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世話係の回想【前】

※暴力、虐待表現が少しあります。苦手な方はご注意ください。

生まれた時には、ひとりぼっちだった。


どこかの玄関先じゃなく、地区外の道端に捨てられたせいで、孤児院にすら入れず。スラム街で物好きと有名なおばあさんにたまたま拾われ、育ててもらった(おばあさんは、薄いミルクをスプーンで与えていたらなんか大きくなってたと笑っていた)。


羊毛のおくるみに入っていたからお前はメイだよ、と言われ、私は自分をメイと認識した。


おばあさんがなんとなくでときどき拾う赤ん坊は、たまたま私みたいに偶然1人で歩ける程度まで育つことがあった。

といってもそれは本当に稀なことで、おばあさんの、家ともいえないテントのような小屋のようなものの裏にはたくさんの木の棒が生えていた。

なんとなく一本抜いてみたらその晩すぐバレて、ゲンコツされた。痛かった。


薄いミルクを食み、偶然生き残った兄弟みたいなやつらは色も性格も様々だったけど、みんなおばあさんのことを好いていたように思う。


家すらない私たちには当然、金銭を正当に手に入れる手段もなく毎日貧困と空腹に喘いでいた。

でも、おばあさんは他人を騙してその資産を失敬するようなことは一切しなかった。


「スリや、詐欺や、泥棒をするとお腹は膨れるかもしれない。でも、その代わりに心が減っていくんだ。呼吸が止まったら肉体の死。心がひもじくなったときが、魂の死なんだよ」


そう言った彼女は、拾った子供達にもそのようにさせていた。


スラム街の狭い常識では、食べ物やお金、またそれになりうるものは他人から頂戴するのが当たり前だった。

痩せっぽちの子供の悲しい顔を利用して施しを受けるだけでは、限りがあったのだ。


スリやなんかは体が小さい方がいいので、子供同士で効率的なやり方やカモの情報を交換し合っていたほど。


でも私たちはそんな子供会議に参加することも許されておらず、金持ちの多い大きな通りに空き缶を置いては毎日悲しい顔をした。


たまに、他の子供にスられた大人が私たちを見て怒鳴り声をあげたり、殴りかかってきたりする。

頭に血が上った人間には、「自分たちじゃない」という声は届かなかった。


こんな思いをするぐらいなら本当にやってしまえば、なんて思わない事もなかったが、そんな日は何故かおばあさんはどこからか柔らかくて白いパンを人数分持ってきてくれたのでまぁいいか、なんて思ったのだ。


なんだかんだで、この家族じゃない家族のようなものが好きだったので。他のみんなとは違う、この繋がりが少し誇らしくもあった。


ある日、みんなで空き缶の中身を数えながら小屋に戻ると、おばあさんが寝ていた。


そのまま目を覚ますことはなかった。


みんなで近くの林に大きな穴を掘って、そこに埋める。痩せっぽちで小さいおばあさんは、子供数人で簡単に運べた。


一番綺麗でかっこいい枝をその柔らかい土に突き刺して、花びらに傷が少ない花を集めてその前に供えた。



その後、このままではしょうがないと、兄弟のようなやつらはみんなバラバラになった。今までと同じように毎日空き缶を置く子もいれば、おばあさんの教えに反いた子もいた。生きるために。


生まれた時みたいにひとりぼっちになるまでは早かった。


元来、死で溢れかえったような場所であったが、おばあさんというたったひとつの命は、それぐらい私たちの心に深く沈んだのだ。


かくいう私も、どうして生きていこうかな、なんて毎日ひとりで考えていた。

あの女の人のカバンから飛び出ている財布を頂戴しようにも、おばあさんにゲンコツを食らった頭がなんだか痛む気がして。

空き缶に入った少ない銅貨を握りながら、夜ごと小さな頭で考えた。



忘れもしない。少し曇っていて肌寒い日のこと。


その日は大通りの方がお祭りのようで、いつもより人が多かった。普段見ないような、分厚い綺麗な布でできた服を着た人たちもたくさんいた。


持っているお金で買えるものなんかたかが知れている。

けれど、毎日悩んでる疲れていたから楽しい雰囲気を味わいたくて。

その日は珍しく、人混みに足を踏み入れた。

私は身なりも髪もボロボロなので、視線を感じるのはいつものことだが、その中でもひとつ際立ったものがあった。



「君。孤児かね?」



真後ろからかけられた声に振り向く。

真っ黒なコートに身を包んだ、冷ややかな目をした男がいた。

それが私、メイとヴィクトール・ゲラン公爵の出会いだった。



――――――――

――――――

――――



ヴィクトール様は酔狂公爵と名高いらしい。先代から爵位を継いだまま、妻も子供もいない。


外交はあまり好まず、彼が交流を持つのは王族、勢力のある公人、流行の商人など常に彼に有益をもたらすもののみだった。


ただ気に入った孤児や遺児を集め、ともに暮らしている。


つまり、孤児たちも彼にとって有益だったのだ。


孤児たちは大きな屋敷に住まわせてもらった。言葉遣いや作法も教わった。


幸い部屋は有り余っていて、数人ひと組で一部屋を使い、そこで寝起きする。

朝日が登るとともに起床し、当番に分かれて掃除や食事の用意をした。


寝起きが悪いものなど1人もいない。朝寝坊をしたり、寝ぼけた顔や跳ねた髪がヴィクトール様に見つかれば折檻が待ち受けているからだった。

お仕置きのムチは涙が出るほど痛いし、ご飯を自分だけ食べさせてもらえないのは嫌だ。


大きな公爵邸だが、メイドや執事は数えるほどしかいない。また、誰一人家族もいない孤児ばかりだからして、ムチが痛くて泣いていようとも助けてくれる大人はいなかった。


スラム街という小さな世界から、公爵邸というさらに小さな世界に引っ越しをしたのだ。



メイドや家政婦がやるような、そういった仕事は孤児たちがほとんどを賄っている。新しい子には、前に来ていた子達が仕事を教えた。


コックはいるがそれを広間まで届ける人がいないので、給仕なんかもしなければならない。


年齢で仕事が分かれることはなく、全てヴィクトール様の指示の元の持ち回り制だったので私よりも小さな子たちはそれは大変だったと思う。


私はその時もうすでに10歳だったから、ある程度のことはできた。


誤って給仕中にヴィクトール様の膝に水を少しこぼしてしまった7歳の男の子は、ヴィクトール様の手でどこかに連れられて、それから帰ってこなかった。


そんなのを初めて見てから、より明日が暗くなった。少ないお金を握って明日を心配していたあのころと、どちらがマシだったんだろうか。


それでも、ベッドで寝起きできて明日もご飯を食べられるかもしれなくて。とりあえず、明日も生きていられそうならいいかと、みんなで一緒に寝た。


そんなこんなで、明日は我が身と思いながらも、なんとそのまま4年ほど過ごした。

その間にも体に消えないムチの傷が何本も残ったし、何人も子供たちがいなくなり、その分また新しい子が増えた。


おばあさんの手によって偶然生き残った私が、ここでもたまたま生き長らえていただけのことだ。


14歳ともなれば、もう公爵邸ではお姉さんとも言えるような歳だった。


数年経っても、毎日ヴィクトール様の身の回りのお世話や屋敷のあれこれをするだけのことに変わりはなかった。


いつものように門の前を大きな箒ではいていると、空から大きなドラゴンが降って来る。


──変わりはないと言ったが、ひとつだけあった。



「蒼騎士様!」


ヴィクトール様の部下(直属ではないが)である蒼騎士様が屋敷に来るようになったことは、私たちの生活を一変させたと言っても過言ではない。


彼は竜騎士で、まだ王宮付きになって浅いようだ。

にもかかわらず、「剣術、ドラゴンの扱い、魔法の精度どれをとっても一級品だ」と夕食の席でヴィクトール様が自慢げに漏らしていたのは記憶に新しい。


ヴィクトール様は宰相補佐というお立場で王国の軍事に関する管理を任されているため、素晴らしい騎士で数々の功績を残した蒼騎士様を特に目にかけているようだった。

それほどの栄冠に恵まれているというのにまだ30手前と若く、未来があるのも大きいだろう。


蒼騎士様は無表情気味ではあるがとても優しいお方で、口には出さないが我々孤児のことを気にかけて下さっているのがよく分かる。


「メイ。変わりないか?」

「はい、蒼騎士様!おかげさまで前回と変わりなく皆元気でおります」

「そうか」


時々、子供がいなくなることにも気付いている。心配をしておいでなのだ。


たまにお土産として街のお菓子なんかもくれる。ヴィクトール様はそれに対して何もいうことがないし取り上げることもないので、子供達はみんな蒼騎士様が大好きだった。…というとちょっと現金だけど。


でも、蒼騎士様がいらっしゃるようになってからヴィクトール様の機嫌が良く、子供たちが消えていくことは随分と減っていた。それは小さい子でもきっと理解できていて、彼は私たちの英雄みたいなものだった。


「蒼騎士様、今日はどうされたのですか?」


ドラゴンの足についた泥を落としてやりながら、伺う。

ヴィクトール様が蒼騎士様を屋敷に招待するときは、だいたい前日の夕食にその話題が出る。

昨日は特にヴィクトール様は何もおっしゃっていなかった。

おそらく蒼騎士様自身にご用事があっていらっしゃったのだろうが、事前に連絡がないのは珍しいことだ。


「急ぎでな。ヴィクトール様に通してもらえるだろうか」

「はい!今ユーゴがお呼びしに行ったと思いますので、客間までご案内いたします」

「悪い」


一緒に掃除をしていたもう一人の子にお菓子を手渡すと、蒼騎士様は私に並んで歩き始めた。

案内するとは言ったものの、勝手知ったる公爵邸。もう場所はご存知なのだ。


「…もしかしたら」

「はい?」

「もしかしたら、後でヴィクトール様より呼び出しがあるかもしれない」


いつもよりさらに無表情な顔を真っ直ぐ前に向けて、そうこぼした。

それがあんまりにも悲痛に見えて、「大丈夫ですよ」となんの根拠もない声をかけた。

ちょっと声が震えたのは気づかれていませんように。



結果的に、その夜私は呼び出しを受けた。



「凶悪事件の首謀者である魔法士を拘束したので、処刑の執行までその者の身の回りの世話をしにいくように」


ついに運が尽きたな、と思った。

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