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9 貴族と騎士と

「貴殿がノア殿とお見受けする」


 教室で談笑する俺たちに、そいつは突然そんなことを言った。俺は無視か。

 訝し気に眉をひそめた俺へのノアの囁き曰く、黒髪青目のそいつは公爵家の次男らしい。何でノアは知っているのか。知り合いか。貴族同士のつながりみたいなものか。


「ええ、直接お会いするのは初めてですね。ルイーゼ殿」


 きらきらしい貴族スマイルと丁寧な言葉で応じたノアは、正しく貴族家の子息だった。こいつが俺と同い年だという事実を、こういう時に忘れそうになる。対人スキルが違う。

 きっと今までもこういうことはあったのだろう。そうとしか思えない落ち着きっぷりだった。多分俺が同じことをやられたら半ば喧嘩を売る。

 ノアは今俺と喋っていただろうが。断りくらい入れやがれ。


「仰る通り、私はノア・ライムライトと申します。何か御用でしょうか」


 ノアが敬語を使うところを初めて見た俺は、新鮮な光景に思わずしげしげとルームメイトを眺めていた。珍しい。というか、こいつが畏まると本当に貴族感が増すなぁ。今までも十分貴族だったが。


「貴殿は学年主席だろう。今まで交流がなかったが、興味を持ってな。機会があればぜひとも親交を深めたいものだ」


 貴族と言うのは庶民には理解できないことを言い出すものらしい。

 にっこりと微笑んだままのノアと謎の握手を交わし、黒髪青目の貴族は俺に一瞥すら向けずに去っていった。何だあれ。

 その貴族が窓際の席に着くのを見、クラスメイトだったことを知る。そういえばノア以外とはあまり話したことがないな、とそんなことが脳裏を掠る。

 今のところ困ってはいないが、考えた方がいいかもしれない。


「あいつ知り合いか?」


 俺の視線の先、浮かべた微笑を常の緩やかなものへと戻したノアの唇が、件の貴族の情報を紡ぐ。


「彼はルイーゼ・シアン殿、さっきも言ったけど公爵家の次男だよ。あまりうちの伯爵家とは関わりがないから詳しいことは知らないけれど、噂によればとても優秀な方らしいね」


 その優秀な方に入学試験で勝っているノアは何なのだろう。物凄く優秀だということで良いだろうか。無意識での自画自賛か。まあそれはいい。

 それよりも。


「公爵家って偉いのか」

「君はそこからなんだね」


 楽しそうに笑ったノアが指で空に三角形を描いた。その頂点を指さす。


「王族は私たち、正確に言えば領主である貴族たちの頂点にいらっしゃる」

「ああ、流石にそれは分かるぞ」


 最近気づいたことだが、ノアは親や他の貴族や王族に対して話すときに敬語が混じる。たとえ目の前にそいつらがいないとしても。それがノア独自の習慣なのか、それとも貴族全般そうなのか分からないが。

 こういうところは育ちが良いと思う。

 ノアの指がすっと少し下がる。


「その次に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続く。君の言い方を借りるなら、偉い順と言えばいいかな。爵位が高い順だよ」

「……あー、つまりさっきの青目はナンバーツーってことか」

「彼の父親の爵位でいうならそうだね」


 含みのある物言いに、原因の分からない恐怖を感じる。他にどんな言い方があるんだよ。


「彼は……ルイーゼ殿は魔力が高いらしいね、彼の瞳は綺麗な群青(シアン)だった」


 自らの瞳を指すノアに、ふとその黒瞳が魔力を宿さないことに思い至る。

 貴族家直系の子供は魔力を宿すことがほとんどだ。瞳の色は魔力の色、その色の鮮やかさは魔力の強さを示すという。

 つまり、ノアは魔力を宿さない。宿しているとしても微量。

 魔力を持っていることが当たり前の貴族社会の中では苦労しただろう。


「君が何を考えているのか予想はつくけど、私はあまり気にしていないよ。騎士になるのに魔法は必ずしも必要ではないからね」


 内心を見透かしたような言葉に、思わずノアの顔をまじまじと見つめる。


「お前、実は魔法が使えて、俺の心の中を読んでるとか言わないよな」

「君は顔に出すぎるんだよ」


 揶揄うように浮かべられた笑み。穏やかに見えて、ノアは案外表情が豊かだ。器用ともいう。


「で、あいつが言ってたのってどういう意味だ?」

「あいつって……君は相手が誰であろうと態度が変わらないんだね」


 ノアが可笑しそうに笑う。俺の質問はどこかへ行った。


(へりくだ)れって? 膝でもつけばいいのか」


 はっ、と鼻を鳴らした俺を物珍し気に見、ノアは緩やかに首を振った。


「駄目だよ、私たちが膝をついていいのは国王陛下に対してだけだから」

「は? あー……忠誠を誓う時とか何とか」


 入学式での怒涛の二時間祝辞ラッシュでそんなことを聞いた気がする。


「そう」


 ノアは頬を緩めるように笑んだ。こいつは勉強を俺に教えている時とかにこういう顔をする。本人曰く、自覚はないらしい。


「私たちは将来騎士になるんだ。騎士は国王、そして()の人が治める国に対してのみ忠誠を誓う」


 幼い子供の頃に聞いた事があるだろう? と当たり前のように言うノアは、庶民を買い被っている。庶民は貴族が思っているよりも自由だ。俺は国王の名前を知らなかったし。多分リーゼヴェルの住人は知らないと思う。

 貴族の名前なんざ、自分の所の領主を知っていれば上等な部類じゃないだろうか。俺は知らない。興味ないしな。


「要は、王以外に従うなってことか。独占欲強いのな、国王って」


 脳裏に浮かんだイメージはあの、小さい子供(ガキ)が『これ全部僕のものなんだから!』とか抜かしてあれやこれやと抱きかかえる、あんな感じ。

 言うまでもなく、こんなことを口にしたらノアに怒られる。こいつは貴族としての忠誠心を持っている奴だから。


「独占欲というか……国によるけれど、私たちの国の国王は〝俺の物〟って感じかな」

「所有物か俺らは」


 当たっていた。まさかのイメージが当たっていた。

顔をひきつらせた俺とは反対に、ノアはにこにこと笑っている。怖い。


「陛下にとってはそれが国や国民を守る理由なんだろう、と父上は仰っていたね。名君だと名高い方らしい」


 らしい、と伝聞調なのが気になった。


「お前は会った事ないのか?」

「え?」


 きょとん、と瞳を瞬かせるノア。どうやら俺は変なことを言ったらしい。


「父上や兄上……あ、上の兄上のほうだけれど、二人は会った事があるとおっしゃっていたけど、私や下の兄上は会った事がないかな。そうそう会える方ではないよ」

「へえ、貴族なら誰でも会えるってわけじゃないのか」

「ああ、君はそう思っていたんだね」


 実際は違うのだと、ノアは俺に説明した。

 爵位を持っている本人、つまり当主は定期的に顔を合わせるが、それ以外の貴族が、特にまだ幼い子どもが謁見を許されることはないし、機会自体がないのだという。精々が王家主催のパーティーの時かな、とノアが首を傾げた。

 幼い子ども。


「お前の兄貴って今何歳なんだ?」


 王家主催のパーティーとか何かすごい単語が聞こえたが、とりあえず無視。


「長兄が十六、次兄が十二だよ。次兄はこの学院に通っている。君には兄弟がいるのかい?」

「俺? 三つ上に兄貴がいるな。下はいない」

「へえ、意外だね。君には弟か妹がいると思っていたよ。案外面倒見もいいし」

「お前のその自由っぷりは下だよな。お前こそ下に兄弟いるのか?」


 イメージとしてはいない。こいつ本当に自由だし、子供の面倒を見ているなんて想像ができない。

 案の定、帰ってきたのは否定だった。


「いないよ。私は末っ子だからね」

「だろうな」


 即座に納得した俺を不思議そうに眺めるノアは自覚がないらしい。そういうものか。

 カラカラと音を立てて開いた教室の扉から入ってきたのは、赤目の教官。そういえば次の授業は基礎教養だった。俺が一番できない授業。訳が分からないところが多すぎる。


「じゃあ授業始めるぞー、席につけー」


 ダアンッ、と勢いよろしく教卓に叩きつけるように置かれたのは紙の束。嫌な予感しかしない。というか、教卓壊れないか、それ。

 速やかに席について待機状態になった生徒たちを一通り眺め、赤目の教官は手で起立を命じた。そのまま挨拶をし、再び着席。


「よし、今日は計算やるぞ。普通の計算から応用だの図形だの色々ある。お前らの入学試験の結果はよく知っているが、あれじゃ大雑把でよく分からない。というわけでこれだ」


 ポンポンと隣の紙の束を叩く教官。嫌な予感しかしない。


「今から三十分で抜き打ちテストだ。じゃあ配るぞ」


 は?

 風魔法で一斉に配布されたプリントを見つめ、燃やしてやろうか、と脳裏に浮かんだ考えを打ち消す。燃やしても新しいのを渡されるだけだろう。


「よーい、スタート」


 パンッ、と高らかに手のひらが打ち鳴らされた音を聞きながら、憂鬱極まりない気分でペンを執った。

 結果は……予想通りと言うのが一番正しいだろう。


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