん、お楽しみいただけましたか? これにて、私たち一年生の演劇〝さらわれ姫は魔王を超える〟を終了させていただきます」
初耳のタイトルに、考える前に脚本担当の親友を見ていた。
「おいノア」
「ストーリーの概要が表れていていいでしょ?」
しれっと笑ったノアに、確信犯かとため息をついた。
「お前なぁ……題名のインパクトがでかすぎるだろ」
「覚えてもらえそうだろう?」
「そうだが」
ほら行くよ、と背を押され、一年生が全員教壇に上がる。
「「「ありがとうございました!」」」
声をそろえて一礼。湧き上がる拍手に被せるように女子が声を張る。
「こちらの劇、二時間に一回、本日限定で行いますので、またどうぞー! 繰り返しのご視聴も歓迎いたしまーす!」
希望者がいれば脚本も後ほど販売予定だと続けた女子に、ノアか青目貴族が商売っ気を出したんだろうなと、ちらりと考えた。青目貴族はこういうことが苦手そうだから、発案はノアだろうか。もしくは、他のクラスメイトかもしれない。逞しいことだと緩く笑った。
「ん? なあ、ノア」
ふと聞きとがめて、親友にささやく。
「今、二時間に一回、劇をやるって言わなかったか?」
「え? うん、そうだよ」
何てことなく首肯したノアに、開いた口が塞がらない。今日一日に何回やるんだ。
「嘘だろおい……」
「さあ、あと一時間と十分くらいで次だよ。反省会を始めようか」
疲れなど微塵も見せずに、微笑みとともにそんな提案をしたノアは、案外俺よりも体力があるのかもしれない。




