第1話
クリスマスはクリスマスネタ小説の最終日ではなく始まりの日です。異論は認めます。
雪。サラチア王国では、北の方で降る冬の風物詩である雪。しんしんと降るそれに手を伸ばせば、ふわりと乗ったその白い花は冷たさを覚えさせた後、空に消えるように溶けてしまう。冬の寒さと着込んだ人々の体温ゆえの儚さだ。
それをもう見飽きたというように、ラウトは自分の書斎にいた。小さな本を、ココア片手に読み進めている。若くして国の上に立った彼のことだから、そんな簡単な本などすぐに読み終わってしまうと新人のメイド達は思うだろう。しかし彼の執事は知っている。この本はもう2ヶ月も前に読み始めたものだ。空いた時間に読もうとすると、必ず仕事が邪魔をしてくるからだ。今度こそは最後まで読ませてあげて欲しいと願っても、長としての仕事はついてまわる。しかもそれを彼に伝え、本から引き離すのが自分だというのが悲しい事実である。
しかし、やけに今日は静かだ。自分が風邪で寝込んでいた間に主人が何か皆に言ったのだろうか。そう思うほど読書の邪魔は入らなかった。良い事だと思いつつ、執事は彼が飲み終わったココアを入れ直した。
甘く熱いものが口に広がり、喉を流れていく。いくら年中雪の降る国の長だったとしても、やはり冬は寒い。口へ含み、喉へ流せば流すほど身体が暖まっていく感覚に心地良さを感じながら、ラウトはふと幼い頃の記憶を思い出した。温かいものをこれほど飲むのにも関わらず、本当に幼い頃は猫舌だった。父親に疑問の目線を向けられながら、熱いココアをスプーンで掬い、冷ましながら飲んでいたことが懐かしく感じる。それからたった10年程しか経っていないが、その間には色々あったものでもう10年以上の月日が経っていると錯覚させられた。
そういえば、もう1つ記憶に残っているものがある。あれも、今の記憶と同じぐらい幼い記憶だ。ラウトは窓の外の雪景色を見やった。ちょうどこの書斎の下あたり、雪の積もった庭でのことだ。
記憶の中で、マフラーに埋もれた灰色の髪の少女が雪の中を楽しそうに駆け回っている。ぴたっと止まると、こちらへ走ってきて紫の瞳を輝かせた。
「こーんな沢山雪が降るところで暮らしてるなんてええなぁ!たいかんおめでとう!ラウトさん!」
少し訛りの見える話し方で彼女は彼を祝った。少し離れたところで、5人の少女も使用人と雪で遊んでいる。
『たいかん』つまりその日はラウトの戴冠式だったのだ。
一見すると、戴冠されるのは長の冠ではなく、皇太子など子供に与えられる何かだろう。実際、ラウトはその時少年だった。周りの青年や大人の半分ちょっと程の身長、幼い顔――もし同じ年頃の少年が居てもラウトの方が小さく幼い顔だっただろうが――そんな彼が国のトップに立つ式典だった。もしこれがサラチア王国など他の国であれば、歴史に残るほどの大事だ。しかしアノレミー、特に雪鬼ではそれほど珍しいことではない。なぜなら、彼らの歳の数え方とサラチア王国に住むような人間の歳の数え方が違うからだ。人間は1年経てば1歳分外見と中身が成長する。一方雪鬼は、1年経つと1歳分外見は成長するが、精神年齢は1歳よりも多く成長するのだ。その外見と中身の差は、外見が10歳になる頃にプラス5歳に落ち着く。つまり、戴冠当時のラウトは見た目は11歳だったが、精神年齢で考えると16歳だったということだ。それでも若いが、仕方のなかったことだろう。
ちなみにそんなアノレミーでは幼い頃からの教育がとても整っているのだ。
〇
「やっと読み終えた…」
幼いクロスの笑顔を頭の片隅に置いたまま、ラウトはそう呟いて本を丁寧に机の上に閉じた。そしてココアの残りを飲み干すと、扉の中から執事を呼んだ。
「やっと読み終えられたのですね」
「はは、本当にやっとです」
幼い頃から付いている彼とは考えることも同じだと嬉しくなりながらも要件を話す。
「…でオーランドさん、今年の光の祭りの招待状を書きたいのですが、紙はありますか?」
「承知致しました、今すぐ持って参ります」
執事が書斎から出ていくと、ラウトは近くにあった紙を引っ張り、ペン先に狼の彫ってある万年筆で手紙の中身を考え始めた。
光の祭りとは、毎年12月25日に行われる大陸中で人気な祭りである。冬のこの頃、太陽の力は弱まりこの世界は寒さに包まれる。だから、春が早く来ることを願って、そしてこの冬でさえも楽しむため、皆で寄り添い集まって暖かく過ごすのだ。家族と暖炉の前で夜まで語り明かすのも良し、恋人とランタンで飾られた木々やノエルマーケットを楽しむのも良し、そんな色んな方法でこの夜は身も心も暖めるのだ。
〇
サラチア王国にいる6人は、毎年12月は多忙な1ヶ月を過ごしている。2日に建国記念祭、4日にソラの誕生日、24日にウィンディの誕生日、そして25日にこの光の祭りだ。そしてすぐに新年も始まるため、その祝祭の準備もしなければならない。建国記念も友人の誕生日も欠かせない上、大陸中が待ち望んでいる光の祭りも大国として疎かには出来ない。
本当に目を回すほど忙しいのだ。
今は、ルーチェとウィンディが本日3回目の外交が終わったことを祝してティータイムを楽しんでいる。この後コールドリバーの外交官と会って、今日の会談は終わりだ。
そうして、2人がティーカップの熱い紅茶を冷ましていると、近くのメイドが手紙を運んできた。彼女の持つトレイの上には、六花が銀で箔押しされている紺色の封筒が乗っている。
「手紙?また会わなあかん?」
ルーチェは嫌そうな顔でそれを手に取る。しかし、六花を見て「あ」と2人は声を揃えた。
「ラウトさんか〜」
「とりあえず開けてみよう」
机の上のトレイからペーパーナイフを取り、横へ滑らす。中から、雪のように白い便箋が顔を出した。取り出そうと触れると、絹のような肌触りをしている。
夜空の月や星も冴えわたる冬を迎え、皆さんお元気でしょうか?
今年もアノレミーでは光の祭りを行いますので、そのご案内をしたくペンを取りました―――
―――となります。是非、お越しください。最高のおもてなしをご用意致します。
当日を楽しみにしています。そして、体調にはお気をつけください。
「あー、やっぱり…」
珍しくラウトからの手紙で顔を曇らせているのには訳がある。
「忙しいんよなぁ〜」
何度も書くようだが、この時期王女令嬢の6人はとても忙しい。親達が国内の浮かれによるあれこれへの対処や祭りの準備に追われていると、彼女たちにそれぞれの家の持つ仕事が回ってくるのだ。もちろん当日に遊ぶことは許可されているが、6人全員が外国へ行ってしまうのは避けた方がいいだろう。
「そうなったら…うちらは残っておくか…」
特に光魔法を使うルーチェが“光”の祭りに居ないというのもおかしな話だ。
「とりあえずみんなに言おっか」
「せやな」
そうして2人はもう少ないティーカップを傾けた。
「行きたぁい!!」
クッションに寄りかかって本を読んでいたクロスが手を上げてそう叫ぶ。
「姉様が行くんやったら私も護衛でついて行くわ」
「私も行きたいなー」
ソラとファルルも声を連ねる。
「レスはー?」
お金を数えてひたすらノートに書き込んでいたカーレスは顔を上げた。
「私はナッツのとこのパーティー誘われたからそれ行くー」
ナッツ――フィリカ・ナッツトーン伯爵令嬢は、ダルダ魔法学園でのカーレスの友人だ。きっと他の貴族令息令嬢も集めたパーティーなのだろう。そういえば、カーレス以外の5人やフーヴル・ルクス伯爵令息も呼ばれていた。
「オーケー、じゃあそこのプリン三銃士に行ってもらうか」
「プリン三銃士?」
「だって君ら3人プリン好きやろ?」
ウィンディが得意気に言うと、「確かに」とクロス、ソラ、ファルルの3人は顔を合わせて笑った。
「じゃ、返事書いてくるな」
「はーい」
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