18 家系
ガタン、ガタン、と規則的に揺れる汽車の上。次々と移り変わる景色は、少しずつ人工物を増し、王都に近づいているのを感じさせる。
「もう着くな」
ひとりごち、硬い背もたれに背を預ける。長く座っていると腰や背中が痛い。しかも全身の筋肉が痛みを訴えるため、今の俺は満身創痍の気分だった。今度父親に会う時にはみっちりと文句を連ねてやることにする。
今日の夜は筋肉痛で眠れなそうだ。はあ、と知らずため息を漏らす。
「次は終点、王都コリコット、王都コリコットでございます」
車両を回って次の停車駅を告げて歩く車掌に、さしてない荷物をさっさとまとめて立ち上がる。
一か月と半月ぶりの王都と騎士学院は、帰還した学生たちで賑わっていた。いつもよりも空気がふわふわしているのは、やはり休み明けだからだろうか。
この数か月で行きなれた廊下を進み、念のため自室のネームプレートを確認してから軽くノックをする。
「どうぞ」
穏やかな許可にドアを開けた。
「おかえり、レオ」
「ただいま。あと、おかえり、ノア」
穏やかな貴族子息は、記憶の通り柔らかく微笑む。前も思ったが、こいつにおかえりと言われると、どうにも違和感がある。
鞄と上着を自分のベッドに置き、俺自身もベッドに座った。脚が痛い。
「久しぶりだな。どうだった、夏休み」
「んー、そうだね」
ルームメイトは読みかけの本にしおりを挟み、ぱたん、と本を閉じた。唇が緩やかに弧を描き、やがて開かれた。
「楽しかったよ。父上や母上、兄上たちに会えて色々と話せたし」
「……たくさん本を読めたし?」
揶揄うように口を挟めば、ノアも悪戯っぽく微笑んだ。俺に向かって片眼をそっと瞑って見せる。ここまで自然にウインクをしてみせるこいつが本気ですごいと思う。
「あ、ばれたかい?」
「空き時間にひたすら本を読みまくってるお前が実家に帰って、その間に本を読まないなんてありえないだろ」
「本を読むのってすごく楽しいから、つい」
「もはや中毒だもんな、お前」
ジャンキー、と呟いた俺に、拗ねたようにノアが視線を送る。
「そこまでじゃないよ。レオだって、暇さえあればずっと剣を振っているだろう? 私が中毒者なら君も剣術の中毒者だろうに」
「あれは訓練だろ」
父親のスパルタ訓練のおかげでその辺りの感覚が狂っているらしい。六歳くらいから剣を握り、訓練を受けてきたから。
「それなら私も勉強だよ」
「そういうことにしておくか」
もう、と仕方なさそうにノアが笑い、ふと思い出したように話題を変えた。自分の足元に置いていた鞄から、支給された手帳を取り出す。書き込んで使っているらしいノアには悪いが、俺のは支給後三日で行方不明になった。
「そういえば、そろそろ学院祭があるね」
学院支給の手帳には、配られた時点で既に学院の行事予定が書きこまれている。紙もインクも庶民にとっては安いものではないが、貴族の子息子女ばかりが通うこの学院では、当たり前のように湯水のごとく使われている。ましてや大量印刷など、貴族しか縁がないだろうに。
どうせ失くしてしまうなら売ればよかった、と俺が後悔しているのを知らずに、ルームメイトはパラパラと手帳を捲った。
「あと一か月くらいかな。レオは学院祭を見たことあるかい?」
「ないな。受験までリーゼヴェルを出たことはなかったし」
「そう。じゃあきっと驚くよ。騎士学院の学院祭はとっても大規模だし完成度も高いから」
そう言うノアは見たことがあるらしい。そういや、こいつの兄貴も騎士学院にいるんだった。
兄貴を見に来ていたのかと尋ねると、案の定肯定された。慕う兄の話題に明るくなった表情が、何に思い当たったのか困り顔になる。
「どうした」
「リオン兄上のことを思い出してね。その、君にぜひ会いたいと言っていて」
貴族と会うのは面倒そうだと思うも、直後にノアの懸念に気が付いた。
「……研究対象だったか、俺」
思い出すのは、レモンパイ色の瞳と魔法好きという情報。初邂逅でもその片鱗をしっかり見せていた。
『私は魔法が好きで色々調べているんだけど……蜂蜜色は初めて見たなぁ。ちょっと君放課後空いてる? あ、そうだ。今度の夏休み、家の研究室に』
初対面であそこまで迫られたのは初めてだった。ノアが口を挟まなければ夏休みにライムライト伯爵家に連行されていただろう。
『自分で魔法を使うことに関しても優秀なんだけど、魔法について研究したり調べたりするのも好きでね』
兄が去った後弁明するように言葉を重ねたノアも証言するほどの魔法好きなら、一度捕まれば延々と研究に付き合わされそうだ。遠慮したい。
「うん。夏休みにも書庫を漁っていたし……」
要するに似たもの兄弟らしい。並んで机に座り、高々と分厚い本を積み上げて読書にふける様子が目に浮かぶ。
「色々な文献を当たったみたいだけど、君と同じ色の瞳の魔法使いについての情報は得られなかったみたいで……余計に好奇心を刺激されたからもう少し手を伸ばしてみるって言っていたよ」
「うわ」
調べても見つからないしもういいや、とはならないらしい。打たれ強いと言うか持久力があるというか。
「あー……。俺も詳しくは知らないけど、確かばあちゃんが俺と同じだったらしいぞ」
「母方? 父方?」
「母さんの方。俺は会った事がないからよく分からないけどな」
そこでノアが気まずそうに視線を伏せた。
「もし違っていたら申し訳ないけど、君のお祖母様は、その、亡くなっているのかい」
「いや、死んだら何かしら連絡が入るだろうし、生きてるんじゃないか」
ノアは誤解したようだが、俺の母方の祖父母は遠隔地にいるだけで生きているはずだ。俺が生まれてから母親は一度も両親に会っていないらしい。
祖父母と母親の間に何かがあって疎遠になっているのかもしれないが、一番の理由は距離だろう。母親が何かの折に語ったところによると、母方の祖父母は他国に住んでいるらしい。母親は父親と結婚したときに国を出て、この国へ移住してきたのだと。
「じいちゃんとばあちゃんの出身はこの国だったが、戦争を機にその国に引っ越した、だったか。今はどうしているか知らないが、まあそれなりにやっているんじゃないか」
母親からの情報を一通り語ってみせる。案外覚えているものだ。
「だから、俺の血筋の半分はこの国のものだな。父親の出身は……あー……語ってくれたことがないから分からない」
「……そう。ごめん、立ち入ったことを訊いてしまって」
何やらノアは深刻そうな顔をしているが、実のところ全く深刻な話ではない。そもそも、庶民の血筋なんぞ祖父母まで辿れれば上出来、それ以前の血筋を辿るのはほぼ不可能なうえに、血筋に価値はない。血筋が物を言う高貴な血統ではないのだ。誰と誰が結婚しようが、元から無いパワーバランスに影響が出ようはずもない。
「いや、別に。そう珍しいもんじゃないだろ」
曖昧に笑ったノアは伯爵家。血筋に価値がないなんて想像できないだろう。
俺がニカッと笑ったのと同時に、夕刻の鐘が鳴った。




