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12 瞳の色

 鬼畜の所業としか思えない怒涛のハイレベルな試験は、丸三日を贅沢に使って消化された。テストの余韻と返ってきた結果に頭が痛い。

 とはいえ。


「レオは夏休み、どうするんだい? やっぱり実家に帰るのかい?」


 移動教室で渡り廊下を歩きつつ、ノアが思いついたように話しかけた。聞こえた単語に、思わずニマッとなるのは仕方のないことで。

 そう、夏休みだ。

 訓練も授業もテストもない、夏休みがやってくる。とりあえず万歳三唱だろう、これは。


「ああ、一応。帰って来いって言われてたしな」


 ちなみに、つい先日その旨の手紙が届いた時。


『…………あのボケ親父』

『うん? どうしたんだい、レオ。実家からの手紙だろう? あ……もしかして何か不幸とか』


 珍しくおずおずと視線を寄越したノアに、説明を放棄して手紙を見せた。うちの学年トップは手紙の最初の行を見て沈黙した。


『というわけでな。もうボケとしか言いようがないだろこれ』

『ええっと、君の父上は、その、古代語とか』


 ひらひらと手紙を揺らして鼻でせせら笑う俺に、ノアが一生懸命うちの父親のフォローを入れようとしている。多分無理だろ。


『ド田舎の鍛冶屋をなんだと思ってんだよ』


 要するに、俺の父親の字はどこぞの難解暗号と化していたという話だ。読めなかったので母親に手紙を書いて、父親からの手紙を同封して解読を頼んだ。何だったら父親に聞けばわかるだろうし。

 かくして、明らかになったその内容が「長い休みには帰ってこい」だった。人騒がせとしか言いようがない。

 まあそれはどうでもいい。父親がすべて悪いし。


「お前も帰るんだろ?」

「うん。兄上も帰ると言っていたしね」

「そういや、兄貴らもこの学院にいるんだっけか」


 前に聞いた話を思い出す。あれはいつの時だっただろう。確か、兄が二人いると聞いたはずだ。こいつは三男だしな。


「兄上たちというか……次兄かな。一番上の兄上は家を継ぐから騎士にはならないからね。ここにいるのは二番目の兄上だよ」


 やはり家業を継ぐのは兄だよなぁ、と俺も兄貴を思い出す。きっと今頃は親父にみっちり仕込まれているだろう。そのスパルタっぷりを見ていた俺は、次男で良かったとこっそり思ったものだ。


「二つ上だったか。あ、ほら、ちょうど今訓練が終わったみたいだぞ」


 記憶を探って流した視線の先、タイミングよく視界に入った制服のクラバットの色は二学年上のもの。あそこにノアの兄貴もいるのだろう。


「あ、本当だね」

「お前って兄貴と見た目似てるのか?」


 似ていれば探せるかも、と視線を上級生に向けつつ、尋ねてみる。俺の横で、ノアが考え込むようにしてから口を開く。


「顔立ちは似ていると言われるけれど、性格はあんまり似ていないかな。あ、兄上は鮮やかなライムライトの瞳だよ。魔力が強いんだ」

「……ライムライトって何色だ?」


 よほど兄が好きなのか、少しばかり弾んだ口調で説明してくれたノアには悪いが、俺に色の名前は分からない。この前シアンが青色だというのは知った。


「ライム、ライト。ライムを見たことはあるかい?」


 問われ、せっせと脳内アルバムをひっくり返す。ライムって、ミカンだのレモンだのあの辺の奴だったよな、多分。食べたことはない。


「……緑色のレモン……?」

「あそこまで緑ではないけどね、何となく緑も入っているかな。ざっくり言うと、薄い黄色になるけど」


 もうそれはレモンで良いんじゃないか。というか、そういう意味だったのか、こいつの苗字。じゃあ、何とか・ミカンみたいな名前もあるんだろうか。

 そういえば青目貴族の苗字はシアンだったか。あの名前が夏の昼空のような鮮やかな青を示すのだと俺に教えたのはノアだった気がする。こいつは知識の幅が広い。


「あ、いた」


 ノアが嬉しそうに呟くのと、上級生の一人がこちらへと進路を変更したのが同時。上級生はひらりとノアに手を振り、歩み寄ってきた。


「やあ、ノア。珍しいね、学校で会うなんて」

「ええ。偶然会うのは多分初めてですね、リオン兄上」


 なるほど確かに、どことなく顔立ちが似ている。ノアとその兄貴が両親のどちらに似ているのかは分からないが、同じ方に似たのだろう。はっきり違うと言えるのは、その瞳。兄貴の透き通った黄色は、レモンパイを思い出させる。

 ライムライトはレモンパイの色、と脳内に書き込む俺をよそにノアと楽し気に会話していた上級生が、ふと俺を見た。

 すっと手を胸に当てて顎を引いた上級生は、俺に向けて名乗る。貴族が庶民に向けるには、ひどく丁寧なものだった。

 これが上位貴族というやつだろうか。


「初めまして。私はノアの兄、リオン・ライムライト。ノアのご友人、お名前を伺っても?」


 芝居がかった仕草と口調で自己紹介を終えた上級生、もといノアの兄に、ノアはこういうことをしなそうだと納得する。この辺りが性格の違いか。

 ノアの兄と言うことは貴族だし、と胸に手を当てて一礼。入学してから何度かやっているから慣れている。ノアに前にチェックされているから大丈夫なはずだ。


「初めまして。レオ・リーベル、ノアのルームメイトです」

「ああ君が、ノアがいつも楽しそうに言う」

「リオン兄上」


 割り込んだノアが、兄に向けて慌てたように語を継いだ。笑顔が黒い。


「レオに変なことを吹き込まないでくれませんか」


 対する兄もやや黒い笑顔だ。この兄弟、怖い。仲がいいんじゃないのか。


「やだなぁ、兄上をなんだと思っているの、ノア。弟の友人に酷いことはしないよ」

「なあノア、お前はいつも何を」

「何でもないよ、レオ。兄上は時々変なことを言うけど気にしないで」

「ノア、兄上の扱いが酷いよ」


 それはそうと、とノアの兄がつっと近寄ってくる。その瞳が映すのは、俺の瞳。既視感を感じるんだが。何なんだよおい。


「私は魔法が好きで色々調べているんだけど……蜂蜜色は初めて見たなぁ。ちょっと君放課後空いてる? あ、そうだ。今度の夏休み、家の研究室に」

「兄上、そろそろ次の授業が始まりますよ」


 にこやかに再び割り込むノアに、珍しいと瞳を瞬かせる。今日はらしくないなと、いつも謎なルームメイトを今日も謎に思う。それはノアの兄も同様のようで、こちらは少しばかり悪戯っぽく笑った。


「大丈夫だよ。私たちは次自習なんだ。教官が急に休んでしまってね」

「兄上が良くても私たちはこれから授業なんです」

「弟の友人なんて興味をそそられるだろう? あの基本的にクールな弟が熱弁するほどの友人となると特に」

「リオン兄上。ちょっと黙ってください」


 先ほどから時折聞こえるノアの熱弁疑惑に、俺は困惑しかない。こいつが熱弁しているところがまず珍しいし、その内容が俺だというのだから訳が分からない。

 こいつは自分の兄貴に何をそんなに語ってるんだよ。俺の話なんざ、そうそう面白いものなんてないだろうに。いや、貴族の坊ちゃんらにしてみれば面白いのかもしれない。その辺りの感覚は分からないが。


「今日は弟がいつもに増してクールだな。せっかく兄上に会ったのに、ねえノア?」


 俺にも兄貴がいるから分かる。この空気は、完全に揶揄いモードだ。こういう空気を纏う時の兄と言うのは、大概ろくなことをしない。

 それはどこの兄弟でも同じらしく、隣のノアが完璧な笑顔で応戦している。


「兄上がレオに変なことを言うからですよ。さあ、レオ、そろそろ授業に」

「お、おお……。いいのか、兄貴をそのままにしておいて」


 ぐいっと腕を引いて強引に歩き出したルームメイトについて歩きながら、肩越しに振り返り、ノアの兄貴をそっと窺う。仕方なさそうに笑った顔が既視感満載だった。流石兄弟。


「いいよ。……全くもう、放っておくと兄上はすぐに魔法の話になってしまうんだから……」

「あー……魔法が得意なんだったか、確か」


 青目貴族もそう言っていたし、先ほどノアもそう言っていた。


「うん。自分で魔法を使うことに関しても優秀なんだけど、魔法について研究したり調べたりするのも好きでね。君には悪いことをしたけど」


 すまなそうに俺を窺うノアは、それでも兄を想ってか少し嬉しそうだ。俺のような庶民ではなく、由緒ある血筋で優秀だと称されるなら、きっと恐ろしく秀でた魔法使いなんだろう。


「いやまあ、なんだよこいつとは思ったが、特に何をされたわけじゃないし」


 そういえば、隣を歩くご機嫌なルームメイトに唯一欠けているのは魔法だったな、と思い出す。ノアの兄貴は、それすらも持っているというのだから、ノアを超える完璧超人だろうか。もうそれは人間ではない気がする。


「ねえレオ、次の授業って」

「あ」


 ノアの言葉に被せるようにして校内に響いたのは、言わずもがな授業開始の鐘の音。


「走れ! あの教官だとうるさいぞ!」

「うん。わ、筆箱が」

「急げーっ!」


 廊下は走るなという校則を無視して全力で走った結果、道中で赤目の教官に引っ掴まれて説教が始まったため、その授業には間に合わなかった。

 担当の教官は何故か俺ばかりを叱り、ノアは俺に巻き込まれた被害者のような扱いで。後に顔を合わせた青目貴族に、日頃の行いがどうのこうのと小うるさく言われる羽目になったのだった。むしろ被害者は俺だっての。


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