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中二編

 今日も倉庫内派遣アルバイトの仕事。


 倉庫内は寒い。


 広い空間に、電気ストーブが1台置いてあるだけだ。埃も凍るような空気が静かに澱んでいる。


 隣接して冷凍倉庫がある。そのカーテンが上がるたびに、外よりも冷たい空気が作業場へ流れ込んでくる。


 あたしたちはそれぞれに自分の防寒着で身を守り、白い息を吐きながら淡々と仕事をする。



 ほんとうは、あたしはこんなところで仕事をしてはいけない体だ。


 ここは温度差が大きい。倉庫から会社建物へ移動すると空気がもわっとする。いきなり20℃も温度が上がり、冷凍倉庫に入れば逆に20℃ぐらい低くなる。


 あたしの血管は収縮と膨張を繰り返す。


 そのうち心臓に流れる血液がまた詰まるかもしれない。


 1年と少し前の9月、救急車の中で、死を覚悟したことを思い出す。


 でもここはお金がいいのだ。アパートからも自転車で通えるほどの距離だし、自転車を漕ぐのは運動になる。


 心臓に疾患がある人は、適度に運動したほうがいいのだ。



 もうここの仕事を始めて4ヶ月になるが、いまだに知り合いと呼べる人はいない。いつも一緒になる人は何人かいて、顔も名前も覚えたけど会話はしない。


『元のお母さん』に捨てられてから、あたしは社会的には死んでいるような気分でいた。それなのにまだ生きようと、仕事なんかしているのが、たまに可笑しく思えていた。


 でも、今は気分が違う。


『アイオク!』でお母さんの愛を落札してからは、死にたいと考えることすら一瞬もなくなった。





 お母さんと暮らしはじめて2か月が経った。


 時の流れがとても早かった。仕事中はなかなか時計が進まないのに、部屋に帰ってお母さんと過ごす時間は、時計の文字盤を倍に増やしたいぐらい、もっと欲しかった。


 人間嫌いで人見知りで出来損ないのあたしをただ受け入れて、笑って許して、たまに厳しく叱ってくれる。

 それだけなのに、そんな香織お母さんと一緒にいるのが、とても居心地がよかった。



 

 向き合ってコーヒーを飲みながら、あたしはスマホを、お母さんはテレビを観ていた時、発作が起こった。


 あたしは声も出さず、ただ胸を押さえる。


 胸の奥で心臓が止まりそうになっているのを感じる。細い血管のところで血液が詰まり、キュウウウッと音が吸い込まれて行くように、その一点に死の気配が集まって行く。


 急いで立ち上がると、バッグから頓服のニトロを取り出した。口に含み、舌の下に入れて、ゆっくりと溶かす。


 しばらくすると死の予感は収まったが、念のためペットボトルにいつも入れてある水を飲んだ。血液の濃度を薄めるために、ごくごくと大量に飲んだ。


 ふと気がつくと、お母さんが心配そうにこちらを見ていた。


「トモちゃん……。ごめん」

 慎重な口調で、あたしに言う。

「お母さんでも知らないことがあるの。……教えて?」


 何を教えてほしいのか、聞かれなくてもわかった。


「心筋梗塞なの」

 心配させないように、笑いながら答える。

「若いくせに変でしょ? でも、結構なる人いるらしいんだ」


「大丈夫なの?」


「大丈夫、大丈夫。発作が起きたら頓服薬を飲めばすぐ収まるから」


 ほんとうは嘘だ。


 あたしは定期的に病院で人工透析を受ける必要があるのを、行ってない。


 お金がないのだ。


 一回に70万円かかる。高額医療費制度を利用しても20万円だ。


「その……。誰も、何もしてくれないの?」


 お母さんの聞きたいことはわかった。

 あたしの親族……っていうかお母さんとお兄ちゃんしかいないけど。二人はこの2か月、一度もこの部屋に来ていないし、連絡もない。


 正確に言えばもう1年、音沙汰がない。


「あたし、捨てられたんだよ、『元お母さん』に」

 なんでもないことのように、笑いながら言った。

「あたしのこと、いらないってさ」


「座って」

 香織お母さんは真剣な顔になって、背筋を伸ばした。

「話してみなさい」


 椅子に座ると、コーヒーを一口飲み、なるべく何でもないことのように、あたしは話した。


「お母さんね……あ、『元お母さん』のことね。あのひと、再婚したの。再婚する時に、タイミング悪く……ね、あたし、病気になっちゃって。お金はかかるし、面倒だしで、邪魔だったみたい」

 テヘペロしてみせる。

「元々ね、あたし、こんなわがままで人嫌いな性格だから、あのひととあんまり会話もしてなかったし、わけのわからない子だって、思われてたみたい。口では『どんな子でも我が子は我が子』って口癖みたいに言ってたけど、ほんとうはチャンスがあれば捨てたいって、思ってたみたいで……」


 香織お母さんはうなずきながら、あたしの言葉の一つも聞き逃すまいとするように、熱心に聞いてくれた。


 話してるうちにあたしの目からは涙がぽろぽろ零れて止まらなくなった。


 話し終えると、香織お母さんはコーヒーを一口飲み、励ますように笑ってくれた。


「辛かったね。でも、もう大丈夫」

 そして、言ってくれた。

「あなたはわたしが愛してあげるから。最後まで、面倒見てあげるから。ね?」



後編にするはずが……m(_ _;)m

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― 新着の感想 ―
[一言] お、恐れていた厨二が、今ここみ…もとい!今ここに!!(゜Д゜;) 私、明日明後日おやすみするので週明け(にはUPなさってらっしゃるかしら?)を楽しみにしてま~す(^O^)/
[良い点] 面白すぎます! まるで、危うい綱渡りのような物語。 アンハッピーエンドにならないと嬉しいですが… 要所要所に不安を匂わせる描写…。 これからどうなっちゃうんだろう!? ここまで一気に読んで…
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