20 脚本家
レオたちのお話を読んでくださりありがとうございます。
誤字脱字・矛盾がございましたらご連絡いただければ幸いです。
〝それは、とある月夜の晩のこと。〟
そんな書き出しで始まった物語の中で、姫は王子に恋をする。けれど姫の身分では王子の隣には届かない。嘆き悲しむ姫。護衛の懸命な努力虚しく、突然現れた魔王は姫を攫う。すぐに侍女から姫の父親に報告が行き、騎士が魔王の拠点へ向かう。
〝「どうか、私も連れて行ってください。姫を助けたいのです」〟
実は姫のことを慕っていた王子が姫の父親に嘆願し、どうにか承諾を得る。王子のくせに騎士並みに腕の立つ彼は、騎士たちと共に魔王を倒し、姫を助け出す。
〝「王子様⁉ どうしてここにいらっしゃるのです」
「姫、貴方を助けに来ました。どうか、私と結婚していただけませんか」〟
「断るの一択だろうがおいノアぁーっ!」
さっそくだけど、ざっと作ってみたよ、と親友に手渡された脚本(案)を読み進めていた俺は、衝撃の台詞に親友の名前を叫んだ。ちなみに自室だ。
「何がどうしたらここでプロポーズなんだよ! 助けに来ただけだろうが!」
「あ、もうそこまで読んだのかい? 君、案外読むの早いよね」
ほのほのと微笑む親友は俺の台詞を聞いていなかったらしく、会話の成立しない返事を寄越した。読むの早いね、ではない。
「ここまだ魔王の拠点だろ? 敵地で何をおっぱじめんだよこの王子!」
「おっぱ……えっと」
変な想像するからそこで止めるな、と言いたいが、今回は俺が悪い。言い換えなくてはと頭を回し、説明を付ける。
「……あー、始めるっていう意味だ。雑に言うとさっきの」
「どうして王子が敵地でプロポーズしたのかってことかい?」
「ああ」
俺の質問を理解してくれたらしい親友は、僅かに首を傾げ、不思議そうな顔で語を継いだ。
「魔王も手下も倒したし、危険はないと思うよ」
「確かにそうだが、プロポーズは要らないだろ。こいつらの関係、誘拐事件の被害者と救出者だろ? なんで婚約者になってるんだ」
ノアはこの脚本を書くときに意識せずに書いたのかもしれないが、これを人前でやるのは俺たちだ。姫の格好をした俺は、王子の格好をしたノアにプロポーズの台詞を吐かれるわけだ。勘弁してくれ。
「特に理由はないんだけど、王道だろう?」
自分を助けに来た王子に求婚されるのは王道なのか。ありがとう、さようならでは駄目なのか。
「……王道を目指さなくていいから、これはやめないか……」
「うーん……一番やりやすいんだけど」
「これをやるのが自分達って言う意識を持ってくれ、頼む」
とりあえず最後まで読んで欲しい、というルームメイトに従い、俺は残り少ない物語に視線を戻した。
〝「私が王子様と……? 不釣り合いです、お受けできません」〟
涙ながらすっぱりとお断りする姫に、王子が畳みかける。
〝「姫、どうかそんなことを言わないでください。私は他の誰でもない、貴女と結婚したいのです……!」
「王子様……そこまで私のことを」〟
あいつ、この台詞をどういう顔して書いたんだろうなぁ、と半ば現実逃避しながら、俺は最後の場面へとたどり着く。
ざっくり言うと、姫と王子が結婚してめでたしめでたし、だ。
「……ノア、お前この台詞言えるか?」
読み終えた俺は、今日もいつも通り本を読んでいるルームメイトに近づいて、とある台詞を指さす。王子の最後の台詞だ。
「んー、あ、これかい?」
何てことなさそうに視線を寄越し、親友は咳ばらいをひとつして、俺の指定した台詞を読み上げた。
「〝姫、私は貴女を一生傍でお守りいたします。私の全てで、あなたを幸せにすると誓いましょう〟……オリジナリティが足りないかな」
気にするべきはそこじゃない。
恥じらう素振りなど微塵もなく、ノアは熱を帯びた声で読み上げた。そして考えるように口を閉じる。ちらっと視線が俺を向く。
「レオ、続き。ほら、姫の返し」
「……俺もやるのか」
ノアに指さされた先の台詞を、俺も読み上げる。
「〝王子様、私もあなたを幸せにすると誓いましょう〟……うわ」
自分の口から紡がれたとは思いたくない台詞に、思わず顔を顰める。
「うーん……やっぱりもう少し直そうか。大まかなストーリーはこれでいいかい?」
「いいんじゃないか。テーマもあるしな」
できればもう少し恋愛要素を減らせ、と熱中しかける脚本家に伝える。何やら考え込んでいる親友に届いているかは怪しいが。
「無理するなよ」
部屋を出るとき掛けた俺の言葉に、ノアは曖昧な返事を寄越した。
「……でも、プロポーズを入れてほしいって言われてしまったし」
何やら不穏な気配しかしない言葉は、幻聴だと思いたかった。もし幻聴でなければ、多少の変更はあれど、あのやり取りを避けることはできないから。
「良いと思います! ノア様、すごくお上手ですね」
俺の一日遅れで脚本を読んだ件の女子は、ひどく嬉しそうに笑った。
「姫も王子も最高です。クラスの女子にも読んでもらいましたが、二人とも気に入ってましたよ」
昨夜は夢中になって読みました、と興奮気味に脚本を抱きしめる女子に、ノアは穏やかに、けれど少し嬉しそうに微笑みを浮かべて頷いている。脚本がしわしわになるのは良いのだろうか。
「……それで」
女子の目が俺に向けられる。いかにも高貴な女性であるおしとやかな姫に、姫役の変更を申し出てくれるのだろうか、と期待がよぎる。
これを見越して、ノアは高貴な淑女として姫を書いたのだろうか。
「やっぱり、恋愛要素は入りません……?」
想像とは全く違う女子の言葉に二の句が継げずにいる俺の隣で、ノアが苦笑を浮かべた。
「すみません。やはり、この劇のメインテーマは〝騎士による姫の救出劇〟でしょう。そう思うと、救出の過程が見えた方がいいかなと」
「そうですよね。王子様がヒーローではありますが、総勢十人の騎士もそれに次ぐヒーローですし」
ちなみに、最後の最後でいいので、プロポーズも無理ですか?
女子の質問に、ノアが微笑みをそのままに口を開いた。
「そこについては」
ノアの瞳が俺に問いかけるように向けられる。
ノアとしては、女子の意見も俺の意見も無下にすることはできないのだろう。物語を愛するこいつは、今あれこれと要求している女子の気持ちも分かるのかもしれない。
「……要相談」
内心の葛藤の末、俺はぼそっとそれだけ呟いた。
プロポーズのシーンが入ることになったら、ノアに頼んで姫の台詞は「はい」だけにしてもらおう。または、「お断りします」だ。後者でも良いならやってもいいかもしれない。
「二人で話し合ってみます。あと、クラスの男子たちとも」
「クラスの出し物ですしね。お願いしてもいいですか?」
「もちろん」
手渡された脚本を受け取り、ルームメイトは頷いた。
それが今朝、一時間目が始まる前の会話だった。
優秀な親友は昼休みのうちに青目貴族にも脚本を渡し、女子の意見を取り入れたが男子の意見も欲しいからと、クラスメイトの集合を提案した。
「……というわけだ。脚本は変更可能、ただしテーマは固定。意見のあるものは遠慮せずに伝えてほしい」
どいつもこいつも仕事が早く、ノアに話を持ち掛けられた青目貴族は、一人の漏れなくクラスメイトを放課後の教室に集めた。ノアの書いた脚本のあらすじを話し、意見を集めている。
具体的に言えば、プロポーズがいるかどうか。あとは、騎士たちの見せ場についての提案だ。
たとえ恋愛シーンを演じるのが男と女装した男だろうが、女装すれば違和感はないだろうからプロポーズぐらいはあったほうがいいと主張する女子。女の子の憧れよ! と声高に言った件の女子にぜひ姫役を代わってほしい。
そんな女子に対して、男子は淡白だった。
プロポーズはもちろん、一切の恋愛シーンは要らない。むしろ戦闘員の数や戦闘シーンを増やしてほしい、という要望が相次ぐ。男同士で恋愛させるな、という俺の意見もそちら側だ。俺も戦闘シーンに参加したい。
「各々意見が決まったら、多数決を取りたいのだが」
少し気後れするような、遠慮がちな青目貴族の声に、女子からの視線がそちらへ刺さる。
クラスメイトは三十人。うち、男子が二十七人、女子が三人。
どうしても男子の意見が通ってしまうだろう。だからといって女子の意見を尊重すれば、クラスの大多数を占める男子の言い分が通らない。
どうすれば、と考え込む青目貴族に向け、すっと手が挙がった。
「ルイーゼ殿、それにクラスの皆さん。私から提案があります」
俺のルームメイトはこういう時、一切の緊張や動揺の見えない落ち着いた態度でいる。これは貴族として育てられたからだろうか。それとも、あいつのもともとの性格だろうか。ぼんやりと、そんなことを考える。
「男子と女子の両方の意見を取り入れましょう。魔王の手下と姫の護衛、救出する騎士と魔王の手下、この戦闘シーンを長くして」
その言葉に、男子たちが満足そうに頷くのがちらちらと見えた。教壇に立っている青目貴族は、どこか不安そうにノアを見つめている。
「あと、プロポーズも最後に入れましょう。攫われた姫を王子と騎士が助けて、王子が姫にプロポーズするというのは、分かりやすい幕引きでしょう?」
すらすらと話す親友に残る女子が頷いた時、親友は俺を振り返り、悪戯っぽく笑んで見せた。
「レオ」
「どうした」
芝居がかった親友の動作に、俺も笑みを深めて応じる。演技だと思おう。
「君は、プロポーズに応えてくれるかい?」
俺にはこいつが何をしようとしているのか分からない。ただ、計算高いこいつがあえて動いているのだから、何らかの意味はあるんだろう。俺がどんな反応をしても、ノアが上手いことやってくれるはずだ。
鼻で笑って、俺も悪戯めいた笑みを浮かべて言ってやった。
「ああ、答えてやるよ。ただ、姫の返事はノーだけどな」
「というわけなので、プロポーズへの姫の返事には期待しないでくださいね」
残念、と大仰に肩をすくめたルームメイトが、今度は進行役の青目貴族に向き直る。
「という感じでいかがでしょう」
あっけにとられた、と言いたげな顔をしていた青目貴族は、一瞬の後に心得顔で頷き、クラス全体に向けて意見を聞いた。結果はもちろん満場一致。
「……お上手なことで」
ようやくノアが何をしようとしていたのかを理解し、尊敬や賞賛よりも心の中を占めた感情は、呆れだった。よくやる。
姫と王子、二人の主人公の恋愛をやりたがった女子に、戦闘シーンという見せ場を増やしたい男子。そして、流れで姫役となったが、王子との恋愛どころか女装すら抵抗がある俺。
その三つの意見を、お互いが譲歩できる範囲まで調整しようとしていた。俺に振ったのは、俺の意見を周りに聞かせるためだろう
天才と呼ばれるその頭脳以上に、周りをよく見て、犠牲となるものがいないような采配をすることにノアがその能力を使ったことに対し、心の中で賞賛を送った。




