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状況整理ができません

私一人となった部屋には静寂と、大きな狼の描かれたカードが一枚残されていた。

休日仕様の、だらけた脳味噌では理解が追いつかず息をすることも忘れ呆然とする。


「…え?」


ようやく一言、喉から出せた。酷く頼りない、小さな一言だった。

弱った小鳥が鳴くような声が漏れたところで、何かが進展するわけでもなく、ただ小さな部屋に響いた。

カードがきらりと、カーテンから入った太陽の光を反射させて、まるで返事をしているようだった。


細部まで美しいこのカードは、丁寧な職人技もさることながら、ロイヤルで、少し少女趣味で、でも描かれたモチーフはミュシャの絵画のように美しくて、とにかく私の趣味を詰め込んだようなデザインだった。

ユキが入って行った─としか言いようがない─そのカードひとつとっても、大きな狼のその横顔は凛々しく、流れるような毛並みから気高さが伝わってくる。

なんて、絵にばかり目がいってしまったが、そう言えばこのカードには名前のようなものがある。

相変わらず、見たことのない文字の形。それでも、なぜか読めてしまう感覚はそろそろ慣れてしまいそうだ。

それに、私にはもう分かる。これを口に出したら、きっと──


「…ユキ」


眩い光と共に、すぽんっ、と白い子犬─、基、子狼が出てきた。




***********


そこからは怒涛の展開だった。子犬の名前はユキ、ということは分かった。そして、カードに書いてあるものが名前のようなもので、それを口に出すとカードに描かれた人や、生き物が出てくることも分かった。なので、好奇心に任せて全てのカードを試してみることにする。


まず、1枚目。大狼が描かれたカードは、言わずもがな"ユキ"。実際に出てきたユキは絵とは程遠い、小さな子狼だが。行き来が自由なようで、呼ぶと出てくるが、試しに「戻ったりできる?」と聞いてみるとカードにまた鼻をぐいっと擦り付け、難なくまた収まった。もう一度呼ぶと即座に出てくる。出てきている間は、カードは空白になるようだ。

すでに理解の範疇を超え、頭痛がした。


2枚目。"レオン"と書いてあるカードに描かれた筋骨隆々の騎士。横を向いているが、精悍な顔つきが窺える。読み上げると、絵ほどムキムキではないが想像以上のイケメンの青年になって出てきた。サラリとした黒髪から覗く眼差しにどきりとしてしまった。

レオンは昨日、私が倒れてしまったことを心配していた、とジェスチャーで教えてくれた。頭も撫でられた。彼もユキと同じで、喋れないようだ。

自分がベッドに運んだんだよ、とまたジェスチャーで伝えてきたので、その様がまるで褒められたい子供に見えて、ありがとうございます、と笑ってお礼を言った。

お礼を言われたことがなのか笑ったことがなのか、とにかく彼は何かが嬉しかったようで、愛おしいものを見つめるときのように目を細めて私の頬に触れたり、抱きしめられたりした。別にそんなことはないんだろうが、なんだかひどく彼に愛されているような気になってしまって、落ち着かない。さては女泣かせだな?

最終的に横向きに膝の上に座らされ腰に手を回された。さながらチャイルドシートだ。

心なしか頭痛が酷くなった。


3枚目の竜のカードには"イデアル"と書かれており、読み上げると肩のり程度の小さな白い子竜?が出てきた。ふくふくとしたお腹、手には爪があるが立てないようにしてくれているのか、刺さることはない。乳白色の鱗が艶々としているが、触ると意外に柔らかく、暖かかった。爬虫類は好きでも嫌いでもないが、この触り心地はハマってしまいそうだ。

膝に乗せるとスリスリと懐いてきて、とても可愛い。幻想的な生物にしては、気品よりも愛らしさが優っているような気がした。

おでこにある小さなツノを撫でているとお腹あたりからよじ登ってくる。がんばれ、がんばれ、あと少しで胸のあたり、というところで後ろから腕が伸びてきた。

あっという間も無く、ぺしん!とものすごいスピードでレオンがはたき落としていった。…びっくりした。

あんなに小さいのに、へっちゃらそうに戻ってきたのにもびっくりした。戻ってきたところをむんずと掴んでカードに押しつけて無理やり戻したレオンは、満足そうに私を抱え直していた。

…それは置いといて。そういえばユキもだが、絵を見て想像するよりも何倍も小さい。もしかして家が小さいから気を使ってくれてる?…なーんて。

頭痛に加え、息切れまでしてきた。


4枚目、3匹の妖精のカードは、ハナ・モモ・ソラと書いてあり、それぞれ3匹の名前だろうかと思いながら読み上げると順番に黄色、ピンク色、水色の小さな妖精が飛び出してきて、キラキラと宙を舞った。

両掌を広げるとちょうど3匹乗れるぐらいの、本当に小さな妖精だ。

くるくると飛び回り、挨拶をしてくれているように私の髪に花を挿したり、3匹で協力して編み込みなどのアレンジを施してくれた。彼女たちが飛び回るたびに透き通る羽が美しく、また光を反射して様々な色に変わっていくのが見ていて楽しい。3匹とも小さいながらもオシャレさんなようで、思い思いの服を着ている。

黄色の、おそらくハナちゃんはふわりと裾が膨らんだレモンイエローのワンピース。パフスリーブが可愛らしい。丸くカットされた白襟とオレンジの細いリボンが花弁とおしべみたいで、名前の通りお花みたいな服。

ピンクのモモちゃんは柔らかそうなサーモンピンクのハイネックニットに、明るいベージュのフレアスカート。胸に、小さな白い花のコサージュをつけている。

水色のソラちゃんはボーイッシュなミントブルーのパーカー。白の短パンで、晴れた日の空のようなカラーリングだ。パーカーのお腹のポケットの部分には、なぜか普通のローマ字で"SORA"と刺繍がしてある。

頭がぐらぐらする。


5枚目の猫のカードはジェイ。ここまでくるともう慣れたもので、呼ぶと子猫がするん、と出てきた。真っ黒のなめらかな毛皮に、金色の瞳をした子猫だ。

とてとて、と寄ってきたかと思うと、私のことをじっと見つめる。真っ暗な毛皮も相まって、瞳が真夜中にまたたく星のように見えた。吸い込まれそうな気持ちになる。

緊張しながら見つめ返すと、ふと子猫は視線を逸らし、私を抱えているレオンに移した。2人は見つめ合うが、特に口を動かす様子もないので、会話をしているわけじゃないようだ。…仲良しなのかな?

めまいがする。


6枚目。最後のカードは大樹。これには名前ではなさそうな文字が並んでいた。"わたし達の家"、そう書かれている。


「…わたし達の家?」


不思議に思って、思わず口に出してしまった。

あ、しまった。なにも考えずに読んでしまった。どんな状態で出てくるんだろう。カードから木が生える?家から木が生える?どちらにせよなんにせよ、とても困る。

ぎくりと固まり、強張った顔でカードの動向を見守る。

見守る。

見守る…。


「…あれ?」


しばらく待っても、カードからはなにも出てこない。依然として、生き生きと茂る力強い大樹がカードに描かれたままだ。


「え、ねえ、これどういうこと?レオ…」


後ろで私と共に一部始終を見ていたであろう、騎士の青年─レオンに聞こう。

そう思い、カードに書いてある名前を彼のものと仮定して呼ぼうとしたら、大きな手で口を塞がれてしまった。

レオンは悲しそうな顔で、私を見ている。そして、口で「レオン」と型取り、首を横に振る。悲しそうな顔で、何度も。


「…名前、違うの?」


口から手を外してもらい、問いかける。

真剣な面持ちでしばし考えたかと思うと、私の目を見てゆっくりと頷いた。


「じゃあ、名前、何ていうの?」


またも首を傾げて問いかけると、首を傾げた瞬間に顔がデレ、となったものの、すぐにまた悲しい顔になって、首を横に振ってしまった。教えられないということだろうか?


「カードから出すときに呼んじゃったのは大丈夫?」


この質問には、にっこりと笑って頷かれた。これはいいのか。

他の子達は呼びかけても特に違和感はなさそうで、返事をしているような素振りを見せてくれていたのでレオン…じゃない、名前不明の青年だけ、カードと彼の名前に相違があるということだろうか。試しに私の足のそばで伏せていた子狼を抱き上げ、ユキ、ユキ、と読んでみると元気に音の出ないお返事をしてくれた。魔が刺してついでに、おすわり、って言ったら最初は「?」を頭に飛ばしていたが、閃いた!という顔でしゅぱっ!とわたしの足元に座った。かしこすぎた。


なんて、ふざけてる場合じゃない。ともかく、今はこの状況を整理整頓しよう。回らない頭では不安しかないが。


今日は土曜日。目の前には、昨日木彫りの熊を探していて偶然見つけた綺麗な箱と、その中に入っていたカードが6枚。このカードには不思議な力が宿っていて、下部に記された名前を読み上げると、一枚を除いて描かれている絵が具現化して出てくる。押し付けると中に戻るらしい。

今は子竜だけが青年に無理やり戻されている状態で、竜のカードと、名前を読んでも現れなかった大樹のカードがある。

空白のカードは4枚。

つまりわたしの周りには今、顔が恐ろしく整った青年が1人、透明な羽が偏光パールのように輝いている可愛らしい妖精が3匹、ふわふわふさふさお利口さんな子狼が1匹、全てわたしにくっつくようにして密集している。暑苦しいが、造形の美しいものばかりなのでデザイナーとしては苦痛ではない。


…デザイナーとしては苦痛ではないが。25歳一般女性としてはとてもしんどい状況だ。

なにせ、最初から最後まで意味がわからないのだ。異常事態こそまずは落ち着く、が家訓なので冷静に対処していたつもりだが、正直頭がこんがらがっている。パニックだ。


でもこの状況で一つ、確実で、とても大事なことがある。


きっと、これは夢じゃないってこと。

次話あたり異世界に飛びます

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