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ミュゼリット王国の転生者

転生腹黒王子と転生腐女子令嬢の観察日記

作者: 美都さほ

ミュゼリット王国の転生者シリーズ 


妄想の中で多少BLが入ります。

此処はミュゼリット王国の王都シュバン。他国との諍いも無く、実り豊かな平和な国だ。千年に一度の瘴気の発生で魔物が生まれるが、勇者と聖女の活躍でそれももう直ぐ封じ込められるだろう。


僕の名前は、ドナテルノ・ローワン・ミュゼリー。この国の第三王子だ。金髪碧眼、眉目秀麗、品行方正な何処にでもいる典型的な王子。


僕には人に言えない秘密が二つある。一つは、人の欲望の声が聞こえてくる事。金銭欲、権力欲、色欲、生まれた時から聞こえてくるソレに当初は人間不信に陥っていたが、思春期を過ぎた辺りから〈所詮人間はこんなもの〉と開き直る事が出来た。特に僕に近付いて来る輩が何を考えているか分かるのは便利なものだ。恐らく此の能力は転生特典なのだろう。


そう、もう一つの秘密は僕が前世の記憶を持った転生者だと言う事。


極々普通のサラリーマンが、ある日子供を助けて車に撥ねられ死亡。気が付いたら異世界でしたって言うテンプレな話です。異世界だ!魔法だ!と喜ぶ前に聞こえてくる欲望の声に絶望したものだ。(転生の神様…ぶっ殺す!)と0歳児が心で吠えた。


だがしかし、初めてこの能力に心から感謝する日が来たのだ。


窓の下、庭園を歩く一人の侍女。名前はエメラルダ。アティテル侯爵家の二女だ。貴族の令嬢が王宮に仕えるのは珍しく無いのだが、アティテル侯爵家は公爵家にも引けを取らない名門貴族。おまけにプラチナブロンドの髪に翡翠色の大きな瞳と愛らしい唇。透き通ったきめ細やかな白い肌は女神を彷彿とさせる、まごう事無き美少女。こんな彼女が何故、引く手数多な縁談を断り侍女と言う仕事に就いているかと言うと…。


(ぐふふ。ステファン殿下と護衛騎士ロンダーのツーショット、眼福眼福)

(あれは若き宰相のドレオン様と宮廷魔法使いのフェルノーダ様!陰に隠れて一体何を⁉)

(体術訓練?細マッチョな騎士同士が汗を流し絡み合っているでは無いですか!けしからん!!!)


どうやら彼女も転生者らしい。男同士の只の絡み合いに恐るべき妄想力を発揮して己の欲求を満たす為に此処に就職したみたいだ。所謂、腐女子。美少女が涼しい顔で赤裸々な妄想を繰り広げているのだ。


そのギャップにやられてしまったのがこの僕。


清楚で可憐な外面に隠された想像力豊かな鬼畜の内面。僕は何回もその被害に遭った…そして喜んだ!僕は君の為にこの胸をはだけようじゃないか!勿論、妄想の中だけで、な!



そんなある日、彼女はケネリクと言う騎士に声を掛けられていた。


「エメラルダ嬢、次の休日一緒に街に出掛けませんか?」

「街にですか?」


途端に欲望が聞こえてくる。


(二人でお茶飲んで、手を繋いで、出来る事なら口づけまで…)

(街にも見目麗しい男子は居る筈。お忍びで遊びに来た貴族令息が美しい庶民の少年を手籠めにする!これよ!)


若干、彼女の方がゲスイのは一先ず置いておこう。


「今流行りのカフェに君を連れて行きたいんだ」

「まぁ!楽しみです」


一欠けらも楽しみにしてないよな?カフェ。


「ケネリク君ちょっと良いかな?」

「ドナテルノ殿下…何の御用でしょうか?」

「南の森に魔物が出たらしい。今直ぐ討伐に向かってくれ」

「今直ぐに、ですか…?」

「今直ぐに、だ!後ろの連中も連れて行け」


後ろの連中…ケネリクがデートを断られた時に次に誘おうとしていた二番手三番手の男達だ。お前等の欲望は僕には筒抜けなんだよ。

エメラルダ、何て顔しているんだ!ケネリクより残念そうだぞ!ここはひとつ僕がひと肌脱ごうじゃないか…妄想の中で、な!


「エメラルダ嬢、これから兄上と二人でお茶会なのだが給仕を頼めるか?」

「はい!喜んで!」


満面の笑み頂きました。クッソ可愛い。僕達は兄の待つサロンへと足を向けた。


ステファン第二王子は二つ年上の僕の兄だ。華奢で少々ひ弱な兄は《守ってあげたい系の美青年枠》と彼女の中で位置付けされている。


「兄上、お待たせしました」

「やあ、ドナテルノ。待っていたよ」

(はぁう!太マッチョロンダーも捨てがたいけど、矢張り腹黒王子ドナテルノ様の策にはまり堕ちていくステファン王子…堪らん)

「エメラルダ嬢、給仕をお願いします」

「畏まりました」


彼女の中で僕は腹黒王子なんだ…間違って無いけど複雑。


「エメラルダ嬢、君も一緒にお茶しないか?」

「滅相も御座いません、ステファン殿下。侍女が同じテーブルでお茶など言語道断です!」


遠くからコッソリ眺めて妄想したいんだよね。


「侍女と言っても花嫁修業の一貫でしょう?名門貴族の令嬢なのだから遠慮する事無いよ?」

「ご遠慮いたします」

「頑なだな~(私の隣でお茶を飲んで欲しいのだが…)」


どうやら兄上もエメラルダを狙っているらしい。渡さないよ?でも僕も一緒にお茶したい………いい考えが浮かんでしまった。


「エメラルダ嬢は男性の隣に座るのを躊躇われているのでしょう」


サロンのローテーブルは長方形で椅子が向かい合わせに二脚ずつ設置されている。僕は兄上の隣に移り正面の椅子をエメラルダに勧めた。そして兄上の肩を抱くように背もたれに腕を回した。音速を超える勢いで正面に座ったエメラルダが目を爛々と輝かせていた。


「では遠慮なく(『止めろ!ドナテルノ!』『兄上、もう逃げられませんよ?』)頂きます」


頂きますってお茶の事だよな?優雅にお茶を飲むエメラルダだったが…その頭の中の僕は既に兄上を押し倒していた。



討伐も佳境に入ったある日、僕は市井のお忍び視察と言う体でエメラルダを街へと誘った。護衛はロンダーをご所望のようだったので連れて行く。


(殿下!何故エメラルダなど連れて行くのです!俺は貴方と二人きりで出掛けたかったのに…ああ…殿下…このまま貴方を何処かに連れ去りたい…)

(視察の護衛とは言えエメラルダ嬢と一緒に街を歩けるとは…でも殿下が邪魔だな~何処かではぐれてくれないかな)


エメラルダの妄想とロンダーの欲望が見事に対立している。取り敢えず帰ったらロンダーを護衛から外すか。


「そう言えば、騎士を辞めたバートンは元気にしているのか?」

「はい。弟は今、冒険者として彼方此方旅をしているみたいです」


急にエメラルダの顏が陰りを帯びる。仲の良かった弟が家を出て心配なのだろう。此処は手を握り締めて慰めてあげようか?


(バートン!行くな!僕の前から消えるなんて許さない!)


成る程…妄想の対象が居なくなって憂いていたんだね?何時も僕を使ってくれてありがとう。


嬉しい事にエメラルダの妄想にはよく僕が登場する。僕としては複雑な気持ちで聞いているんだが…これって僕に気が有るのではないだろうか?


(殿下!こんな軟派野郎を引き留めてどうしようと言うのですか⁉貴方と言う人は…俺を振り回してそんなに楽しいのですか!)


気を逸らしている間に三角関係になってしまっていた。止めてくれ。


軽食を取り広場に足を向ける。すると何やら不穏な声が聞こえてきた。


「俺のリリアに色目を使うな!」

「お前のリリアじゃねぇ!俺のだ!」

「ダンもロイも、もう止めて!私の為に争わないで!」


若い男二人が殴り合っている。三角関係のもつれか?はた迷惑な話だ、ひと気の無い所でやれ!エメラルダも食い付いてはいないな。女が入ると途端に興味を失くすようだ。


「ロンダー様、止めに入った方が良いのでは?」


女が居なかったら絶対言わなかっただろうな。

こらこら、エメラルダ!危ないからよしなさい!女を引き剥がして連れて来た。成る程邪魔なんだな。ロンダーを加えて三角関係劇場が始まった。


「エメラルダ嬢、危険な事はしないでくれ」

「妄そ…仲裁の邪魔になると思いまして」


本音がちょっと顔を出した。



ある日俺は手帳を拾った。日本語でマル秘と書かれている。エメラルダの物だな。パラパラと捲ると日付と二人の名前と出来事が書いてある。見られても良いようにしているのか全部日本語だ。日付が新しくなるにつれ僕の名前が頻繁に出てくる。もっと新しくなると僕の行動だけ書かれている。これはもう僕の観察日記と言っても過言ではない。


ある日の日記に目が留まる。僕がとある令嬢と仲良く談話する姿が書かれていた。この日は兄上と年若い貴族を招いて夜会を開いた日だ。当日はエメラルダも貴族令嬢として参加していたけど、貴族令息、令嬢の色欲の言葉ばかり渦巻いていてエメラルダの妄想は聞き取れなかった。


もしかして…嫉妬?


殴り書きとも取れる乱れた文字に高揚する。そっと手帳を元の位置に戻し浮かれた気分で踵を返した。



僕の後ろをエメラルダがコッソリ付いて来ている。何気なさを装って長い廊下で立ち止まる。視線の先には先頃結婚した王太子殿下こと一番上の兄のルワークが奥方と一緒に庭を眺めていた。

気付かれないようチラリと後ろを見れば柱の陰に隠れ手帳を取り出すエメラルダ。そのまた後ろの柱に数人の騎士や侍従が居る。いい加減仕事しろ、お前等!


(『兄上は僕を捨てて女に現を抜かすのですね?』『誤解だ、ドナテルノ!この結婚はお前との愛を守る為の只の偽装だ!』)

(エメラルダちゃん…俺の女神…ああ!抱き締めたい!)

(エメラルダ…俺の嫁!今日も頑張る!)

(ドナテルノ様…誰を……るの?まさか、…殿下!)

(あー可愛い、可愛い、キスしたい)

(監禁の準備は万全だ)


今、エメラルダが何か言ったような?外野が煩くて聞き取れない。取り敢えず…あいつ等全員クビだ!



今日は王太子夫妻主催のガーデンパーティー。権力欲、色欲まみれの有象無象がはびこっている。う~頭が痛い。人手不足と言う事でエメラルダはメイドとして参加している…筈だが、見当たらないな。


「ドナテルノ殿下、庭園を案内してくださいませんか?」


この女、先日のお茶会でベタベタしてきた令嬢だ。エメラルダの観察日記には仲良くって書いていたけど…それは無い!確か聖女の従姉妹だと言っていたが、名前も覚えていない。ベタベタ令嬢とでも呼んでおくか。


「僕はまだ挨拶が済んでいませんので護衛の騎士にでも頼んでください」

「嫌ですわ、わたくしは殿下と一緒に行きたいのです」


面倒なヤツだな!やんわり断っているのが分からないのか?


「ですから挨拶が…」

「でしたらわたくしと一緒に挨拶に回りましょう」

「変な誤解をされると困りますので…」

「殿下の意地悪!分かっているくせに~」


ああ、分かってるさ!お前の欲望がダダ洩れだからな!おいこら放せよ!腕にしがみ付くな!


(いやっ!ドナテルノ様から離れて!)


ん?エメラルダ?


「ドナテルノ殿下。王太子夫妻がお呼びです」

「ありがとうロンダー。では令嬢、パーティーを楽しんで下さい」


ナイス兄上!俺はベタベタ令嬢を引き剥がし兄夫妻のもとへ行った。主催席に行くと王太子妃殿下が一人でクスクス笑っていた。


「義姉上、兄上はどちらです?呼んでいると伺いましたが?」

「ルワーク様は陛下に呼ばれて席を外しています」

「えっ?では何故?」

「ウフフ、困っていたでしょう?」

「成る程…ありがとうございます。助かりました」

(矢張り、妃殿下と…)

「此方に座って何か召し上がっていてはどうですか?」

「そうですね…」


(駄目―!私のドナテルノ様を取らないでー!)


おっと。あまりに大きな心の声で、バッチリ聞こえたよ。


君の独占欲。


やっと僕に堕ちてきた。そうと決まればもう逃がさないよ?ずっと、君の好みそうなシチュエーション演じてきたんだからね?凄く辛かったんだよ…。


男と二人きりになると言う拷問がね!


耐えて、耐えて、耐え抜いた僕に君と言うご褒美をちょうだい。


「すみません義姉上。僕今から大事な用が有るのでこれで失礼します」

「ウフフ、行ってらっしゃい」


庭園の東屋で若い貴族令息が二人和気あいあいと話し込んでいる。しかし何処からもエメラルダの妄想は聞こえない。奥に進むとその声が聞こえてくる。

エメラルダ、やっと見付けた。


「私の…うぐっ…王子を…うっうっ…横取りしないで…ぐずっ…」


庭園の片隅で子供のように泣いている…可愛いな、抱き締めたい。

ふと見ると例の観察日記が握り潰されたみたいに変形して落ちていた。拾い上げそっと声を掛ける。


「どうしたんだい?エメラルダ嬢。気分でも悪いのかな?」

「ドナテルノ殿下…」


涙に濡れた翡翠色の瞳が僕を見て大きく開く。そして手の中の手帳を見て口も大きく開いた。


「泣いているのか?」

「違います!目に虫が入っただけです」

「宮廷のサロンで休憩しよう。誰も来ないから安心して休め」


そう、誰も来ないんだ。僕も安心。


「この手帳は君のかい?この国の言語では無いね」

「ええ。他国語を学んでいまして…殿下がご覧になっても意味分かりませんよ?」


サロンで向かい合わせに腰を下ろす。僕はそのまま観察日記を閲覧中だ。読めるはずが無いと安心していて返せと言われないからね。後半の愛の告白とも取れる観察日記に赤面する。そろそろ良いかな?


「ねえ、エメラルダ嬢。君は僕がとても好きなんだね?嬉しいよ」

「えっ?はぁ?なななな何言ってるんですか⁉」

「だって、此処に書いてあるじゃないか。今日のドナテルノ様、凄くかっこいい!私の王子様!好き好き好き!ってね」


あらら、真っ赤になって…これ読んでいる僕の方が照れるよ。


「僕も元日本人だ。結婚しよう、エメラルダ」


今度は口がパクパクしてるよ、金魚みたいって言ったら怒るかな?


「返事は?」

「はい…喜んで…」

「うん!もう撤回は出来ないからね?」


僕は跪き彼女の手にキスを落とす。今日からの僕は君と二人きり。



読んで頂きありがとうございます。

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