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14 肝試し

「っしゃ、行くぜ!」

「お前はどうしてそんなにテンションが高いんだよ」


 故郷であるリーゼヴェルに帰り着いた翌日。

父親や兄貴の手伝いをしたり、薪割りをしたり、母親に手伝えと首根っこを掴まれたりして呆気ないほど早く過ぎ去った。その夕方、日没後。


「なあなあ、お前何っつって家抜けて来た?」


本人の言ったとおりに、陽が沈むや否や俺の家の近くに出現した少年は、お前昨日何を食ったんだと聞きたくなるほどにテンションが高い。

正直、下手な怪談よりもこいつのテンションの高さが怖い。具体的に言えば、何かを企んでいそうで。


「普通に。出かけてくるって」

「お前んち、それで夜出してもらえんの⁉」

「虫取りの仕掛けでも仕込んでくると思われたんじゃないのか」


 言い方からして、少年は何やら上手いこと言い訳を考えたらしい。残念ながら、俺にはあらゆる意味で嘘をつく才能がない。下手なことを言わずに動いた方がマシだというのは、短い人生の中でも学んだことだ。


「お前の親は、子供が虫取り行くっつうのに剣背負ってんのは気になんねぇの」


 呆れたように呟く少年の言う通り、俺の背には父親特製の剣が鞘ごとぶら下がっている。斜めにかければ普通に動けるし、やっぱりあると安心する。


「俺の家、鍛冶屋だしな」

「理由になんねぇよ」

「いいだろ別に。行くならとっとと行くぞ。流石に遅くまで出てたら父さんに拳骨食らう」

「怖ぇもんなぁ、お前の父ちゃん」


 俺の父親は、リーゼヴェルでは数少ない鍛冶屋、しかも腕がいいと評判だ。加えて剣の腕も恐ろしく立つもんだから、魔獣が畑荒らしただの、盗賊がいるだの言うと、下手すれば憲兵より先に呼ばれるのがうちの父親だ。魔獣は良いとして盗賊は憲兵か騎士呼べよ。


「まあ優しくはないな」


 山の向こうへ沈んだ夕日の残滓すら消えゆく空は、もう夕方と言うより夜のそれ。体に纏わりつくような闇が忍び寄る町を、微かな恐怖を心の奥に沈め、俺たちは町の外れへと足を進めた。




 町の外れに、その洋館はある。

 民家や店の集まる中央部ですらド田舎のリーゼヴェル、外れに来たらそこはもう人間に許された領域ではない。そう感じさせるほどに、辺りに人工物がない。


「昔の貴族の家だったか」


 ぼそっと呟く。隣で少年がヒュウッと唇を鳴らした。下手くそ。


「貴族の家っつうなら、売れるようなもんあっかなぁ」

「昔散々来て見つからないんだからないんだろ」


 正面の扉を開けようとしても、長らく扉が機能してないおかげで、蔓やら草やらが邪魔をしてくる。面倒。

 この時点でわかるが、洋館に人がいる気配は微塵もない。扉の開いた形跡がないんだから当たり前だ。


「……この辺りって人いないよな」


 蔓や草を剣で切ろうかと考え、酷く面倒そうだと却下する。とすると。


「いねぇだろ」

「じゃあいいよな。……燃えろ」


 琥珀色の光が足元からふわりと立ち上る。繫栄しまくっている草で足元がどうなっているのか分からないが、きっと魔法陣が浮かんでいるんだろう。授業でやった気がするが、あれがどういう原理なのかよく分からない。

 何はともあれ、俺が辺りを指さすと、その先で鮮やかな焔が辺りを舐めるように広がっていく。身を風にくねらせ、その度に朱に金にと色を変えて火の粉を散らす。


「いいよな、魔法。かっこいいもんな」


 双眼に映る炎に焦がれるように呟く少年に、それはお前が魔法を使えないからこその意見だぞ、とは言えなかった。

 便利さ以上の煩わしさを、こいつが知るはずがない。


「そうか」


 何を言えばいいのかよく分からず、とりあえず俺も炎を眺めていた。

 今この場所に、ノア(あいつ)がいたらどういう反応するだろうかと、暇つぶしに考えてみたが、あり得な過ぎて想像ができなかった。草むらとノアは合わない。


「消えろ。……ん、おら、行くぞ」


 頃合いを見計らって炎を消し、さび付いた扉を力技で開けた。この扉に鍵がかかっていないことは、以前から知っている。


「「いっせーの!」」


 十歳の子供でも、勢いをつけてタイミングを合わせれば二人で蹴破れる。まあ、さび付いてるだけだから蹴破るとは言えないかもしれないが。

 洋館の中は、当たり前だが外以上に暗かった。ほとんどの窓が閉じているから月明かりさえ入ってこないからだろう。何も見えない。

 チッ、と思わず舌を鳴らし、仕方がないので光球を浮かべる。無意識に出た行動ながら、そういえば騎士学院ではほとんど舌打ちしなかったことに気づいた。知らないうちにあいつらに合わせていたのかもな。行儀いいし。


「うへぇ、埃ばっか」

「まあ誰も掃除しないだろうしな。で、何見たいんだ」

「んー、とりあえず窓は見ねぇとな。あの肉屋のガキがびびったとこ」

「どこだよそれは」


 どこだっけ、と首を傾げた少年に頭痛の気配を感じながら、どさくさに紛れて帰ろうかと考え始めた時、闇の向こうで物音が鳴った。

 ガタッと、まるで誰かがいるような。


「「…………」」


 思わず揃って息を詰める。息の音さえ殺し、光球では照らしきれない闇の向こうを睨む。何がいる。


「…………おい、誰かいるのか」


 詰めていた息を吐き、震えないように気を付けながら低く問う。


「おいレオ! 万が一いるっつわれたらどうすんだよ!」

「知るかそんなもん!」


 ぎゃあぎゃあと言い合う俺たちは、もちろん二人とも分かっている。ただ怖いのを騒いで紛らわしたいだけだ。これは、怖い。一人ならとうの昔に帰っているし、何ならまず来ていない。


「お前が来たいっつったんだから、お前がびびるな! うつるだろ!」

「それこそ知らねぇよ!」

「何でだよ!」


 勢いのままに叫び、はたと気づく。

 今この時、気づいてはいけないかったことに気づいてしまった。

 この屋敷には、正門以外にも入り口があり、俺たちはそちらがどうなっているのかを確認していない。

つまり、俺たち以外の誰かが屋敷にいたとしてもおかしくないのだ。

幽霊でなくても、例えば。町に下りてこられない訳アリのやつとか。要するに、指名手配犯とか。


「……白い影、謎の呻き声、それと」


 口に出してはいけない、そう分かっていた。けれど、口に出さずにはいられなかった。

 そしてそれは、隣の少年も同じだったようだ。


「……赤い、液体、だったよな……?」


 可能性だけなら、もっと穏便なものもある。ネズミとか、もしくは無害な誰かとか、俺たちの気のせいとか。

 ただ、一度頭に浮かんだ考えというのは、自分たちに都合が悪ければ悪いだけ振り払うのは困難で。俺たちには難しすぎた。

 叫んで逃げだしたくて仕方ない体をギリギリで留めているのは、プライドとごく僅かな好奇心。膨れ上がる恐怖を必死に飲み込む。


「……どうする。帰るか?」


 ほとんど無意識に零したその問いにどんな答えを期待していたのか、俺にも分からない。ただ、周囲の闇から忍び寄る恐怖と警戒と同じくらい、逃げたくないと思っていた。

 たとえ相手が指名手配犯だとしても、冷静にやれれば隙を見て逃げるくらいできるだろう。背に括った剣にそっと触れ、今までに使った魔法を思い出す。先ほど使った炎と、今も使っている光くらいだろう。まだ魔力に余裕はある。

 大丈夫、と何度も心の中で繰り返してどうにか平静を取り戻した時。

 俺たちの背後、先ほど蹴破った扉から差し込む月明かりに影が差した。


「れ、れお……なななな、なにか、いる」


 隣の少年が唇を震わせ、引きつった声で俺に言う。

 落ち着け馬鹿、などと突っ込めるほどの余裕はなく、振り返りたい気持ちと何も見たくない気持ちがないまぜになって動けない。


「……何が」

「ひと」


 その一言が、俺の理性を断ち切った。

 振り向く。

 扉から差し込む四角い月明かりに、影が落ちていた。その影の持ち主すらも逆光で影のように見える。ありていに言えば。

 少年たちの自尊心など容易く壊せるくらいには恐ろしかった。

 結果として。


「ぎゃあぁぁあああっ!」

「でたああぁあぁっ!」


 俺たちは仲良く同時に叫ぶ羽目となった。




「くぉんの馬鹿どもがっ! あれだけ行くな行くなと言われて何で出掛けやがんだこの馬鹿!」

「「すみませんでした……」」


 草むらに正座させられ、そのまま一発ずつ拳骨を食らって呻く俺たちに、人影の正体は雷と大差ない音量でもって怒鳴った。腹がぶわっとなった。


「他のガキがびびり散らしてるのにお前らはまぁここまで来たもんだ。考えなしの勇気は褒めてやるがな、おい」


 人影は、怖いし腕は立つと評判のうちの父親だった。怖い。

 正直なところ、腕っぷしで言うと父親には敵わないので、むしろ下手な犯罪者の方がマシだった気がする。


「尾行されてるのも気づかずに大騒ぎしてまあ……ガキはガキらしく大人しくしてろっつうんだよ」


 ここで口答えなどしようものなら睨みと怒鳴り声がセットで向けられると知っているので、俺も少年もひたすら黙る。そんな状態の俺たちに、父親は今回の噂話の裏を明かした。

 曰く、この建物は取り壊しの話が出ているという。古いし町の外れにあるし、子供たちが遊んでいて怪我をしたら大変だからというのがその理由だ。その話が出た時、盗賊やら犯罪者やらの巣窟になっていないとも限らないと、日ごろの憂さ晴らしも兼ねて、うちの父親が剣片手に出かけたらしい。


「そしたら人間はいないが野獣がいたから追い出したんだよ。……そん時は裏から入ったけどな」


 俺たちの考えを見通したように付け足された一言。それが癪に障るが、反論のしようもない。


「お前らが騒いでた影は白い毛の、あー……猪か、うめき声もそうだろうよ。んで、赤い液体はそれの血だ。血っつったってかすり傷しか負わせてねえし、大した量じゃねえ」


 子供たちが騒いでいたのは知っていたが、近々工事が入ることや老朽化が進んでいることを考えれば、無闇に子供たちに近づかせない方がいいと判断した大人たちにより、訂正はされなかった。

 事の顛末はそんなものだったらしい。呆気ない。


「っつう訳で、分かったなら帰るぞ」

「……おう」


 立ち上がると、その拍子にぱたりと水滴が一粒落ちた。

 父親が来て、事情を全て聞いて、安心した。それで泣いてしまうくらい怖がった自分が悔しかった。まだ子供でしかないのだと思い知らされたことが嫌だった。

 少年はまだ座っていて見えなかっただろうし、見えたであろう父親は、何も言わずに軽く小突いてきた。

 こういう時に微妙に優しい父親が、余計に悔しさを助長させた。


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