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変わっていく日々

そんなこんなでカードと過ごす毎日は、不思議なことばかりだがとても楽しかった。



ただテレビを見ることも、ご飯を食べるのも、寝るのも、1人だと寂しい。

誰かがそばにいてくれるというのは、それだけで暖かいんだと心から実感していた。

仕事に明け暮れる只管に平坦な日々があの日を境に色づいたようで、今はとにかく家に帰ることを楽しみにしている。


そのおかげで面倒な業務も頑張れるような気がしたし、実際仕事の効率も上がり、残業代も払わなくていいからか上司からの評判も上がった。


初めてダンボール箱からカードを出してからまだ1ヶ月経たないぐらいだが、不思議と私の生活に馴染んでいた。

最初は恐る恐る関わっていたし、警察や保健所、果ては精神科に相談しようとも思ったぐらいだが、今はもう違和感もない。


超常現象ともいえる事態に呑気に構えている私自身が一番疑問だが、こうなってしまったものは仕方がないだろうと、早々に割り切った。実際に生活は豊かになっているのだ。


なにも問題はない…はずだ。


それに、カード達はとても有能だった。

ユキやイデアル、ジェイはとてもお利口で、窮屈だろうと思いカードから出したまま仕事に行っても、帰ってきたらどこかにイタズラされていた、なんて事は一度もない。


それどころか毎回玄関まで3匹競うようにお迎えをして1日の疲れを癒してくれる。もふもふ、つやつや、最高だ。


妖精のハナ、モモ、ソラはどこからか鉢植えと花の種を持ち込んだようで、寝室の窓際で育てている。今はまだ芽が出ていないが、3匹と1人で来る日を楽しみに毎朝水をやるのは楽しい。


そして人間であり、一番両手を器用に使えるレオン…基、青年は家事を巧みにこなしてくれた。炊事、洗濯、掃除全て完璧に覚えてくれている。もはや、私よりも余程手際がいいと思う。


この家に来てから私はおしゃれ着洗いなんてボタン押した事ないですよ。カードから出てきた時の服装は少しファンタジックな、鎧とまではいかないが騎士の軽装のようなものだったので、兄が泊まっていった際に置いていったスウェットを貸してあげたら、それもちゃんと洗濯していた。


料理も上手だ。私の冷蔵庫にある材料、私の家のキッチンで作られた料理はどこぞのレストランのようで、でもなんだか懐かしい味がした。


お母さんの味とも違うが、どこか安心する、私の好きな味付けだ。


青年は、他の子と比べて特にカードから出ていたがる性質があった。


他の子達は、疲れたり夜になると大抵は「また明日」と言うようなそぶりを見せて各々の意思でカードの中に戻ったりする。おそらく、中で眠ったりするのだと思う。


でも、青年は初めて会った日からほぼずっと外に出たままだ。


「戻らないの?」と聞いたこともあるが、悲しそうな顔になったので慌てて「戻ってほしいわけじゃないよ」と弁解したら、ほ、と息をついて─吐息は聞こえないが─私の頭をぽんぽんと撫でた。


ずっと出ているという事は必然的にずっと家の中にいるので、日々の家事をお願いしたり、家のことをしてもらうことになる。


インドアな私はのっぴきならない用ができないかぎり休日はもっぱら家でゴロゴロしているので、そんな時もずっと一緒だ。ご飯を作ってもらう時などは離れるから、そんな時はユキを膝に抱いてテレビを見たりする。


そばにいると青年は膝枕をしてくれたり、ソファーに座ろうとすると膝に乗せたりする。慣れないことに最初はうろたえたが人間は慣れる生き物で、だんだんと、抱っこ、なんてふざけてみるようになった。


もちろん、とろけるような笑顔で叶えてくれる。抱えられると同時にちゅっちゅっと顔中にキスをされるのは恥ずかしくてすごく困るが、それも少しずつ慣れてきている自分が怖い。


彼らが現れてひと月、ずっとそんな状態だ。


最近、これは所謂「同棲」というやつなのでは?と思い始めた。名前も知らない相手だが。他にもたくさん同居人が増えているし。


でも、「同棲」と称す最たる理由がある。それは寝る時だ。


…一緒に、寝るのだ。シングルベッドで。一緒に。2人で。一緒に。…腕枕なんかもされちゃったりして。


いやいや、私もおかしいのは分かってる。得体も知れない人、…生き物、妖精…たちと毎日を一緒に過ごして、おかしくなってしまったのかも知れない。こんなのが見えてる時点で、そもそもおかしかったんだなんて言われても何も否定できない。


それに、付き合ってもいない男性と毎夜同衾してるだなんて、母が聞いたら泣く─いや、あの人は嬉々として詳しく聞いてきそうだな。ともかく、私と青年はそんな関係ではない。


気軽にチューをされるし、お風呂から上がったらドライヤー、スキンケア、たまに歯磨きまで彼の手によって行われるが、決してそんな疚しい関係ではないのだ。


なのに、何故か毎晩当たり前のように布団に入ってくるのだもの。


初めて寝たのは(語弊があるが)、カードを見つけて3日目の夜。


"レオン"、と呟いたせいで眩い光に気絶してしまった日を1日目とする。あれ、そういえば次の日の朝はユキだけがカードから出ていたな…。私が名前を読んだのは"レオン"だったけど…。なんでだろう。


まぁそれは置いといて。


2日目、全員を外に出して確認したあと、冷静なつもりでも脳がキャパオーバーしてしまったようで、なんと私は高熱を出してしまった。


訳も勝手もわからない私はとりあえず全員にカードに戻るようにお願いしたが、みんな、特に青年はとても心配してくれているようで首を縦に振らなかった。しかしてこでも動かない、引かない私にこれ以上自分たちがここにいると余計に悪化をさせると思ったのか、最後は渋々従ってくれた。


そして3日目。前日から引き続いて、高熱は下がらず。体調が良くない上にろくに食事もとれないままだったからかネガティブになって、明日からまた山積みの仕事を片付けなければならないのに、ああ、そう言えばみたい番組があったのに、洗濯物もしなきゃ…と追い詰められたような気持ちになっていた。


一人暮らしはある意味楽ではあるが、こうして体調を崩した時なんかはすごく不安だし、寂しい。何もかも自分で選択できるという自由は、1人で全てをこなさなければならない責任が常に裏側にある。


寂しい。悲しい。心細い。誰かにそばにいて欲しい。


ふと、あの黒髪の合間から見える優しい瞳が思い浮かんだ。


「…レオン…」


名前は違うと分かってる。でも、茹だった頭で考えられるのは、彼の存在だけだった。


3日目の夜、私は熱でうなされて、確かに自分の意思で青年を呼んだのだ。彼に、そばにいて欲しくて。全く得体の知れない人物であるのにもかかわらず。


リビングのローテーブルに置いてあったカードの中から、青年はすぐに出てきてくれた。というよりも、今か今かとその時を待っていたかのように、転がり出てきた。


勢いそのままに私のベッドに近寄り、おでこに手を置いて熱を測る。薄暗い中で見えるその顔は少し険しく、怒っているように感じた。


自分のおでこと比べると目を見開き、すぐに台所に向かった。ガサゴソと、姿は見えないが何かをしている音が聞こえる。自分と違う存在の奏でる音が、とても心地いい。


ぼんやりと音を聞きながら待っていると、氷水で絞ったタオルを持ってきて、前髪をかき分けてそっとおでこに乗せてくれた。ひんやりとして気持ちがいい。そして何より、看病をしてくれていることが嬉しい。


「心配かけてごめんなさい…」


きっと、怒っている理由はそれだろうなと思った。なんでかはわからないけど、彼はずっと私のことを気にしてくれていたから。


私のほっぺたを指ですりすりとさすっていた青年はその言葉を聞くと、しばし考えた後、へにゃりと眉尻を下げて、しょうがないな、という顔をした。


まるで、いつも転んでしまう子供が走り出して、数秒後に案の定転んでしまったところを見たような、そんな表情に見えた。


つんつん、とほっぺをつついて、口パクで何かを喋っているが、よく分からない。

青年は喋り終えたのか口を閉じると、すっと部屋から出て行き、すぐに水の入ったコップを持ってきた。飲むか?と差し出されたので小さく首を振ると、近づけたサイドテーブルに置いてくれる。


ぽんぽん、とおでこに乗せたタオルの上から数回撫でて、青年が背を向ける。あ、と思った。カードに帰ってしまう。


とっさに、彼の服の裾を掴んでいた。


青年はすごくびっくりしたような表情で振り返ると、口を真一文字にとざしたまま、私の顔と服を掴む手を交互に見た。


「心細いの…もう少しだけそばにいてくれませんか」


恥ずかしかった。いい大人がなんて情けないことを言うんだ、と自省したが、もう後には引けない。

青年の目が見れず、視線を彷徨わせた後布団を深くかぶる。薄暗くて良かった。


青年が近づいてくる気配がした。少しひんやりとした大きな手で服を掴む手を包まれ、柔らかく剥がされる。そのまま布団の中に戻されるのかな、と悲しく思ったが、しばし待ってみても手は依然青年に包まれたままだ。


そわそわして、青年の様子が気になってしまい、布団から顔を出した瞬間。


ぎし。


ベッドの上に、青年が登りかけていた。


「えっ、ちょちょ、ちょっと待って」


手を繋いだまま、布団に入ろうとする青年。


かたや、手を繋いだまま慌てふためく私。


上体を起こしたせいでずり落ちたタオルを青年が拾って、背中を支えながら横たわらせたあとで乗せてくれる。


え、え?と軽いパニックの私と相対的に青年は落ち着いていて、「何か?」とでも言いたげな表情だ。小首まで傾げて。

何か?じゃないよ。そばにいて欲しいって言ったけど、添い寝してだなんて、添い寝してだなんて…。



「…そこのクローゼットに、兄のスウェットが入ってるから、着替えてからでお願いします…」



青年はにっこりと笑ってうなずき、クローゼットの方へ向かった。


熱がさらに上がったのが、手に取るように分かった。

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