第3話
「プリンはお好きですか?」というラウトの問いに笑顔で「はい!」と答えた3人は、彼に屋敷の中を連れられていた。「どこに行くんだろう」と周りを見ながら行き着いた場所は、キッチンだった。
「ここにプリンの材料があるのですが、良ければ一緒に作りませんか?」
貴族の中には、キッチンに入り自分の手で食事を作ることを嫌う人がいる。サラチア王国の貴族令嬢にもそういう者が一定数いた。しかし、ラウトは目の前の彼女らがそんなことを言うタイプでは無いと知っている。もちろん3人が令嬢らしくないという訳ではなく、一種の教養として菓子作りが出来るという話だ。外でそれらしく見せることが出来ているのは、これまでの外交の成果と言えるだろう。
この屋敷で多く使われている木材と同じウォルナットの机には、彼の言う通りプリンを作る材料が並べられていた。4人分あることから、きっとこれもラウトが企画したことだ。
もちろん全員、意気込んで「はい!」と答えた。
「ふふ、ではラウト'sキッチンの時間です」
にっこりと笑う彼に、完全に普段通りでは無いことを悟ったソラであった。
〇
少量の水を入れた鍋で砂糖を溶かしていく。透明だったそれは、甘い匂いと共に濃い琥珀色になる。湯を入れながら木べらで混ぜると、滑らかなカラメルが出来た。全会一致で甘いものがいいと、鍋は早めに火から下ろした。そして人数分用意された白いココット皿にそれを流し入れる。これでカラメル部分は完成だ。
クロスは木べらについたカラメルを食べようと指を伸ばし絡めとる。ぱくっと口に入れると、サラチアとは違う砂糖なのだろうか、それともラウトと4人で作ったからだろうか、特別な味がした。もう一度その指でカラメルをとって顔を上げると、スプーンを取り出そうとしていた彼と目が合う。
「「あ」」
「いやっあの…」
「では、責任とってそこに付いているカラメルはクロスさんが全部食べてくださいね?」
「はい…」
少ししゅんとして、クロスは木べらのカラメルを食べ切った。
「こんな食べたら太っちゃうわ〜」
「姉様が何も考えんと指もう1回付けたからやろ」
「それはそうなんやけど!」
次はプリン液を作っていく。
牛乳と砂糖を鍋で沸騰しない程度に温め、火から下ろす。全卵と卵黄をほぐしたところに冷ましたそれを何回かに分けて入れ、混ぜる。出た泡を取って、こし器でこす。バニラエッセンスを振れば終わりだ。
カラメルを入れたココット皿のギリギリまでプリン液を注ぎ、湯煎した状態で石窯に入れる。30分ほど焼いて、冷やしたら完成だ。
〇
漂うバニラエッセンスの香り。雪降る窓の外を眺めながら、そして耳に心地よく入ってくる炎のパチパチという音を楽しみながら、4人はそれが焼き上がるのを待っていた。
「そろそろですかね」
ラウトはゆっくりとプリンとお湯の入った器を取り出す。
「美味しそう…!!」
“プリン三銃士”は並べられた4つの滑らかなプリンに目を輝かせた。
「いただきます!」
用意された銀のスプーンで、出来たてのプリンを頬張る。それは口の中で噛まずとも溶け、バニラの香りが広がった。カラメルのほんの少しの苦さが上手くまとまって、味も口触りも美味しい。
「美味しい…!成功しましたね」
ラウトも1口食べてこちらに笑いかける。3人も幸せそうに笑い、4人とも黙々と食べ進め、一瞬で無くなった。
「まさかラウトさんの屋敷でプリンが作れるなんて思わなかったです。しかもラウトさんと一緒に!」
廊下を歩きながら、皆はプリンの感想を話していた。
「ウィンディ嬢から返事の手紙を頂いたときに、来て下さる皆さんの名前が書かれてあって。小さい頃アノレミーにくると、御三方がおやつにプリンをよく食べていたのを思い出しまして、今回はご用意しました」
3人は感嘆の声を漏らす。
「小腹も満たせたことですし、街へ出ましょうか」
「はい!」
〇
ファルルの魔法をかけた上着を着込み、アノレミーの騎士団の護衛と共に4人は屋敷の外へ出た。小さな森を抜けると、サラチア王国にもあったような一際背の高い木が見える。その下には夕日に照らされた屋根が連なっているのも見えた。
「あそこがメインのマーケット会場です」
ここからでも人々の声が微かに聞こえる。それほど賑わっているのだろう。光の祭りは光がよく輝く、日が傾いてからが本番だ。そして今、西にはオレンジに染まる夕空が広がっている。
広場に着くと、暖かそうな服に身を包んだ街の人々がそこらじゅうを行き交っていた。皆色とりどりの出店で商品を選んだり、影絵の描かれたランタンを見て回ったり、子供たちがツリーの根元にあるメリーゴーランドに乗っているのを見守ったりしている。会場中に光が輝き、積もった雪にそれが反射し、溢れている。雪の反射はサラチアでは見られない光景だろう。
「好きに回ってください。騎士団は影に控えさせ、僕も皆さんに着いていきます」
アーチをくぐってラウトが言ったその言葉に、3人は顔を合わせる。
「騎士団の皆さんも自由にして頂いて構いませんよ?せっかくの光の祭りですし、大切な人と時間を過ごした方がいいじゃないですか」
「何かあっても私たちで何とか出来ることご存知でしょう?」
冗談っぽく笑うと、ラウトは苦笑いを浮かべた。きっと彼は夏のウィリ討伐でのことを思い出したのだ。
「あ、でも、ラウトさんは…」
「大丈夫ですよ。今度こそ腕を見せるチャンスですから。…でも、本当に何かあれば必ず招集しますので」
3人は満足そうに笑い、ラウトは護衛達を解散させた。
「そこのお嬢さんら!部屋に飾るお洒落なキャンドルをどうだ?」
「雪の結晶の形のジンジャークッキーですよ、手作りで型抜きしてるんです!」
「寒そうだねぇ、懐炉は要らないかい?サラチアからの輸入品だよ」
街を歩いていると方々から声をかけられる。王国に残った3人へのお土産や、自分の思い出用に差し出された物を買っているとどんどん売り子も集まってくる。そのうち、手もいっぱいになってきた。
4人は荷物を整理しようと街のカフェのテラス席に座る。お土産用と食べ歩き用に分け、ラウトが呼んだ梟にお土産用のものを持たせる。曇り始めた空に斑点のある翼を広げて、梟はラウトの屋敷へと飛び立った。ちなみにレティシアも梟だがあまりに寒いので、慣れたアノレミーの梟に頼んだのだった。光の祭り限定のミニケーキを食べ、クッキーを鞄にしまう。カフェを出て、また歩き出した。ポツポツと頬に冷たい感覚が走る。空からは雪が降り始めていた。
クロスは鞄を手に持って、3人との会話を楽しむ。ふと横を見ると、綺麗な瓶を並べた出店があった。思わず足を止めそうになるが、このままでは置いていかれる。また後で来ようと、少し先に進んだラウトに肩を並べようとした時。
クロスの手から鞄が離れた。
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