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19 配役

 王立騎士学院の学院祭は、その別称を黒銀(こくぎん)(さい)という。呼びづらい上に暗い印象を受けるこの名称は、この国の騎士の制服の色から来ている。

 漆黒の軍服には銀糸のラインや刺繍が入り、軍帽や軍服に付いている飾り(ノア曰く、騎士団章)も純銀だ。もはやその飾りだけで価値がある。


「黒は強さの象徴、銀は光の象徴だと聞いたことがあるよ」


 学院祭の別称の由来を聞いた時、ルームメイトはそう答えた。

 黒は何の色を混ぜても黒にしかならず、銀は光を反射する。おそらく色の選択はそんな理由で行われたのだろう。ただ、黒を選んだ理由としては本当の所、血や泥が目立ちにくいからだと思うが。白軍服だった場合、何着着替えがあっても足りないだろう。


「へえ」

「今年の私たちは何をやるんだろうね」


 ノア曰く、六年生は訓練場を時間ごとに借り切って実践演習を兼ねたパフォーマンス、五年生は出し物はなく、裏で運営に奔走するらしい。


「学年ごとに決まっているのか」

「うん。三、四年生は食品販売、一、二年生は教室で展示など。学年ごとに割り振られているから、色々楽しめるよ」


 学院祭まで二週間となった今日の一時間目と二時間目はホームルーム。学年ごとに出し物を決定する時間になるという。そこに二時間もかかるらしい。


「祭りって言うから、教会関連かと思ってたが」

「普通はそうだよね。君の地元でもお祭りがあるのかい?」


 教室へと歩きながら、俺は地元での祭りを思い出す。

 静粛や厳粛という言葉からはかけ離れたどんちゃん騒ぎ、というのが一番伝わる表現だろう。春に豊穣を祈り、秋に収穫を祝うのがリーゼヴェルの祭りだが、挨拶らしい挨拶は初めだけ。数日間に及ぶ祭りのほとんどは、祭りと言う名目にかこつけた飲めや歌えやの大騒ぎで、露店はここぞとばかりに稼ぐ。


「リーゼヴェルのお祭り、楽しそうだね。行ってみたいな」

「普段の王都の人ごみの中を歩けないんじゃ、難しいと思うぞ」


 何度かノアと買い物に出かけているが、毎度のようにノアは人ごみに流されている。俺がいなければ目的地に着かなそうだ。


「うーん……じゃあ練習しないとね。今度出かけるときは私を助けなくていいよ。一人で人ごみを歩けるようになるから」

「荒業だなおい」

「だって、君に助けられていたらいつまでも一人で歩けないだろう?」

「そのうち慣れるだろ」


 どうしてこいつは時々力技で解決しようとするのか。呆れる俺を不思議そうに見るノアの肩に、ぽん、と手が置かれた。


「おはよう、ノア殿」

「あ、おはようございます、ルイーゼ殿」


 和やかに挨拶を交わす貴族二人をよそに、教室に辿り着いた俺は扉を開ける。もう教室の半分ほどは埋まっていた。

 さっさと自分の席に着き、教官を待つ。


「学院祭か……」


 珍しくわくわくしている自分にそっと笑みをこぼし、未知の行事についてあれこれと想像を巡らせた。




 教室で展示など、と聞いていたが、〝など〟には思っていたよりも多くのものが含まれるらしい。

 ちょっとしたゲームや、演劇、騎士学院の歴史や王都名物についての展示、楽器の演奏も含まれるらしく、毎年多種多様だという。

 急遽学年のまとめ役に選ばれた青目貴族が、クラスメイトが提案した案を黒板に書きつけていく。今の時点で一通り出ているだろう。


「それでは多数決で決めようと思う。一人一つ、手を上げてほしい」


多数決の結果は演劇。俺はゲームを選んだが、ゲームは惜しくも選ばれなかった。準備も楽しいと思ったのだが。


「では、内容を決めないといけない。何か案のある者は手を挙げてほしい」


 青目貴族の声に、ぱたぱらと数人の手が挙がった。一人ずつ指名し、意見を聞いてまた黒板に書く。曰く、〝攫われの姫と救出に向かう騎士〟や〝魔王との戦い〟または〝急襲! 騎士団緊急出動〟という、流石は騎士学院、騎士が主人公となる題材が挙がった。どれもそこそこ面白そうだ。

 ひとつ突っ込むとすれば、魔王とは何なのかということだろう。何かの王様なのは分かる。何か悪そうなのも分かる。問題ないかもしれない。


「これ以上無ければ多数決を行う」


 それぞれに入った表はほぼ同数。僅差ではあるが、テーマは決まった。

 攫われの姫と救出に向かう騎士。

 童話でよくあるよなぁ、とノアからの聞きかじりの知識が頭をかすめた。そこは王子じゃないのかよ、とは思うが、あくまで憧れは騎士なのだろう。


「次に配役だが」


 青目貴族が引き続き、今度は登場人物を書き出す。

 攫われる姫、助けに行く騎士が五人。

 やはりと言うべきか、途中で手を挙げたクラスメイト(女子)により、登場人物に王子が追加された。女子は王子も見たいらしい。


「何人?」


 その提案に真面目な顔で質問を返した青目貴族は、ある意味図太いというか鈍感と言うか空気が読めないというか。普通、物語の英雄(ヒーロー)は一人だろ。姫の時は一人っていう暗黙の設定だっただろうが。

 もちろん、王子を提案した女子は「一人です」と即答した。


「じゃあ姫君も一人でいいだろう。他に意見のあるものは?」


 続いた青目貴族の台詞に、俺は思わず机をひっ叩きたくなった。姫と王子の人数を合わせるつもりだったらしい。王子と言う配役が提案されることを予想していたらしいのは一向に構わないが、まかり間違って、姫と王子ばかりの劇になったらどうするつもりだ。カオスだろうが。


 その後の話し合いは順調に進み、姫の護衛(つまり、負け役)が助けに行く騎士とは別に五人、姫の侍女が三人、攫う悪役は魔王一人、手下が五人となった。これで、二十人に役ができたことになる。あとは裏仕事だろう。

 あとは割り振り、と立候補や推薦が始まる。

 そして、始まるや否や、クラス内の全員の女子がほとんど同時に手を挙げた。全員と言ってもその数は三人だが。

 青目貴族に指名され、そのうちの一人が発言する。


「立候補します。私たちは三人とも侍女をやりたいです」


 登場人物の一覧を作った時に気づかなかったが、クラスメイト十五人のうち女子は三人。一方、登場人物で女性役は四人。計算が合わない。

 青目貴族もそのことに気づいたらしく、困惑しているようだ。


「その、女子の人数に合わせて侍女を二人にした方が良いと思うが」

「嫌です。私たち、皆で同じ役をやりたいの」


 迷う間もなくすっぱりと切って捨てた女子たちに、さしもの青目貴族も沈黙する。数秒の後、迷いながら口を開く。


「……その場合、姫君の役は男子がやることになるが」


 やめてほしい。少なくても俺は絶対にやりたくない。まあ、ノア辺りなら違和感なさそうだが。以前寝顔に悪戯したときも違和感は皆無だった。綺麗な顔しているもんな、あいつ。


「あ、私、女性用のウィッグ持ってます。実家に連絡すれば持ってきてくれると思います」


 これは本気らしい。そういや、侍女役三人を提案したのは女子たちだった。

気にするべきはそこではないと、声を大にして言いたい。


「……ウィッグの話はあとでにしよう。その……みんなはそれでいいか?」


 青目貴族が男子たちに尋ねる。いいわけあるか、と口に出したいのを堪えて口をきゅっと閉じる。ここで口を出したら、間違いなく女子どもに反論を食らう。口で勝てるとは到底思えない。


 ノア、口達者なお前がどうか、論破してくれ。


 祈るようにルームメイトに視線を向けると、何の幸運か視線が合った。まかせて、と言いたげに頷いた親友が手を挙げる。気づいた青目貴族がノアを指名した。

 期待に満ちた俺の視線の先、親友は立ち上がって口を開いた。


「姫役はレオにやってもらえば良いと思います」

「待てこらぁっ!」


 爆弾発言にも程がある。考えるより先に体が動いた。バァンッと机を叩いて立ち上がり、異議を唱える。何を考えてその台詞が出てくる。


「ノア! お前何をどう考えてんだっ! 俺にやらせないでお前がやれ! 俺は断固拒否だ、断固拒否!」

「そうかい? 案外似合うと思うけど」

「目ん玉か脳みそ取っ換えて来いっ」

「嫌だよ。痛そうだし」

「確実にな! ……とにかく、俺はやらない、姫はやらない。俺は裏方志望だ、ヒロインは譲る」


 残念だね、とノアは青目貴族に向き直った。


「そういうわけなので、希望者がいなかったらレオが姫ということで」

「ああ、分かった」

「分かるな! 人の話を聞く気があるのかお前ら!」


 ビシッと指をさされた貴族二人は、顔を見合わせて、片や楽しそうに、片や淡々と俺の方を見た。


「聞いていたよ。立候補や推薦が他にあればそちらの方に姫をやってもらう」

「俺を候補から外せよ」

「君が姫をやるなら私は王子をやってもいいかもね」

「いいかもね、じゃない! 話を聞けっつってんだよ、このマイペース!」

「じゃあそういうことで、ルイーゼ殿」


 穏やかに青目貴族を振り返る親友に、かなりの温度差を感じる。青目貴族も青目貴族で、何を迷うでもなく黒板に俺とノアの名前を書いた。


「ノア殿は王子でいいのか」

「はい。レオが姫の時、ですけど」


 飄々と言ってのけたノアのその台詞に、俺たちの会話を聞いていた女子たちが謎の歓声を上げる。頼むからお前らが姫をやってくれ。

 名前の書きこまれた配役一覧を眺め、青目貴族がクラスメイトに向き直る。


「では、他の配役を決めよう。姫役と王子役も立候補や推薦の対象だ。では希望のあるものは手を挙げてくれ」

「その前に、姫役の所の俺の名前を消せ」


 素早く割り込み、再三異議を唱えるも、青目貴族は黒板消しに手を伸ばさなかった。青い双眼がこちらを向く。


「ノア殿も言っていたが、他に候補が出れば姫役は変わる」

「……他の奴が候補にならなかったら?」

「そのままだ」

「やっぱり消せ」


 男子で姫役をやりたい奴がいるのか。騎士や護衛の役が十五人もあるのにか。いないだろ。


「あ、僕、助けに行く騎士がやりたいです」

「俺も」

「私も」


 次々と挙げられる手に、やはりと顔を引きつらせる。人気はそこだ。

 次々と埋まっていく黒板に、誰でもいいから姫役やってくれ、と祈る。今のところ、姫を助けに行く騎士が大人気だ。

 姫もいいと思うぞー、と全力で念じてみるも、姫役の立候補も推薦の声も聞こえない。王子も同様。ちなみに青目貴族は推薦により魔王だ。似合う。

 結果。俺が姫で、天才馬鹿野郎ルームメイトが王子になった。


「夢であってくれ……」


 俺は現実逃避をしたくなり、


「実家に連絡して、社交界用の服を送ってもらわないと」


 諸悪の根源であるノアは微笑みと共に黒板を眺めた。


「それでは、これで決定とする。今日はこの後授業があるが、明日からは準備や練習があるので、各自できることをしておいてほしい」


 青目貴族の言葉に被せるように響き渡ったチャイムが二時間目終了の合図。予定通り話し合いに二時間かかった。それはいいとして。


「おい、ノア」


 次の授業は基礎教養、移動教室はない。つまり、休み時間を全て自由時間として使える。

 席を立ってノアに近づいた俺の声は常より半オクターブは低い。


「お前な……」


 俺がノアに腹の中のあれこれを吐き出す直前、割って入った声があった。


「二人とも! ごめんなさい、ちょっといいですか?」


 声の主はクラスの女子。先ほど青目貴族に反論していた奴で、残りの二人は一歩後ろにいる。


「私たちですか?」


 微かな笑みを浮かべて首を傾げたノアに、その女子は頷いた。


「そう。劇をやるのに脚本を作らなければいけなくて……それで、主人公の二人にお願いしたくて」

「主人公……」


 確かに姫と王子は主人公だろう。せめて俺が王子役なら素直に頷けるが、現実では姫役。主人公と呼ばれるのは嬉しくない。


「構いませんよ。ね、レオ」

「……好きにしろ」


 半ば諦めの境地になりつつある俺を知ってか知らずか、ノアは案外楽しそうに応答している。超優等生のこいつには朝飯前だろう。

 というか、俺たちは大分負担の多い役割だと思うのだが、脚本までやらされるらしい。ノアがあまりにも優秀だからだろうか。


「ざっくりした内容はテーマ通りですけど、細部は決まってないんですよね。そのあたりを考えてもらえません?」

「分かりました。早めに考えておきますね」

「お前、得意そうだもんな」

「ありがとうございます」


 ほっとしたように両手を合わせたその女子は、こちらを窺う女子たちの中に戻っていった。


「……姫役、恨むぞ、ノア」

「恨まれるのは遠慮したいな。安心して、姫。私がちゃんとリードするから」

「姫って言うな」


 キラキラの星がノアの背後に見える気がする。ザ・貴族モードだ。どうやら王子役を演じるときはそのモードになることにしたらしい。


「あ、ごめんなさい。一つ忘れていました」


 先ほどの女子がこちらを振り向き、そんな前置きを寄越す。ノアが手の動きで先を促すと、耳を疑う台詞が飛び出してきた。


「劇の時間はだいたい三十分で、長くて四十分です。お姫様の救出シーンまでいれても足りないときは、姫と王子の恋愛でも入れておいてください!」

「は? ……こいつと?」

「君が私とではなく、姫が王子とだよ。分かりました、考えてみます」


 ルームメイトの言葉の後半は女子に向けて。俺は困惑の只中で、ノアが不穏な提案を請け負ったことを理解した。


「よろしくお願いします!」


 去っていった女子を見送り、楽しそうに何かを考えている親友に視線を戻す。


「……頼むから、救出までで終わらせろよ」

「んー、考えて、面白そうな方にするよ」


 三時間目開始のチャイムが、前途多難を物語るように重々しく響いた。


このお話からは黒銀祭(学院祭)のお話が続きます。

どたばたした彼ららしい劇をお楽しみいただければ幸いです。

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