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13 帰省

「次は終点、東の辺境リーゼヴェル。東の辺境リーゼヴェルでございます」


 車掌が車両を回って次の停車駅を告げて歩く。王都発の列車の車内はガラガラ、王都を出たばかりの時の混み具合からは想像できない。


「やっと着いたか」


 俺の生まれ故郷はド田舎だ。辺境と言うだけあり、国境付近の山はまあいいとして、住宅が数多く並ぶような町中でも畑や牧場が目立つ。王都の景色に慣れると、同じ国とは思えないほどに人がいない。

 王都の真ん中にある騎士学院から汽車に乗り、山越え谷越え川越えして汽車に揺られ続けること五時間。昼過ぎに王都を出たのに、こちらについたらすでに日は傾いている。


「ここから二時間歩くんだもんな……うわぁ」


 リーゼヴェル駅は確かにリーゼヴェルにある。だがリーゼヴェルのかなり王都側にあるため、本当に国境近い俺の家まではひたすらに歩く必要がある。上手いこと荷馬車が通りかかれば乗せて行ってもらうのに。

 降りる人もまばらな駅に降り立ち、精一杯伸びをして体をほぐしたのち、俺は覚悟を決めて歩き出した。

 日が暮れる前に家につかなければ。




「よお! 久しぶりだな、レオ……? あれ、レオだよな?」

「俺だよ……」


 電車に長時間揺られた挙句、二時間の徒歩。物心つく前から縦横無尽に街を駆けまわっていた俺でも、流石に体力が尽きかけている。ようやく着いた、と家の近所に入ってしばらく歩いていると、顔馴染みがちらほらといて、目が合うと話しかけられるのだが。


「なんか……変わったなお前」


 何故か先ほどから似たような事を言われる。どこがだよ。


「は? 俺は何にも変わってないだろ」


 よく一緒に悪さをしていた同い年の少年は、今は家業を手伝っているらしい。確か八百屋の息子で、弟妹が全部で五人くらいいたような。

 庶民の少年の標準装備であるシャツとハーフパンツという格好のそいつは、学院を出た時のまま制服を着ている俺をまじまじと見ている。鬱陶しい。


「何だよ」

「それが制服か。何か……すっげぇ貴族っぽい」

「やっぱりそう思うよな。でもな、貴族の坊ちゃんらはもっとキラキラした服着てんだよ、私服だと」


 制服が配られる前、寮の前に集合させられた時のことを思い出す。

 一目で上等だと分かる素材、装飾性の高い設計、細部まで拘り抜いたと言わんばかりの緻密な装飾。あいつらはあれで身分を証明できそうだ。

 ルームメイト曰く、貴族の子供は誘拐されることがあるそうだが、その一因は服にあるんじゃないかと俺は思っている。服を売ったら一財産築けるんじゃないか。

 そう教えてやれば、少年は分かりやすく顔を顰めた。同感。


「うっへぇ、俺は嫌。格好良くはないけど、俺はこういう服でいいや」


 自らの身に着ける簡素な服を指し、思い出したように服についた泥を払う。見慣れた仕草に酷く安心する自分がいる。


「で、その首についてんの何? ひらひらしてる」

「これか? クラバットっていうみたいだぞ。何かこう……細長い布を上手く巻いていくとこうなる」


 何度かやっているうちに一人でも結べるようにはなったが、未だにノアから直される。もう俺には無理なんじゃないか、これ。


「お前よくできんな、それ。不器用ではなかったけど器用でもないだろ」

「ルームメイトにやってもらってた」

「ガキみてぇ」

「うるさい」


 自分でも薄々思っているだけに、人に言われると腹が立つ。


「そういやさぁ」


 黄昏時となった町に、一つ二つと明かりが灯る。その間を並んで歩きながら、少年は他愛のない話を次々と話していく。


「最近ここらでよく聞く話があんだけど、聞きてぇ?」

「話? へえ、どんなやつだ?」

「お、聞きてぇ? 教えてやろっか?」


 揶揄いモードに入ったらしい少年の煽るような表情が癪に障る。ここで素直に食いつけば遊ばれるに決まっているので、わざと興味なさげに振舞う。


「いや、別に」

「聞きてぇって言えよ、そこは!」


 じゃあ焦らさずにとっとと教えやがれと思いつつ、仕方ないので要求に従ってやる。気になるのは確かだし。


「はいはい、聞きたい聞きたい」

「レオ、お前雑じゃねぇ俺の扱い⁉」

「気のせいだろ。おら、チャッチャと話せ」


 レオが都会に染まって冷たくなった、と論拠も何もない訴えを聞き流して促せば、ようやく馴染みの少年の口が開いた。

「出るって噂があるんだ」

「何がだよ。っていうかわざわざ小声で言う必要あるのか、これ」


 距離を詰めて囁いた少年に冷静な突っ込みを入れた俺はひっ叩かれた。町でよく聞くって言ったのはお前だろうが。


「いったぁ! 叩くなよおい!」

「お前が余計な茶々入れっからだろ。真面目に聞けよ」

「噂話に真面目も何も……」


 ぼやく俺なぞどうでもいいと言わんばかりに、少年は話を再開させる。


「出るって言ったらあれしかないだろ。幽霊だよ、幽霊。この前あいつが見たってビビッててさぁ」

「あいつって誰だよ」

「ほら、肉屋んとこの」

「ああ、あいつな。ちびっこ」


 話が進まない。俺が口をはさんでいるのが原因だが、そもそもこいつの話が曖昧過ぎるのが悪い。よって、俺は悪くない、はずだ。


「端の方にあんだろ、古い屋敷。昔の貴族の家だったっつうやつ。あそこにボオッと白い影が……」

「洗濯ものとかじゃないのか。シーツとか」

「お前はどうしてそうちょうちょがねぇんだよ! ……ん? しょうちょ、ちょうしょ……何だっけ。あー……まあいいや、んで」

「情緒な、情緒。ちょうちょだと虫だろ」


そりゃ俺にないはずだ。あったら俺は人間ですらない。


「それ! お前に教えられるのがすっげぇ腹立つけど」


 俺はお前の台詞に腹が立つけどな、と内心でぼやき、失礼なことをほざく少年を睨む。


「お前は俺をなんだと思ってんだよ。さっさと話さないと俺の家着くぞ」

「うわ、やっば。んじゃ続きな」


 その話をざっくり言えば、先ほど聞いた情報のままだ。

 一週間ほど前の夕方、町の外れにある古い洋館で、肉屋の息子が謎の白い影を見たという。その影はゆっくりと動き、まるでそいつを見るように窓辺に寄ってきたため、そいつは逃走。その話が町の子供に広まったらしい。


「しばらくは見間違いって話だったんだけど、そこからおかしなことが続いて起きて……」


 肉屋の息子が騒いだ次の日、同じくその洋館の前を夜に通りかかった宵っ張りの子供が同じものを見、その次の日は夜に謎の呻きが聞こえ、さらに次の日には壁に赤い液体がびっちょりとついていた。普通に怖い。


「あの洋館、探索とかかくれんぼとかすると面白いんだけどなー。ほら、よくあそこで遊んでただろ、昔」

「一時期流行ったよなぁ」


 大人には危ないから行くなと再三言われているのも関わらず、そんなことは知ったこっちゃないと子供は元気いっぱいに駆けて言ったものだ。俺もその一人で、よく親の目を盗んで遊びに行った。何なら床も踏み抜いた。ちなみに事故だ。帰って、バレた親に拳骨を食らうまでがお約束。


「今は誰も行かねぇけどな。……あ」


 にや、と何か悪だくみを思いついた顔で、少年が俺を見る。嫌な予感。


「なあ、興味ねぇ? お前割と好きだろ、こういうの」

「……今日は眠いから遠慮しとく」


 視線を逸らした時にはすでに遅し。ロックオンされている。


「んじゃ、明日な! 周りの奴らびびって、誘っても誰も行かねぇんだよ。こういう時にレオだよなぁ!」

「普通は行かないだろ。ていうか、勝手に決めるな」


 何故か少年と共に俺も洋館に探索しに行くことになっているが、俺は何も言っていない。あと、白い影と呻きは良いとして、赤い液体は普通に怖いので遠慮したい。怖いなんて、目の前のこいつには絶対に言わないが。


「お、怖い? 怖いのお前」

「……んなわけないだろ」


 素直に頷いたが最後、人の黒歴史に関しての記憶力が最強であるこいつにずっと揶揄われ続けることは分かっていた。くそ。


「……何時だ」


 しぶしぶ了承すれば、少年はテンションを最高値まで上げた。俺はお前のそのテンションの上がり方も怖い。


「夕方、陽が沈んだら!」


 言うなり、こちらの返事も聞かずに走り去った少年を為す術無く見送り、深々とため息をついた。

 久しぶりの我が家は、すぐ近くまで来ていた。




 キィ、と微かに軋む音は、耳慣れ、けれどしばらく聞いていなかったもの。

 玄関の扉を開けた瞬間に鼻を掠める夕飯の匂いも、室内から漏れ聞こえる家族の声や動作音も、酷く懐かしく感じる。


「ただいまー」

「あら、レオ。お帰り、遠かったろう。ほら、さっさと入んなさい」


 真っ先に気づいた母親に呼ばれ、居間へと足を踏み入れる。

 自分の家に帰って来ただけなのに、無性にくすぐったい感覚がある。


「お、無事に帰って来たな、馬鹿息子」

「かえりー。お、それが制服?」


 今夕飯を、お風呂は、と忙しなく動き始めた母親とは対照的に、父親と兄貴はひたすらマイペース。父親に関して言えば、こんな時でさえ馬鹿呼ばわりだしな。


「ん。着替えてくる」

「いってらー」


 視線すら向けずに雑に言う兄貴にぶつくさと文句を言いながら、俺は自分の部屋へと階段を上がった。安堵にうっすらと滲む視界に舌打ちしながら。


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