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終末世界のムーンシャイナー  作者: 論田リスト
『Moon in night』
5/9

ミッドナイト・フェスティバル

 ホットボックスのように煙が充満する《仮眠室》。

 吸い殻を灰皿に押し付けたアズマは緩んだ背筋を伸ばし、ベッドの上で天井を仰ぐ。


「……アイツ、もう風呂終わったかな?」


 ジッポを使った手遊びの傍ら、ナギサと名乗った少女の顔を思い浮かべる。


 会話に飢えてる身だが、初対面の人間相手と和めるほど図太くはない。それが訳アリの子供とあれば尚更だ。


 入浴シーンを鑑賞するワケにもいかず逃げ込んで来たが、煙草の残数は既に心許なく、有意義とは言いかねる暇つぶしも限界が近い。 


「贅沢は敵だよな……っと」


 ()()のプロパガンダを口にしたアズマは、ニコチンの誘惑を振り切って立ち上がる。


 優に一時間以上が経過していた。追い焚きしたドラム缶は、沸き上がっているだろう。そろそろ、密造酒を仕込まねばならない頃合いだった。


 習慣のまま足音を立てず《仮眠室》を抜け出して、ジッポの炎を頼りに階段を登る。


 流石にもう寝てるか?

 ノックを逡巡しつつ、アズマは二階の自室に身体を滑り込ませた。


「結構……遅かったですね」

 

 何の前触れなく掛けられた、よく通る低い声。

 ビクりと揺れた視界に、ソファーに鎮座した少女の姿が映り込む。


 消えかかったドラム缶の焚火とLEDランタンに照らされたナギサの表情に、先程には無かった露骨な警戒心が浮かんでいた。


「頼むぜ……脅かすなって」


 そう台詞を返したものの、気がかりなのは少女の様子だ。


 “あれ、なんか距離置かれてる?”


 空腹を満たし身体を清潔にした事で、自分の置かれた状況――男と女、腕力と体格の差――そうした諸々に、ようやく気づいたのかも知れない。


 態度急転の理由に思い当たったアズマは、なるべく(おど)けた口調を作って作業場へと向かう。


「良い子は寝てる時間だぜ。歯は磨いたか?」


 ブカブカのスウェットに着られたナギサが、視線そのままに小さく頷いた。

 

「さあ、湯加減の具合は―――」


 芝居じみた動作で、湯煙と沸騰音を上げるドラム缶に片手を突き入れるアズマ。


「熱っち!!!」

 裏声混じりの悲鳴と大袈裟なリアクション。


「だ、大丈夫ですか?!」


 ソファーから慌てた声が掛かる。


「まぁ……思ったより熱かったけど、これくらいへーきなんだぜ」


 くるりと振り返ったアズマは、火傷一つない掌をドヤ顔と共に披露する。


 呆気にとられた表情を浮かべていたナギサが、次第に肩を震わせ、小さな笑い声を漏らし始める。

 瞬時に袖口へと手を仕舞い込む――師匠直伝の手品が効いたようだ。


 ”そういや拾われた頃の俺も、こんな風に笑わされたっけ……”


 アズマが自身の少年時代を懐かしんでいると、一通り笑い終わったナギサが、どこかバツが悪そうに口を開いた。


「私、色々と勘違いしてたみたいです。ごめんなさい……」


 キチンとソファーに座り直して頭を下げる表情からは、さっきまでの陰が消えて見える。


 どうやら信頼はともかく、敵意は向けられずに済んだらしい。


「あの……お風呂、ありがとうございました。他にもいろいろと……助かりました」


「気にしなくてもいい。俺が好きでやってるだけさ」


「そうだな……寝袋だけだと寒いかも。ここ、暖房は焚き火しか無いからな。毛布も使え」


「……本当に優しいんですね、お兄さんは……」


「世辞はいいっての。それよりも、今から隣で作業するけど覗かないでくれよな」


「はい。あ、これ暖かそうですね」


 大判のブランケットを嬉しそうに羽織るナギサに手を振り、作業場の遮光カーテンをゆっくりと確実に閉め切る。


 自然と溜め息が漏れ出た。

 ソゴウ相手には必要の無い気遣いの所為で、必要以上に消耗してしまったようだ。

 アズマは気合を入れ直す様に一息吸うと、作業場のキャビネットを押し開く。


 “―――色々あったが、夜更け(ムーンシャイン)の時間だぜ―――”


 交易品の白砂糖、自家製コーンミール、乾燥麦芽(ドライモルト)の塊―――作業台に並べられていく密造酒の原材料。 

 続く動作で、火を弱めたドラム缶に砂糖を全て注ぎ込み、乾燥させたトウモロコシ粉であるコーンミールも加えて掻き混ぜる。


 加熱することで殺菌だけでなく、材料が混ざりやすくなるメリットもあるのだ。


 巨大な木べらで撹拌を続け、程よく混ざりあったのを確認。更には味に深みを出し、香りをグッと引き締めるための乾燥麦芽(隠し味)を加えていく。

 

 作業場に漂うのは麦芽汁が発する甘い匂い。夏場には匂いに釣られて、ショウジョウバエが無限に湧くのだが、ミニマムサイズのならず者たちも今日のような肌寒い日には姿を見せない。


“───当施設は製品のために、室内温度を10度以下に保っています───”


 傑作の予感に胸を躍らせるアズマは高揚感のまま愉快そうに笑い、麦芽汁に温度計を差し入れる。

 

「28度……そろそろ適温か?」


 新たにキャビネットから取り出されたのは、小分けされた薄茶色の粉末。

 学名【サッケロミセス】。

 またの名を“ドライイースト”とも呼ぶパン酵母の塊。


 事前に計測した分量を麦芽汁へと泳がせ、ムラなく拡げてやる。


「これで仕上げだ」


 熱に弱い酵母菌(イースト)は40度で死滅してしまうが、逆に低すぎても活発化はしない。30度前後の糖分を含んだ温水───それが酵母にとっての最適環境(パラデイソス)。糖分は酵母菌(イースト)にとっての食事(エサ)であり、それらを分解する過程でアルコールが精製されるのだ。


 “あとは───”


「あの……ちょっといいですか?」


 カーテンの向こう側からの焦った声に、作業に没頭中のアズマがようやく気づく。


「ごめん……騒がしかったか?」

「いえ、そうじゃなくて……その……」


「何だ? もう腹でも減ったのか?」


 カーテンから首だけを突き出したアズマは、口篭もるナギサの表情と仕草で()()()()を察する。


「えっと……もし(・・)手洗いだったら階段を降りて右だ。暗いから、そこのマグライトも持っていった方がいい」


「ど、どうも……!」


 恥ずかしそうに礼を言い終わると、少女はライトと共に部屋を駆け出していった。

 

「やはり、年頃の女の子ってのは難しいな……」


 神妙な顔付きで呟く密造酒業者(ムーンシャイナー)は、仕込みを終えたドラム缶に蓋をしつつ、発酵を繰り返す酵母菌(イースト)達にも「頼むぜ」と短く呟いた。

よしできたぞ。『連邦法違反』だ。


『とある密造酒業者』より

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