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11.5 対等 ~ノア目線~

いつもはレオ目線で書いておりますこの物語ですが、今回はノア目線となります。

お楽しみいただければ幸いです。

「レオ・リーベル、遅い!」

「うげ」


 背を向けた向こう側でルームメイトの嫌そうな声が聞こえ、思わず振り返る。こちらに背を向けていて顔は見えないが、易々とその表情を想像することができた。

 きっと、すごく嫌そうな顔をしているんだろうな。

 私のルームメイトであるレオは、庶民という環境がそうさせたのか、感情が素直に顔や態度に出る。取り繕うということをあまりしないし、おそらく好まない。私はそれをかなり面白がっている。


「教官が嫌いなんじゃなくて基礎教養が大っ嫌いなだけです」


 盗み聞ぎのような行儀の悪い真似をするつもりはない。けれど、彼の言動はいつも面白いと知っているから、つい耳をそばだててしまう。ふふっと笑みを浮かべて、歩みを再開させた。

 大っ嫌い、って素直に口にできる君が羨ましいよ、レオ。

 レオは本当に勉強が嫌いだな、と思い出したのは他愛のない雑談。

 レオの愚痴とも世間話ともつかない話の中で垣間見えるのは、庶民の教育水準の低さ。文字が書けて計算ができれば上等、きちんとした教育体系もない。貴族との差が、かなり大きい。だから、レオが勉強を不得意とするのは仕方ないのだろう。

 けれどレオは割と頭が良いと思う。彼の言動には筋が通っているし、複雑だろう魔法も容易く扱って見せる。ただ、本人はその仕組みが分かっていないようだけれど。彼曰く、やはり庶民の中では優秀な部類だという。そんな彼は今日も教官室に連行されていたけれど。


「ノア殿」


 覚えのある声に名前を呼ばれ、反射的に人当たりの好い笑みを浮かべて足を止める。もう癖になってしまった。


「ルイーゼ殿。どうかなさいましたか」


 この国に二家ある公爵家の次男、ルイーゼ・シアン殿。その家名が示す鮮やかな青色を宿す双眼を、羨ましいと思ってしまうのは仕方のないことで。

 いつだったか、魔力がないことを気にしていないとはルームメイトに言ったけれど、やはり色々便利だからいいな、とは思う。


「その、最後の授業の前の休み時間に貴殿のルームメイトと話をしたのだが」

「ああ、レオのことですね。それが何か?」


 言われずとも、珍しく会話に付き合っているレオには気づいていた。貴族相手だと気を遣うからなるべく話したくないし手短に済ませたいと公言するレオだ、つい視線を向けてしまった。レオは気づいていないようだったが。


「彼に、以前のノア殿の話をした」

「……私の?」


 レオが聞いて面白い話があっただろうかと不思議に思うが、そこそこ長く話していたのだから面白かったのだろう。知られて困るようなこともないし、と結論付け、あとで感想を聞いてみようかなと笑う。


「構いませんよ。ただ、レオが楽しめるのかは分かりませんが」


 ルイーゼ殿がレオに何かを吹きこんで、私に不利益をもたらすとは思っていない。そうしたところで何の益もないだろう。


「それでも、貴殿の知らないところで話してしまったのは事実だ。礼を欠いた真似をして、すまない」

「ルイーゼ殿、謝る必要はありません」


 律儀に頭を下げたルイーゼ殿に、真面目なことだと感心する。国内屈指の名家でありながら、爵位が下の者にも礼儀を払う。正しく上に立つ者の姿だ。

 そういえば彼の家系は皆真面目で誠実だったっけ。


「レオに話して困ることなんてないんですから。レオの反応が気になるところではありますが、それだけです」


 特に他意はなかったのだが、顔を上げたルイーゼ殿はその言葉に気まずそうな顔をした。


「……レオ殿のことだが、その、不愉快にしてしまったらしい」

「レオが?」


 レオは本人が言う通り、特別気が長いわけではない。ただ、短くもないし理性がそこそこ強いので、悪い意味で感情をむき出しにすることはない。たまに課題プリントの山と小テストを恨んでいるくらいだ。


「私にも理由は分からないが、以前のノア殿よりも今の方が楽しそうだと話したら、面白くないようで」

「へえ、珍しいですね」


 気にしないけど気になるからレオに聞いてみようと決めて、申し訳ないと詫びるルイーゼ殿に手を振って別れた。




 男子寮の自室へと既に慣れた道を歩きつつ、何とはなしに先ほどの話を思い出す。


『以前のノア殿よりも今の方が楽しそうだと』


「……楽しそう、か」


 昔から穏やかな子供だと言われてきた。

 泣かず、怒らず、いつもにこにこと笑っている子供だと。

 生来感情の起伏が緩やかで、三男だというのもあって早くから人に(おもね)るのが身についてしまった。それが自分だと思っていたけれど。


『ノア。おい、起きろって。……うわ、寝癖がものすごいぞお前』

『……テスト用紙を灰にしたらなかったことにならないか? こう、こっそり燃やして……わっ、教官! 何でもないです何でも! いって!』

『だーっ、もうテストなんて知るかっ!』


 風変わりな庶民に興味を持ち、ライムライト家というレンズを通さずにただの私を見てくれるレオに惹かれた。反応が面白くて、六年間ずっと一緒にいられたら楽しいだろうと思った。

 次の行動も言葉も予測ができなくて、いつでも飾らない態度でいるレオを羨ましく思った。けれどそれ以上に。


「ふふっ、きっとレオのせいだね」


 対等な相手はいなかったし、欲しいとも思わなかったけれど。一度そんな存在を見つけてしまうと楽しくて仕方がない自分がいる。


『許可が嫌なら命令にするよ。レオ・リーベル、君が私に敬語を使ったり、敬ったりするのは許さない。対等な友達になりたいからね』


 あまりにレオが遠慮するものだから命令にしてしまったけれど、あの時の判断は間違っていないと断言できる。

 騎士学院に来てから、私はずっと笑いっぱなしだ。多分隣にレオがいる限り、私は本当の笑みを浮かべ続けられるだろう。

 自分がこんなに笑うのだと、知らなかった。


「とりあえず、帰ってきたら感想を聞いてみようかな」


 その前に課題を終わらせられると良いけど。

 読みたい本も見つけたし、と口元に笑みを浮かべ、私は歩みを進めた。


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