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17 夏の終わり

 ひゅっと風切り音を聞きながら、すぐそばを通った凶器にぞっとする。まともに食らえば、かすり傷では済まない。


「おうら、もうばてたか!」

「そんなわけ……っ、くっそ」


 遠くから声を飛ばしてくる父親と額から流れ落ちる汗が鬱陶しい。目に入りそうな汗を拭う一瞬の間に、敵は死角から飛び出してくるのだから面倒としか言いようがない。


「遅ぇ遅ぇ! この程度で苦戦しててどうするんだ! おら次右!」

「分かってるっつってんだろうがクソ親父!」


 暑さと疲労に苛立ちながら、剣を振るう。

 俺が相手取っているのは魔獣の一種、俺たちの言うところの〝なんかでかくて牙がえげつない鼠〟だ。ついでにいえば爪とスピードまである。これを〝この程度〟と称する父親には、悔しいことにまだ手が届かない。


「っしゃ、とらえた……っ」


 重い感触と共に魔獣が霧と化し、俺は勢いあまって転がった。


「っつう……」

「まあ、前よりはましになったな」

「そりゃ……っ、どう、も」


 荒れた息で途切れざるを得ない声に父親が鼻で笑い、まだまだ甘いと酷評を下す。腹は立つし言い返したいことはあるが、正論過ぎて何も言えない。言い返す元気すらない。


「お前は上からの攻撃はまあ防げるが、下からが下手くそだな。どう防ぐかの判断が遅ぇ。剣の実践じゃ一歩間違えば死ぬっつってんだろうが」

「そんな相手と……やらせるなっての」


 弾む息の間を縫うように言う俺に、父親は視線をこちらへ向けた。


「あ? あの程度じゃあ死なねえよ。万が一があっても俺がいるんだからどうにでもならあ」


 俺が散々手こずった魔獣に、父親は余裕で勝てるらしい。まだ、届かない。


「……クソ親父」


 ぼそっと呟いたはずだが、地獄耳の父親はしっかりと聞き取ったらしい。はっ、とふてぶてしく笑われてしまう。


「てめえの親にクソっつうのは勝ってからにしやがれ馬鹿息子」

「誰が馬鹿だ、誰が」

「後先考えずに水ん中飛び込んで熱だすのは馬鹿って言うんだろうが」


 数日前のことを持ち出され、言い返しようがなくて視線を逸らす。でもあれは一種の人助けだし、と内心で呟いて自己弁護を図る。

 幼馴染のお転婆少女が湖に落としたリボンを追って湖に飛び込んだあと、無事に見つけて帰ってきたのはいいが、件の少女の罵倒交じりの懸念通り、俺は翌朝を待たずに熱を出したのだ。

 ずぶぬれで帰って来るからだと母親に叱られ、丸二日寝込む羽目になった。


『服を着たまま湖に入るなんて何をやっているんだい! 夏だから水遊びをしてもいいけど、服は脱ぐ、濡れたら絞る、乾かす! まったく男の子はやんちゃで困るよ』


 ぶつぶつと小言を言い連ね、母親は食べて寝ていれば治るからじっとしていろと言いつけ、俺は寝たり起きたりを繰り返しながら暇な二日間を過ごした。

 そして熱が下がった今日。体がそろそろ鈍るだろうと父親に誘われ、すぐ近くの森で魔獣相手に剣を振るうことになった。


「っていうか、何で俺が倒してるんだよ。いつも父さんがやってるだろ」

「そりゃお前、可愛い息子の特訓のために決まってんだろ。感謝して次行くぞ、おら」

「感謝するわけないだろうが」


 ようやく息が整い、ズボンの汚れを払って立ち上がる。手汗をシャツで拭き、剣を鞘に納めて歩き出す。


「最近魔獣が増えてるっつうからな、多少数を減らしてやらねえと」

「俺、明日王都に戻るんだけど」

「それがどうした」

「最後に休ませてやろうとか考えないのか」

「あ? そんな(やわ)じゃねえだろ」


 当然のようにそう言われてしまえば、疲れたなんて口にできるはずもなく。まあまだ余力があるのは確かだし、と息を吐く。


「おら、ぼさっとしてないでとっとと来い」

「してない」


 流れ続ける汗を手の甲で拭い、俺はこれからの数時間に思いを馳せる。一体どんなスパルタ訓練が待っているのだろうか。


「……明日ぶっ倒れたらどうしてくれるんだよ」

「あ?」

「なんでもない」


 こうして、俺は故郷にいる間、みっちりと父親にしごかれたのだった。




 弾む息の合間、ふと空を見上げる。


「そういや、あいつと会うのも一か月ぶりくらいか」


 ルームメイトはどんな夏休みを過ごしたのか。想像もしない返答があるのだろうと微かに笑みをこぼし、汗で湿ったシャツの中へ、夕方の冷えた空気を送り込んだ。

 夏休みが終わる。


「レオ、おら、いくぞ次」

「少しは息子を労わりやがれ馬鹿親父」

「馬鹿に馬鹿呼ばわりされる筋合いはねぇよ」


 欠片も容赦のない実践訓練が夏休みの幕引きだとは、さしもの俺も思っていなかったが。


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