第2話
そして、ウィンディ・ヴィエトル公爵令嬢の誕生日パーティーが終わった。
招待客が皆帰った後、6人は玄関ホールに集まった。そこには、天井のシャンデリアに届きそうなほど高いもみの木が置かれているのだ。これから彼女らはこの木を明日――光の祭りの為に飾りつける。
「今年もいっぱいオーナメント貰ったで!」
階段からウィンディが箱を浮かせて楽しそうに言った。飾りつけるオーナメントは、代々城で使われてきた物もあれば、民衆から贈られた物もある。様々な飾りで木を彩り、光を祝福するのだ。
木のそばにいた5人はそれぞれに小さな絨毯を手に取る。幾何学模様が描かれているが、その中には魔法陣が織られているようで、1度それをはためかせると、なんと絨毯は空中に浮かんだ。5人が波打つ布に乗り込むと、絨毯は彼女らを乗せて飛び立った。
それを確認したウィンディはオーナメント達を風に乗せて、木を取り巻くように浮かばせる。
皆はそれぞれ近くの空中に浮かぶオーナメントを取っては木に飾り付けていった。
翌朝。
「おはよー!!みんなー起きろー!」
カーレスの声が廊下に響き渡る。5人は扉越しのその声に目を擦りながら「何…?」とそれぞれに起き上がった。しかし、起こされた嫌な顔もみるみる笑顔に変わっていった。
「今日はノエルデーや!!」
寝間着に上着を羽織り、6人は揃って玄関ホールへと降りる。昨夜飾ったツリーの下に、色とりどりのプレゼントが山ほど積まれていた。
「わーい!!」
それに走っていくレスを見て、「これでもこの中で3番目のはずなんやけどな…どう見ても末っ子やな…」と呟くのはソラだ。
「え?みんなこーへんの?!ノエルのプレゼントは走っていくもんやろ!」
「私の分はこの辺りのと…これやな!」
みな親や親戚、領民から贈られたプレゼントで両手がいっぱいだ。これらは今夜の小さなパーティーまで楽しみに取っておく。それぞれ部屋に運んだ後は、今日の準備だ。プリン三銃士――クロス、ソラ、ファルルはアノレミー国へ行く準備、残った3人――ルーチェ、ウィンディはサラチア王国内での祝典の準備、カーレスはナッツトーン伯爵令嬢のパーティーの準備をする。
〇
広場の時計の針が頂点で重なろうとする頃、6人は寒空の下、集まった民衆の前にいた。彼女らの背後には、城の玄関ホールに飾ってある木にも引けを取らない程背の高い木がそびえていた。これも、赤や金を基調としたオーナメントやリボンで飾られている。そして根元にはキャンドルが木を囲うように並べられており、夜になると浮かんで木を光で彩る。
ルーチェは皆より1歩出て、ツリーの前に置かれた鐘の傍に立った。そして彼女は吊るされた輝く鐘の紐を握り、勢いよく引っ張った。
「光の祭りの、始まりです!!」
ルーチェの声に観衆は歓声を上げてそれぞれに店へ戻ったり友人と抱き合ったりして、祭りを祝う。6人もそんな皆の様子を見て笑いあって、城へ戻って行った。
「行ってらっしゃーい」
「楽しんでなー!」
「ラウトさんによろしくな!」
祝典の後、サラチア王城から1台の馬車が出発した。防寒具を着せられたペガサスが繋がれ、車の窓からはクロス、ソラ、ファルルが顔を覗かせている。これから彼女らはラウトのいるアノレミー国へ向かうのだ。寒いからと大量のブランケットを持たされている。
馬車を引く2頭のペガサスが脚を速め、翼を広げて飛び立った。馬車は空高く上り、すぐに見えなくなった。
「んじゃ行ってくるー」
「楽しんで!」
しばらくした後、カーレスもナッツトーン伯爵家へ向かう馬車に乗りこんだ。小刻みに揺れながら、馬車は城を離れていく。
残されたルーチェとウィンディは満足そうに笑った。
「せっかくやし私たちも街に出ようか」
「そだね」
〇
馬車の窓に顔を近づけると、ガラス越しに伝わる冷気と共に足下に広がる冬の森が見えた。スノードームの中の世界のように、針葉樹たちが白くなっている。
馬車の中は暖かいが魔法のおかげで窓は曇らない。「結露しないのはええけど落書きできひーん!」と隣のクロスは口を尖らせていた。
粉砂糖で屋根のデコレーションされたような家々が見えてきた。森の中にポツポツとあったそれは、進むにつれ増えていく。一際大きな街が見えると、雪のベールの奥から屋敷が現れた。この馬車の向かっている場所、ラウトの屋敷だ。
「ラウト様、サラチア王国から馬車が」
「ああ、ありがとうございます。もちろん、準備は整っていますね?」
「はい!」
屋敷で威勢よくメイドとフットマンが返事し、ラウトは微笑む。窓の外を見れば確かに、空から近づく影があった。
「ようこそいらっしゃいました!」
少し息を上げて、屋敷の庭に出たラウトは馬車に近づいた。とても嬉しそうにしている。サラチアの紋章を纏った御者は席から降りラウトに深く頭を下げた後、馬車の扉に手をかけた。
そのとき、扉が自ら開いた。
「ちょっ…あねさ…!」
「ごきげんよう、ラウトさん!」
そこから飛び出してきたのは黒いドレスに身を包んだクロスだった。待ちきれなかったというように目を輝かせている。後ろではソラが苦笑いし、ファルルは心配そうな顔をしていた。
「はは、ごきげんよう、クロス公女」
差し出されたラウトの手をとり、クロスはステップから降りてきた。薄く積もった雪にヒールが沈む。
「寒っ」と彼女はレース生地で覆われた二の腕をさすった。
「だから言ったやんか…」
ファルルは彼女が馬車に忘れていった上着とマフラーを持って、御者の手を取り降りる。そしてボアのついたそのポンチョを彼女に着せ、マフラーを渡した。ラウトの方を向いてワインレッドのロングコート風ドレスを摘み、彼に挨拶する。
ソラも彼女に続いて御者にエスコートされて馬車を降りた。紺のポンチョから手袋をした手を出し、スカートを摘んで挨拶する。
「ごきげんよう、ファルル公女、ソラ公女。皆さんお元気なようで良かったです。寒いですから、どうぞ中へ」
彼女らに比べて薄着なラウトは、執事と共に3人を屋敷の中へ案内した。何度目かの訪問なので、皆この屋敷の中はよく知っている。彼について行くというより、同じく向かうように応接間まで歩いた。
「暖かい…」
3人は運ばれたマグカップを手で包み込む。中には暖かいココアが注がれ、花型のマシュマロがふわふわと浮いている。
いつもこうなのかと聞けば、「まさか!今回の特別ですよ。去年のアイデアですけどね」と答えた。去年のノエルは彼女らのサラチア王国での仕事が例年以上に忙しく、アノレミー国への招待を断っていたのだ。
「去年は本当に申し訳ないです」
「いえいえ、気になさらないでください。今日こうやって来てくださいましたから」
ラウトは珍しく満面の笑みを浮かべる。
「…ラウトさん、今日なんだかテンション高いですね…?」
ソラの指摘を受け、彼は目を見開く。
「!バレましたか…ノエルの時って何故か浮かれてしまうんです」
「分かります!」
ファルルも大きな目を瞬かせた。
「はは、そうですよね。…ってそういえば」
ラウトは口元に持っていきかけたマグカップを机に置く。
「皆さん、カスタードプリンはお好きですか?」
3人は顔を見合わせて―――
「「「はい!!」」」
元気よく返事した。
〇
漂うバニラエッセンスの香り。雪降る窓の外を眺めながら、そして耳に心地よく入ってくる炎のパチパチという音を楽しみながら、4人はそれが焼き上がるのを待っていた。
まさかこんな所で自分たち3人の好物が、しかも手作りで食べられるなんて。
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