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17.5 夏の終わり ~ノア目線~

 自室の扉が軽やかにノックされたのは、寝る前に本を読んでいるときだった。明後日から授業が始まり、明日は学院に戻る日。早く寝ようと思うものの、実家にしかない本をついつい読みこんでしまっていた。


「ノア、まだ起きてる?」

「はい。……リオン兄上ですか?」

「そうだよー。入っていい?」

「どうぞ」


 合っていて良かった、と嬉しくなって微笑する。声変りを経た兄上二人は声がとても似ているため、声だけ聞くとどちらか分からなくなってしまう。兄上たちの声は父親似であるため、三人の会話は、家族でなければ同一人物の一人芝居のように聞こえるだろう。声質が微妙に違うので、極親しいものは聞き分けられるのだが。

 扉を開けて姿を見せたリオン兄上は夜着を着ていて、寝る準備は整っていた。


「どうしたんですか?」


 ベッドから立ち上がり、数歩近づく。


「明日は学院に戻るし、どうせだから可愛い弟とお喋りしようと思ってね。学院だと、気軽に部屋に行けないしさー」


 冗談を言うような軽妙な口調でそう言った兄上の視線が、ふとベッドに向く。正確には、ベッドに積み上げられた本に。


「……ノア、まだ本を読んでいたの? もう遅い時間だよ」

「ええっと、はい。これだけ読み終えたら寝ます」

「お前は本当に本の虫だね」


 微笑ましそうにそう言うと、リオン兄上はベッドに腰を下ろした。私もその隣、先ほどまで座っていた場所に腰を下ろす。


「兄上も魔法の本をたくさん読んでいるでしょう。特に最近は」

「そう言われると返す言葉もないよ。気になるとつい、ね」


 兄上がそう言うや、ばふっと音がしてベッドが揺れた。リオン兄上が腕を投げ出してベッドに倒れ込んでいる。


「いやー……探しても探しても見つからないんだよ、レオ君の魔力。蜂蜜色って見たことないし、聞いたこともない……」


 まだ諦めずにあれこれ調べていたらしい兄上が、疲れたように呟く。きっと私の返事は期待していないのだろう。


「六属性全部の色は分かるのに……濃いのから薄いのまで分かるのに……」


 魔力をその身に宿す貴族たちが一堂に会する機会は年に何度かある。全ての貴族家並びに王家の人間の姿をそういった機会に目にしてきた兄上は、どれとも違うのだと言って寝返りを打った。

 色の濃淡は宿す魔力の量により、多ければ濃く鮮やかに、少なければ薄く淡い色になる。ライムライト家は淡い黄色を受け継ぐ家なので、一部例外ではあるが。


「レオは庶民なので、純粋な貴族とは違う色なのでは?」

「うーん、それも考えたんだけど」


 手助けのつもりで口にした仮説は、やはりというべきか、兄上に否定されてしまう。


「そもそも魔力を持つってこと自体が貴族の血縁ってことだし」


 そう呟くように言ったリオン兄上が、何かに気づいたように言葉を切り、むくりと上体を起こす。しばらく黙り込み、


「ねえノア、確認したいんだけど。……貴族家の魔法って、六属性だよね」

「はい」


 リオン兄上の言葉を考えもせずに肯定してから、兄上が何を言いたいのかを悟る。

 六属性。

 魔法には九つの属性があり、そのうちの六つは貴族家に受け継がれている。

 逆に言えば。


「まさか、レオは残りの三属性を持っていると……?」


 光、闇、(そら)。希少三属性と呼ばれるこれらの属性は、貴族家の血筋にはない。滅多に確認されないが、三属性の魔力を宿すのは庶民だった。少なくとも、これまでは。


「理論上はありえるよね。でも魔力の色なんて記録されてないし、三属性の魔力を持つ人たちって歴史上でも本当に少ないし」


 断定はできないと呟いた兄上の瞳は、けれど部屋を訪ねてきた時とは段違いに煌めいていて、表情も明るい。

 ずっと分からなかったことを推定できた時、すぐに検証したくなる。

 それがリオン兄上なのだと十年間で知っているため、用事ができたと言った兄上が部屋を出たことに、私は驚かなかった。


「よーし、調べるぞー!」


 やたら高いテンションで発せられたであろう声が扉越しに聞こえ、私は思わず苦笑してしまう。遅くまで本を読んでいるなんて本の虫だと言った兄上自身が、私以上の読書家で研究家だろうに。

 とろりと意図せず落ちる瞼をこすり、読み途中の本は明日の朝読むことにする。あくびを嚙み殺してベッドに横たわり、目を閉じた。


 明日、レオに会えるだろうか。


 悪戯っぽく煌めく蜂蜜色の瞳を思い出し、私は眠気に逆らうことなく意識を手放した。


以上で夏休みのお話が終了いたします。

秋も行事がありますので、そちらもお楽しみに!

目を通していただき、本当にありがとうございます!

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