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魔法のかけられた部屋

誰もが口を閉し、遠くで家鳴りが聞こえた。


「処罰」と言い放った男は、わたしの目の前に立つとまっすぐな背筋からそのまま声を出しているようだった。


「当案件首謀者は処刑。執行手段は会議の後追って通達する。なお、余罪、手口等の調査に際し件解明まで延期とする。その期間は第1師団預かりとし、師団長管理の元徹底拘束のこと」



男の口から吐き出される言葉を、他人事のように聞いていた。


首謀者、処刑、余罪、拘束。


まるで稀代の大悪党を捉えたかのような口上だ。男は言い終わるとすぐさまマントを翻し、惚けるわたしを周りに控えた騎兵が再度拘束した。同じ姿勢を長いこと保っていたのであちこちが痛んだが、そんなことは考えもしないと言うように無理矢理立たされ、先ほどより厳重な拘束具で肩から腕、手首をしばられた。


手の先には手袋のようなものが付けられているようで、妙に暑苦しい。

足だけは自分で歩けるようにか解放されているが、四方から槍を突きつけられているため自由はほぼないと言っていいだろう。口は特になにもされず自由だが、何せ今は声がでず弁解することも質問することもできない。


どうしようもなくなってきた状況に項垂れていると、いつのまにか青年がわたしのそばに来ていた。


思わずパッ!と表情を明るくさせてしまったが、視線を上げても彼はこちらを見ていなかった。

拘束具に繋がった鎖を騎兵から受け取ると、それを数回自身の腕に巻き左手で短く持っている。

腰に大きな剣を携えており、右手はその柄に添えられていた。


見上げてみる。身長が高く、頭一個分も違う彼がまっすぐ前を向いてしまうとわたしなんか視界に入らない。…これでも身長は低い方じゃないんだけど。


「…歩け。さもなくば引きずって連行する」


ぐいっ!と鎖を引っ張られよろける。なんとか体勢を整えつつ、コンパスに差があるせいで早足になりながらついて行った。

脚長いなぁ。いや、そんなことよりも…。


青年、いま喋った?


通りのいい、精悍な目つきに似合う声が彼の口から聞こえた気がする。以降また口を引き結んでしまったし、わたしから声をかけることはできないから確認のしようがないが…、確実に喋っていた。


驚きと、声が聞けた嬉しさがごちゃまぜになる。

優しい青年によく似合う、優しい声だと思った。…今は言葉尻にトゲがあるけど。


さっきいた部屋を出て、長い廊下を進み何度か階段を降りた。歩くごとに、照明や調度品に古いものが増えていることに気づく。

さっきまでの階はまだ薄汚れた窓から曇った光が差していたが、今はもう窓すらない。おそらくここは地下だろう。埃や蜘蛛の巣が目立つ、廊下の端っこに来て青年が立ち止まった。


「ここが、処刑の執行まで貴様が収容される部屋だ。ただの部屋に見えるだろうが、部屋にも、また貴様自身にも厳重に幽閉の魔法を施してある。無理に逃げようとすれば四肢の保証はない。無駄なことは考えるな」


そう言ってから、部屋のドアノブに手をかざす。

扉も周りの壁紙も随分と古く見えるが、真新しい光を放つ金色のドアノブと蝶番が印象的だった。


カチャン、と鍵穴から音がしてドアが開く。


隙間から中を覗いてみると、古臭く、埃っぽい私室のようだった。広さは10畳ぐらいだろうか。ライティングビューローが壁際にひとつ、そのほかにも簡素な食卓テーブルのようなものと椅子、奥に小さいベッドまである。クローゼットは両開きでそこそこ大きい。左手側にドアがあるが、トイレだろうか。部屋の中心に敷かれた丸いラグはなんだかよく分からないシミで元の色が分からないが、言ってしまえばそれだけで、牢獄のようなおどろおどろしい雰囲気はあんまり感じなかった。

歩きながら、トイレがどどん!って置いてあるだけの石造りの部屋を想像していたからちょっと拍子抜けだった。


ドアを引かれ、一歩部屋の中に踏み出す。青年は魔法、と言っていた。幽閉の魔法と。

本当にそんなファンタジックなものが存在するのならば、確かにこれは幽閉の魔法なのだろうと思った。

足を踏み入れた途端、この部屋から出る気力がじわじわと抜けていくような感覚がするのだ。かと言って元気がなくなるかといえばそうでもない。体調も普通だ。ちょっと、気持ちがネガティブになるぐらい。


「貴様の監視に兵士は割かない。かと言って目がなく、解決までに思い切ったことをされてはこちらとしても困る。明朝より、ここに世話係を寄越すからそのつもりでいろ」


ただし世話係はこちらの命令にしか従わない契約だ。幽閉の魔法による効力で、貴様同様こちらの有害となる行動を取った場合…。


青年はそこまでしか言わなかった。わたしを部屋の奥に押し込み、拘束具を取った。

開放感がすごい。痺れた腕を取り戻すようにぶんぶん振ってみる。


だいぶ感覚が戻ってきたな、とふと顔を上げると青年が部屋から退室するところだった。


待って!


声にならない。走って追いつけることもなく、目の前でドアがしまった。四肢がうんたら、なんて言われて仕舞えば怖くてドアノブに触れることすら出来なかった。…。


…ふん。なに。急に現れて優しくしておいて!わたしのこと大好きって瞳で見つめておいて!

急に手のひらを返してさ。もう怒った。体は痛いし!頬は砂利で傷になってるみたいだし。


1人になって、青年への愚痴を心の中でこぼしていたらなんだか頬がとてもヒリヒリしてきた。汚い絨毯に新しいシミができる。


痛い。涙が止まらない。なにがどうなっているの。

きっとここは昨日までわたしが生きていた世界じゃない。想像は容易い。でも、だからってどうしたらいいの。


声が出ない。昨日まで優しくしてくれた青年は、知らない人を見るような冷たい目でわたしを見て、刃物のような言葉を以って接する。


黒いローブは押収されて、長袖のシャツとジーンズでは部屋の中でも少し肌寒い。


やっと心の表面に、困惑が形を成して浮き出てきたようだった。泣いたってどうにもならない。でも泣かなくてもどうにもならないなら、少しでも気分を落ち着かせたい。


汚いベッドには横になる気にならず、部屋の隅に蹲って目を瞑った。手にはまだ少し土がついていた。




――――――――

――――――

――――



「───す。……ます。…っおはようございます!」



びくり。耳元で突然大きな声がして飛び起きた。

涙が乾いていて、目がぼやける。


また変な体勢を続けてしまったせいで腰や肩が痛む。目を擦りなんとか視界を取り戻すと、黒いワンピースに白いエプロンをつけた女の子が、そのスカートを握り締めながらこちらを見ていた。その脇にはお盆とポットの乗ったワゴンがあった。



「お、おはようございます。本日より、わたくしが世話係をいたします。ぼ、暴力などは!行われますとこの部屋にかけられた魔法の効力により…あなたが相応の罰を受けますので!そのおつもりで!」



女の子は大きな声でそう言い切ると、銀色のお盆を奥の机の上に置き、グラスに水を注いだ。少し手が震えているようで、机に水が跳ねる。慌ててエプロンで拭いていた。


「朝の、お食事です」


3食お持ちするようにと言い使っております。女の子はそう言いながら、ポットをワゴンの上に戻した。


彼女が青年の言っていたお世話係の子か。年は10代前半だろうか。かなり若く、また背も小さい。痩せていて、よく日に焼けた女の子だ。短く黒い髪は癖っ毛のようで、ところどころが跳ねている。今は顔が強張っているが、笑ったら可愛いだろうなと思った。


声が出ないか試してみたが、相変わらず進歩はなかったのでとりあえずぺこり、とお辞儀をして軋む椅子に座った。

お盆には、硬そうなパンと、野菜のかけらが少し入ったスープと、ジャーキーみたいなものがひとつ乗っている。

わぁ、監獄メシって感じ。さっき泣いてストレス物質が排出されたのか、少しだけ冷静になっていた。


とりあえずパンをちぎり(硬すぎて指がちぎれるかと思った)、スープに浸して口に入れる。スープはもちろん冷え切っているが、一応塩っぽい味はする。野菜の香りもする気がする。

食べられないことはないので、少しずつ咀嚼していく。


ぐぅぅ……。


後ろから異音が聞こえた。ん?と振り向くと、女の子が慌ててお腹を押さえているところだった。わたわたと視線を泳がして、バツが悪そうにしている。


パン、少し食べる?


なんだかお腹をすかした子供というのは見ると心が痛む。硬いけれど一応食べられるパンを持って差し出し、首を傾げてみた。


「ほ、施しは不要です!」


パンに視線を釘付けにしたまま、女の子が眉根を顰めた。ぷいっ!とそっぽを向いてしまいそのまま目を閉じてしまったので、諦めて食事を再開した。


しばらくするとまたこちらを見ていたようだったが、とりあえずもう何も言わないことにする。

お水が空になると、ポットからおかわりを注いでくれた。

近づいてきたときに、またグゥ…と聞こえた気がしたが、今度は素知らぬフリをした。


お皿が全て空になると女の子はお盆を引き下げ、ワゴンを持って退室した。

片付けたらまた来るらしい。


きてもなぁ、おもてなしも何もできないしなぁ。

何かないだろうかと考えて、ライティングビューローの引き出しを開けてみた。一番上にペンとインク、黄ばんだ紙が入っていた。古いものだろうが、インクはまだ乾いておらず使えそうだ。


ほかにはもう大したものは入っていなかった。暇つぶしにはこれを使うしかないな。


ひとまず、女の子の帰りを待った。



――――――――

――――――

――――



この部屋に入って、1週間ほど経った。入った日以来、青年は来ていない。


相変わらず汚いベッドで寝起きをするのが嫌で床で眠り続けていた。


この部屋に時計やカレンダーはないので日付や時間感覚は無いに等しいが、食事が一日三回とのことだったのでそれを数えて、紙にメモをして判断している。


女の子は食事のたびに「朝食です」「夕食です」などと教えてくれるし、メニューが朝はパンとスープとジャーキー、昼はお粥、夜はシリアルと決まっていたのでわかりやすかった。


最初は怯えに怯えて近寄りすらしなかった女の子だが、数日過ごして害が無いことで安心してきているのか最近は表情も和らいできたように思う。その勢いでなんとかコミュニケーションを取ろうとしているが、上手くいっている気はしない。


……ぐぅ。


朝のパンをまたスープに浸して食べていると、聞き覚えのある音がした。


女の子はいつかのようにお腹をおさえ、今度は「…すみません」と小さく謝った。悲しげに垂れた眉毛のせいもあると思うが、どこか顔色が悪いようだ。


そういえば重心がぐらついているように見えるし、なんだか瞬きもゆっくりだ。体調が悪いんじゃ無いだろうか。思わず近寄ってみる。いつもならそんなことをすれば、慣れてきたとはいえ体に力を入れてじりじりと後退りするだろうが今日は微動だにしない。


すわ一大事と肩を支え、先ほどまで座っていた食卓の椅子に座らせる。女の子はされるがままだった。


顔を覗き込むが、ぼーっとして元気がない。


「ふつか…」


女の子が小さく声を漏らした。彼女が必要なこと以外を話すのは、珍しいことだ。


「ふつか、何も食べていなくて…」


なんだって!こんな育ち盛りの子供がなんでそんなことに!

ぐうぐう、とお腹を鳴らしている。目の前の食べ物を視界に入れないようにか、左下を向いてエプロンを握っていた。


考える間もなく、パンを一口大にちぎりスープにひたひたにして女の子の口に押し付けた。


「ほ、ほどこしは…っむぐ」


得意のセリフが出てきそうだったので、開いた口にこれ幸いと押し込んだ。

流石に口に入れたものは吐き出すのを躊躇われたのか、それとも本能が栄養を求めていたのか、女の子はしばらく口に入れていたかと思うとゆっくりと咀嚼した。


飲み込んだ頃を見計らって、さっきと同じぐらいの大きさのパンをもう一回突っ込む。次は拒否しなかった。

もぐ、もぐ。ゆっくりと食べている。飲み込むたびにちびちびと与えていく。


椅子のすぐそばにしゃがみながらその様子を見ていると、なんだか小動物に餌付けをしているような気分になってきてしまった。

思わずよしよしと頭を撫でる。ふわりと脳裏に青年の温かい手のひらが思い浮かんだが、すぐに消した。


さてもう一口、とパンを口に持っていくと、ポロリと女の子の目から涙が溢れた。


「…っ…」


慌ててパンを一旦皿に置き(スープでお皿が汚れたが仕方ない)、あまり汚れていない方の手で背中をさする。


しばらく何も言わず、声も出さずただただ泣いていた女の子だったがしばらくすると両方の手で頬をぬぐった。


「お食事が終わって、その後はきっとお暇でしょうから…少しだけお話ししても…いいですか?」


もちろん!というように笑って大きく頷くと、女の子は嬉しそうに笑った。それがこの世界に来て、初めて人の笑顔を見た日だった。

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