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終末世界のムーンシャイナー  作者: 論田リスト
『Moon in night』
9/9

灰被り

 ジープが泥濘んだ国道を突き進む。濡れたタイヤが割れたアスファルトを噛み、泥と小石を巻き上げた。雨は止んだが、空の重さは変わらない。鉛色の雲が垂れこめ、遠雷が腹の底をくすぐるように唸っていた。


 バックミラーに映るバイクが四台。塗装から見てハウンドの連中と断定していいだろう。エンジン音が喉元にかかり、パイプ銃の弾がジープの側面をかすめた。火花が散る。アズマは無言で唇を噛んだ。ここで止まるわけにはいかない。


「アズマさん、右! 来てる!」


 ナギサが助手席から身を乗り出す。言われるまでもなかったが、彼女の声に反応し、アズマは即座に左に切った。反応の速さは生き延びるための癖だ。車体が軋み、泥が跳ねて視界を汚す。


 横に飛び出してきた一台。鉄球を振りかざす男。脳天より、窓か。アズマは即座に判断し、舌打ち。ポーチから予備弾を抜いてリボルバーを装填、一発。弾道はぶれなかった。男が肩を押さえて転倒、バイクが地面を滑っていく。


 残り三台。多いが、手遅れではない。


 クロスボウの矢がフロントガラスをかすめる。もう少しで目を貫かれたところだった。


「しつこいな。ナギサ、伏せろ」


 彼女がシート下に身を滑り込ませる。震えの止まったナギサの目に宿った光――もう戦いを恐れていない。ここまで来た。アズマは妙に安心した。


 廃墟の町を抜け、山道に差し掛かる。崩れたガードレール、歪んだ標識。舗装の割れ目から草が顔を出し、湿った空気に埃と硝煙の匂いが混じっている。


 背後からなおも飛ぶ矢と弾。逃げ切れるかは五分。いや、三分といったところか。


 そのとき、廃屋の影から銃声。バイクの一台が跳ね、男が胸を押さえて倒れる。続けざまに二発、三発。残るバイクも沈黙し、静寂が訪れた。


 アズマは反射的に目を凝らす。銃手は味方か敵か、それとも――。


 現れたのは革ジャンに布で顔を覆った男。古びたボルトアクションを肩に下げていた。撃ち手としては悪くない。少なくとも、狙いは正確だった。


「こちらキリシマ。『ハウンド』に追われてるんだろ? 手ぇ貸してやる。応答しろ」


 無線機越しの声に、アズマは眉をひそめる。妙に軽い。遊んでるのか、それとも常にこうなのか。


「タダじゃないだろ。何が欲しい」


「話が早えな。物資は命だ。酒でも、食いもんでもな」


 ナギサと目が合う。彼女は無言で頷いた。任せるということだ。


「コーンの密造酒、一瓶。価値は分かってるな?」


「渋いねぇ。取引成立。前に止めな」


 ジープを減速させ、後部座席の木箱から瓶を取り出す。窓越しに投げると、男は片手で受け取り、そのまま栓を抜いて一口。いい度胸だった。


「こいつは喉に染みる。乗せてくれ」


 アズマはためらったが、後続の気配が消えたわけではない。後部座席に飛び乗るキリシマを許した。身のこなしは軽い。手馴れてる。


「変なことしたら、これ投げますからね」


 ナギサのスパナが鋭く上がる。アズマは視線をそらした。言葉にするまでもないが、彼女は戦える。


「大した度胸だな、“灰被り”の嬢ちゃん。……そっちの兄ちゃん、急げ」


 キリシマが笑いながら言った言葉に、アズマは一瞬振り返る。“灰被り”――口に出す奴は多くない。だが、分かる奴には分かる言葉。


「灰……何?」


「白い髪ってことは、そういうことだろ? 世にも珍しい――おっと!」


 アクセルを踏み込み、ジープが跳ねる。話はここまでだ。


 山道の先、ライトが点滅する。ドクロペイントの軽バン。荷台から火炎瓶。投擲の軌道を見てから、ハンドルを切る。標識に車体が擦れる。金属音が耳に残る。


「キリシマ、援護。ナギサ、構えろ」


 指示は短く。無駄な言葉は要らない。


 キリシマがライフルを構える。運転手に一発。バンが崖沿いで滑って止まる。あともう一台。お返しとばかりに、ジープに矢が刺さる。


「嬢ちゃん、左のバイクに投げられるか?」


 ナギサがスパナを投げた。前輪に直撃。バイクが転倒し、キリシマが仕留める。


「いい腕してんじゃねえか!」


 反応はなかった。彼女の意識は“灰被り”の言葉に向いていたのだろう。


 火炎瓶が飛ぶ。キリシマが瓶を撃ち抜き、火が散る。バンが加速。


「タイヤ、やられる前に!」


 アズマの叫びに、ナギサがハンマーを掴んで投げた。ガラスが割れ、運転手がのけぞる。キリシマの二発目が肩を撃ち抜く。バンが横転し、壁に激突。


「さすが“灰被り”。大した才能だ」


「その呼び方、やめてください!」


 ジープは山道を抜け、平地へ。バイクが二台迫る。リボルバーとライフルで撃ち落とす。銃弾が木箱を裂くが、瓶は割れない。奇跡のようなバランス。だが運に頼るつもりはない。


 アズマは散弾銃に手を伸ばし、言う。


「キリシマ、コミュニティまでついてくるか?」


「この酒、クセになるな。俺はどこでもついてくぜ」


 ナギサがフードを直し、ぽつりと呟いた。


「……変な人」


「変じゃなきゃ、やってられねえのさ。この世の中はよぅ」


 ライフルを肩にかけ直すキリシマ。戦場では隙がないが、それ以外は風まかせ。アズマは詮索する気はなかった。だが信用は別だ。酒に釣られる奴は裏切りも早い。


 地図を確認し直す。サトウのコミュニティまで、あと六時間。まだ遠い。


「平地で振り切る。ナギサ、構えろ。キリシマ、弾は無駄にするな」


 アクセルを踏み込む。視界にバンの影。銃声が先に来る。ナギサがハンマーを持ち上げ、キリシマはライフルを肩に上げた。


 アズマは黙ってハンドルを握る。


 灯りの見えぬ道を、ただ――突き進む。

落ち着け、そしてよく狙え。

お前はこれから一人の男を殺すのだ。


『とある革命家』より

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