11.5 対等
今回からはお馴染み、レオの目線で物語が進みます。
お楽しみください。
授業が終わった時は明るかった空は、教官室を出る頃には薄暗くなっていた。西の空には夕日の残滓が残り、まだ少し眩しい。
赤目の教官に教官室へと引っ張って行かれ、この前のテストのやり直しを終わらせるまで帰るなと命じられた。結果、この時間だ。
「……頭が痛い」
あんな問題をすらすらと解ける周りは何なのか。あいつら、五歳くらい鯖読んでるんじゃないか。
男子寮に辿り着き、自室の扉を開く。案の定、ノアは優雅に読書タイムだ。
「あ、お帰り」
「ただいま。もう課題は終わったのか」
「もちろん」
にっこりと微笑むノアの頭脳が羨ましい。才能だけではないと、そんなことは知っているけれど羨ましいと思ってしまう。
「さっきまで勉強してきたのに、まだあるのか。うわ」
口に出したら余計に嫌になった。もういっそさぼってやろうか。
荷物を机に置き、課題になっている教科書のページを探してあちこちめくってみる。見つからないし、見つけたくない。でも自力では解けない。ジレンマというやつだろうか。
「そうだ、今日ルイーゼ殿と少し話をしたんだけど」
「青目貴族とか。へえ、お前ら何話したんだ?」
こいつらときたら小難しい話を延々しているものだから、たまに居合わせた俺には暗号レベルの会話になっている。流石貴族。やはり一級の教育を受けているだけある。
ぱたん、と不意に背後で本が閉じられる音がした。一度読み始めたら、終わるまで基本的に手放さないノアにしては珍しい。
「青目貴族ってルイーゼ殿かい? 君に私のことを勝手に話してしまったと、とても気に病んでいたよ」
「は? なんでだよ」
ノア曰く、そいつのいないところでそいつの話をしたらマナー違反になるのだとか。初めて聞いた。
「……堅いよな、あいつ」
平静を装うとしても、ざらついた感情が胸の内側を撫でる。昼間に抱いた感情を思い出し、理由が分からないままに不快だと感じる。
「うん、まあ。それで君の感想が気になってね。聞いてもいいかい?」
「感想?」
意味が分からないと問い返した俺に、いつの間にか隣に立っていたノアが頷く。なんでちょっと楽しそうなんだこいつ。
「ルイーゼ殿が、君を不愉快にさせてしまったようだと気にしていてね」
特別、感情を表に出したつもりはない。それでも悟られたというのが癪だが、貴族の基本スキルだと思えば仕方がない。ノアもちょいちょい俺の心を読んでくるし。貴族って怖い。
「……あの話か」
確かに不快だと思った。それは今も。
目の前で微笑むこいつが、偽りの笑みを浮かべ続けてきたのだろうと想像したら、怒りでも哀しみでもない感情が湧いた。ただ、どうしてそう感じたのかが分からない。
そう言えば、ノアは黒目を瞬かせ、それからほんの少し笑った。
「安心して、レオ。私は君に対してそういう態度を取ったことはないと思うよ。……多分」
「多分って言葉が付くと途端に信用がなくなるのは何なんだろうな」
「もう癖になってしまっているところはあるからね」
にこにこと機嫌良さそうに笑うノアが何を言わんとしているのか、俺にも何となくはつかめてきた。
ノアの言う〝そういう態度〟はおそらく、偽りの笑みを浮かべること。そうではないと俺に言ったのは、俺がそう考えていると勘付いたからだろう。
「……サンキュ」
俺が自覚していない感情までくみ取り、綺麗に整理して渡してくれる。こいつは本当に賢いな。たまにアホだけど。
君には理解しづらいかもしれないけれど、と前置きをしたノアが語ったのは、俺には遠い世界の話だった。
「私はライムライト伯爵家に生まれて、その名前の下に生きてきたし、これからもそうだろう。それは私たち貴族にとっては当たり前のことだよ。相手と交友関係や婚姻関係を結ぶとき、家柄は大きな判断材料となる」
ノアはベッドに腰掛け、半端に浮いた足をぷらぷらと意味もなく揺らした。
「貴族が他の貴族と、どのような形であれ関係を結ぶというのなら、それは何かしらの意味を持ってしまうんだ。君も聞いたと思うけど、貴族に取って噂は大きくてね。面倒なうわさが流れてしまうと、色々なところに影響してしまうんだよ」
だから、私はいつも笑うことにしていたと、ノアは笑みを浮かべた。
「私はノアである前に、ライムライト伯爵家の一員だからね」
「ノア」
どうしてか、俺はノアにこれ以上この話をしてほしくなかった。
自分と言う個人は家名に比べれば意味がないと、こいつが言うのは嫌だった。お前は、お前だろう。
「だから、私にとって君はとても貴重なんだよ、レオ」
「……なんでだよ」
「だって君は、ライムライト伯爵家の三男としてではなく、私を見てくれるだろう?」
それだけのことで、こいつはこれほど嬉しそうに笑うのか。
庶民として生を受けた俺には、生まれた時から当たり前だったことなのに。
分かった、それなら。
「安心しろよ。俺は庶民だから貴族の云々は知ったことじゃない。俺は、お前自身と友達になったと思ってるからな」
「……ふっ」
肩を震わせるルームメイトに、とりあえず腹が立ったので軽い蹴りを食らわせておいた。自分でも気恥ずかしいのを我慢したんだぞ、おい。
「おいこら。人が折角真面目に言ってるんだから聞けよ」
「聞いていたよ。私は本当に、いい友人を持ったと思ってね」
「……お、おう……」
ふは、と我慢が切れたらしいノアが俺の顔を見て爆笑し、俺もつられて笑い転げる。それはしばらく続き、いい加減腹筋と呼吸が苦しくなった頃には、ふたりとも何を笑っていたのかを忘れてしまっていた。
分からないけど面白かったからいいかと、そのまま連れ立って食堂へと移動する。もうそろそろ夕飯だ。
「四か月前の私に、感謝するよ」
部屋の扉を閉める音に重ね、ノアが何かを呟いた気がした。
「ん、何か言ったか?」
「いや、何も。行こうか」
俺たちはどちらともなく、他の生徒に混じって歩き出した。




