第4話
「…姉様?……どこ行った?!?」
ソラはさっきまで隣にいたクロスの気配がなくなっていることに気がついた。少し足が止まっただけで後ろに着いてきていると思っていたが、振り向いても他の客が行き交っているだけだ。
「…ルーチェの心配が現実になった…」
ファルルが呟く。
「まさか、僕が付いていたのに…やはり集めて捜索しましょう!」
騎士団をもう一度集まらせようとするラウトに、「近くにいるとは思うんですけどね…」とソラは抑える。
「とりあえず私達で近くを回ってみましょう」
〇
「っ足速いな!!!」
足に自信が無いとこんなことせーへんか、と思いながらクロスは暗くなった路地を走っていた。追いかけているのは若い女性。その手にはクロスの鞄が握られている。
「ひったくりです…って叫んだところで誰も居らんな」
すっかり広場からは離れ、周りには誰も居ない。ラウト、ファルル、ソラともはぐれてしまった。
「闇魔法使ったら早いけど…!」
影の沢山あるここで闇魔法を使えば、瞬く間にひったくり犯を捕まえられるだろう。しかし、脳裏に浮かぶのはそれを知ったときのルーチェとウィンディの顔だ。
「怒られそう…いやでもここで使わんかったら闇魔法使いの名折れや!」
決心したクロスは手を前に伸ばす。それをゆっくり握ると、家々の影が伸びて前を走る彼女の足に絡みついた。彼女は勢いよく転げ、その隙に別の影がクロスの鞄を取る。クロスは優雅にそれを受け取り、こちらを睨むひったくり犯へ歩み寄った。
「ここで罰を与えてもいいですし、治安の方にお任せしてもいいのですが…どちらがよろしいかしら?」
彼女はクロスを睨みつけたままだが、怯えているのか何も言わない。
「…とりあえず治安の方に言いますわね。くれぐれもさっきの魔法のことは内密に…」
「さて…」
引き渡した後、クロスは周りを見て一息ついた。先程は誰も居ないことをいいことに闇魔法を使ったが、よくよく考えてみればクロスは今、迷子になっているのだ。
「やっちゃったなぁ…」
ついでにクロスは方向音痴である。
〇
「いないですね…」
一度3人は集まる。深刻そうにラウトは言った。
「まじでどこ行ったんや姉様…」
「昼でしたら多少花火を打ち上げても問題ありませんが、この時間となると目を引いてしまうでしょうね…あまり目立つのも良くないですから」
「よりによって外国でクロスが迷子になるなんて…」
ファルルとソラは頭を抱える。サラチア王都内での迷子ならもうお手の物だが、アノレミーでとなると話が変わってくる。
「こうなったら自分達で歩いて探す他ありません。分かれましょうか」
ラウトの提案に2人は頷く。
「では8時の鐘がなる頃にまた集合しましょう」
〇
「こっちかなぁ〜?」
近くの出店で買ったフランクフルトを手に、クロスは歩き回っていた。自分が来たと思われる方向に少しでも向かおうとしている。今ちょうどソラが「動かないでおいてくれるといいんだが…」と呟いたところである。
「すみません、青い髪を結んだ紺のポンチョの女性見てませんか?」
「お姉ちゃんよりお姉さんの人?」
「いや…同い年ぐらいで、背は私より小さいです」
「あぁ〜じゃ見てないかなぁ〜」
「分かりました、ありがとうございます」
ぬいぐるみ屋で店番をしていた幼い女の子にソラを見ていないか聞いてみるも、彼女は首を振る。クロスは歩き回っていた時に貰った小袋から金平糖を取り出し、口に放り込んでまた合流を目指して歩き始めた。
「くるみ割り人形…か…」
大分広場まで戻ってきた。ふと周りを見ると、少し路地に入った奥まったところから灯りが漏れている。その入口にかけられた古い看板には、くるみ割り人形の絵が描かれていた。この間ウィンディが、ヴィエトル公爵家で持っている劇場で「くるみ割り人形」の公演をしたと話していたのを思い出す。壁にはめられた綺麗なガラスにも惹かれて、クロスはその店に近づいた。
「灰色に黒が一束入っている髪の女性を見ていませんか?」
ラウトは、背の高い椅子に乗っているであろう幼い女の子に黒いメッシュを手で表現しつつ聞く。赤いナイトキャップを被ったくまや犬、トナカイなどのぬいぐるみが並ぶ中、彼女は両腕で頬杖をつきながら驚いた顔をした。
「さっき見たよ!青い髪の人探してた」
その答えにラウトは顔を明るくする。青い髪の人、というのはソラのことだろう。
「ああ!その人です。どこに行ったか分かりますか?」
「えーっと…あっち!あっち行って、みぎ?に曲がった!」
彼女は、赤いリボンを巻いた手でクロスが向かった方向を指す。まだ左右もちゃんと覚えられていないようだが、近くにいることは確実だ。
「ありがとうございます!」
ラウトは笑って、その店を去ろうとするがすぐに足を止めて戻ってくる。
「この黒猫のぬいぐるみ1つ、お願いしていいですか?」
女の子はランタンの灯りに輝くねずみ色の目を嬉しそうにして「分かった!」と返事した。
クロスは恐る恐る扉を開けて、店の中に入る。置かれたキャンドルの炎が揺れて、店主に来客を知らせた。
「こんばんは、ご機嫌如何かな?お嬢さん」
そう言って着飾った紳士が暗がりから出てきた。右目には仮面をつけている。
「こんばんは…」
「ふふ、人形に囲まれた店に現れた仮面の店主、警戒するのも無理はないですね。何かご入用ですか?」
「い、いえ…ただ気になって…」
「ほう?……ふふ、迷子ですか」
にっこりと彼は笑う。
「そ、そんな事ないです!」
「冗談ですよ。お土産用ですか?でしたらこの辺りがお勧めです」
紳士は雪が積もったような飾りをしてある一角を示した。様々な模様と色のくるみ割り人形が置いてあるが、どれも他よりずっと小さい。確かに、お土産向きだろう。
買うつもりもなかったが、まだ決まっていなかったウィンディへのお土産にしようとしっかり選び始める。
「ん〜…じゃあこれ、お願いします」
選んだのは、翠眼が印象的な人形だ。黒い帽子に明るい金髪と髭は他と変わらないが、その瞳だけはガラスが埋め込まれているのか輝いている。描かれている赤の軍服の胸にも緑のガラスがはめてあった。
「流石。お目が高いですね。きっと喜ばれるでしょう」
「そうだといいんですが」
「はい、どうぞ。…そして、迷子のお嬢さんにはこれも差し上げましょう」
小さなくるみ割り人形の箱を入れた紙袋と一緒に手渡されたのは、紙に包まれた丸いものだった。
「飴…ですか?」
「会いたい人と会える魔法のキャンディです。では、お買い上げありがとうございました」
そう見送られて、クロスは店を出た。長い間居たようだったが、あまり時間は経っていなかった。
手のひらでキャンディを転がす。「魔法」と言われたものの特に魔力の気配は感じない。「会いたい人…ソラかな?」と軽く頭を捻る。もし彼が刺客で、毒が入っていたとしても解毒剤はいつも常備している。まあいっか、とクロスはその真っ白な飴玉を口に入れた。
ふわっと口の中に花の香りが広がる。中々食べた事のない味にクロスはぎょっとした顔をする。しばらく花の味が続いたあと蜂蜜の後味を残し、パチッと弾けて飴は溶けきった。
「――――!!!」
その声に振り返った時、魔法は本当だったとクロスは気がついた。
次話12/29 0:00予定
→ごめんなさい、しばらく後になるかもしれないです