0-6 ヴォルフスルーデル
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塔の屋上からは地上の景色がよく見えた。
ヤマトはコンパスや望遠鏡を取り出し、地図を作製しはじめた。
「なんだ・・・あれは瘴気の嵐?」
自分のいる位置から、北東のはるか遠くにすさまじい瘴気が渦巻いている場所があった。
地上の様子は濃厚な瘴気にさえぎられて、観測することができなかった。
ときおり瘴気の壁の表面を稲妻が走っていた。
「瘴気の濃さから言ってあそこが奥底だよな・・・かなり遠いな。」
ヤマトのなかに率直な疑問が浮かんだ。
それはなぜ今までその存在に気づけなかったかだ。
あの大きさの規模であれば、それこそ昨夜の野営地からでも気づくことができたはずだ。
(もしかして・・・さっきの光が封印の楔を解き放つってことなのか?)
もしかしたらあれは一種の封印だったのはないかと考えた。
名も知れぬ神らしき存在から3つの封印の楔を解き放てと言われたことを思い出す。
(全部で3つならあと2つか・・・もう少し手がかりが欲しいところだな。)
そういって他の地点を探っていると、いくつか瘴気の濃いところを発見した。
「2つか・・・ちょうど数が合う。」
その地点を探索の目的として地図に書き込んでいく。
こう見るとかなり広大なフィールドであることがよくわかる。
他にも水場や高台の位置を見つけては、おおよその位置を地図に書き込んでいった。
ヤマトは早めに野営地に戻ると指をパチンと鳴らす。
すると不思議なことにヤマトの指先から稲妻が走り、たき火が灯った。
「やっぱりできた・・・」
今度は手のひらを叩いて開くと水があふれてきた。
「これだけできれば探索はかなり楽になるな。・・・しかし、少しクラクラする。」
これは魔法と呼ばれる技術で、魔法士と呼ばれる集団だけが使用することができる技法だった。
一般的に魔法士になるためには魔法士ギルドに所属して、厳しい修業をこなしていくことが必要になるのだが、もちろんヤマトはギルドにも所属していないし、修行もしたことがない。
これはシドの記憶を体験したことによるおまけのようなものだった。
ヤマトはシドの記憶を体験することで、シドの魔法に関する知識を継承していた。
しかし、ヤマトにはその記憶通りに魔法を使いこなせるだけの魔力がなかった。
魔力は魔法士が魔法を使用するたびに必要となるもので、魔法を使い続ければ少しづつ増えていくものだった。
今まで魔法を一度も使ったことがないヤマトでは火をともしたり、水を沸かせたりするのが限界だった。
それに魔法触媒をもっていないので魔力効率が非常に悪かった。
しかし、それだけできれば死人の都の探索ではだいぶ楽になるだろう。
(魔法触媒については普通の店に売ってなさそうだよな・・・帰ったら御師様に聞いてみよう。)
そして装備の点検を始める。
コートや腕輪といったところには問題がなかった。
しかし、ブーツとグローブはヤマトの全開の闘気に耐えられなかったのかボロボロになっていた。
「うーん、これは買い替えたほうがいいか。
・・・一度戻ってみてもらおう。」
そう決めたヤマトは早々に就寝した。
ヤマトが家に戻るとミレイユは庭でお茶を飲んでいた。
「ヤマトか・・・?」
「御師様。戻りました。」
「うん、おかえり。特にけがはないか?」
そういってミレイユはそっとヤマトに抱きしめる。
ヤマトもそっと抱き返した。
ヤマトはダンジョンで起こったことをミレイユに話をした。
ミレイユはヤマトの説明を聞いた後、口を開く。
「瘴気とともに他人の記憶をみたか・・・」
「何かご存知ですか?」
「いや、私はそんな経験したことがない。
おそらく死人の都でしかおこらないことだろう。
現段階ではあまりにも情報が不足している。
・・・意識の混濁などないか?」
「ええ、記憶を体験したといっても僕が彼になったわけではない。
それはよく理解しています。」
「そうか、それならばよい。」
「しかし、封印の楔を守っていたのが、まさかあのシド・グレイマーか・・・大物がでてきたな。」
「ご存じなのですか?」
「ああ、名前だけはな。
たしか西方にあるグリム魔法国の大魔法士だったはず。
風の噂で亡くなったとは聞いていたが、まさか死人の都で流れ人になっていたとは。
あそこは魔人の国だから簡単には入国できんな。」
グリム魔法国は魔人と呼ばれる種族が支配している別の大陸にある国だった。
魔人は見た目こそ、ほぼ人間と変わらないものの寿命が倍ほどあり、魔法に対して強い適性を有しており、独自の文化を発展させてきた。
地域によっては魔物と同一視しているところもあり、こちらの大陸ではほぼ見かけることがないめずらしい民族だった。
ヤマトたちが住んでいるルネージュ王国とは相互不可侵条約を結んでおり、お互いに必要以上な干渉を避けていた。
「かの国と関係を維持しているのは数人の商人ぐらいだろうな。
もし向かうのであればブロマに相談してみるといいだろう。」
「そうですね。
明日にでも消耗品を補充してくるのでその時に相談してみます。」
次の日、ヤマトはひとりでブロマの店を訪れた。
しかし、ブロマは買い出しで他の街に出ているらしく、直接会うことはできなかった。
ヤマトはダンジョンで手に入れた素材を売却して、前回と同じように消耗品や非常食を購入した。
ヤマトが鍛冶屋に向かうとこの前の店主が出迎えてくれた。
「よう、たしか前に一度来てくれたよな。」
「はい、あの時はお世話になりました。」
「今日は何か入り用かい?」
「ええ、消耗品の補充です。それと新しいブーツとグローブを。」
リッチとの戦闘で闘気を全開にしたせいか、ブーツもグローブもボロボロになっていた。
ヤマト自身は気づいていないが、龍脈に触れたことで以前に比べ扱う闘気の量が強くなっていた。
そのせいで生半可な防具ではその全開の闘気に耐えることができなかった。
鍛冶屋の店主も実物を手に取って色々な角度で確かめていた。
「1か月でこうなったのか・・・。
手入れを怠っているわけでもないか。
たしかにこれは買い替えたほうがいいな。
・・・もしかしてお前さん、なにか装備の寿命をすり減らすような特殊な技能でも使うんじゃないかい?」
「・・・いえ、普通に使っていただけなのですが・・・。」
「ということは装備自体がお前さんの動きに耐えられなかったってことか。
普通の冒険者ならこいつらは数年は持つ。
それ相応の素材を使っているからな。
しかし、お前さんは少し特殊らしいな。
鍛冶屋泣かせってやつだな。」
そういって不敵な笑みを浮かべると店の奥へと消えていった。
店の奥からガタガタと音がした後、店主は木の箱を抱えて戻ってきた。
「おそらくこいつなら耐えれるだろう。」
そういって木の箱を開けると黒い指ぬきグローブと金属のブーツを持ってきた。
店主はグローブを取りだすと説明を始めた。
グローブはシンプルな作りになっており手の甲などに金属板が埋め込まれていた。
手首には青い魔法石らしきものがついているが、普通のグローブとほぼ同じ作りだった。
「こいつはレイスメタルっていう死人の都でしか取れない金属をメインに作った魔法装備だ。
注意点はこいつを維持するためには魔石が必要ってところだ。
あと、そこまで強くはないが自己再生の刻印をつけてある。」
そしてヤマトにつけてみろといって渡してきた。
指ぬきグローブはよく見ると、とても小さな鎖でできていた。
「こうやって使うんだ。アームド。」
そういって手首の石に触れた。
そうすると手の甲にあった金属板から細かい金属が伸びるように手全体を覆っていった。
そして手の甲から肘まで伸びおわると完全に変化が止まった。
ヤマトも同じように使ってみる。
「アームド。」
カキュカキュとまるで生き物の鱗のように金属が体を覆っていく。
手の甲から手のひらへ、そして指先、最後に腕全体を覆うように金属が伸びていく。
ワイヤーを射出できる腕輪ごとすっぽり覆ってしまった。
「ああ、そういえばその腕輪があったか。数日預けてもらえればワイヤーが出るように調整できるぞ。」
「解除するときは同じ手順でリリースといえばできる。リリース。」
そう言って店主は解除して見せた。
ヤマトも同じように解除する。
「ブーツは膝くらいまで伸びる。石の位置は内部にあるから触れる必要はない。」
そう言って装備を箱に戻す。
「こいつらはうちの店じゃトップクラスの装備品だ。
値は張るぜ。
ただし性能は保証する。」
提示された金額はヤマトが1か月間ダンジョンに籠って得た金額とほぼ同等だった。
ちょうど手元にあったので即金で購入した。
店主は素直に驚いていた。
「自分で売っといてなんだがよくそんな金額を持ち歩いていたな・・・」
「たまたま換金した帰りだっただけですよ。
いつもはこれの10分の1も持ち歩いていません。」
「ついでに他の装備もサービスで整備しておくぜ。
引き取りは・・・そうだな。
明後日までには仕上げとくよ。」
「お願いします。」
そういってヤマトは装備を渡す。
店主は弓を見て驚いた。
「おい、これは・・・!?」
「どうかしましたか?」
「どうかしましたかって、これ売れば遊んで一生暮らせるぞ。」
店主は純粋に驚いていた。
それほどまでに伝説級の装備をみることは一生に一度あるかないかといったところだった。
そのため、冒険者だけでなく国や貴族たちもこぞって欲しがるくらい貴重なものだった。
「友人から受け継いだものです。売るつもりは一切ありません。」
「・・・そうか。
こいつらも含めて明後日までには仕上げとくよ。」
ヤマトの様子をみて何かを察したのか、店主はそれ以上何言わなかった。
ヤマトはお金を払って鍛冶屋を出た。
あとはミレイユが好きそうな茶菓子を買うとヤマトは家へと帰っていった。
明後日になってヤマトは鍛冶屋に装備を引き取りに行った、
やはり自分でやるよりしっかりと整備されており、ヤマトは問題がないか確認していた。
預けた弓もしっかりと整備されており、矢をつがえてみるといつも以上すんなりと矢を引くことができた。
「なぁ、お前さん。その弓の名前を知ってるか?」
「いえ・・・しらないです。」
「そいつの名はヴォルフスルーデル。
意味は「狼の群れ」だ。
何か特殊な能力を矢に付与することができるみたいだが詳しくはわからなかった。」
「ヴォルフスルーデル・・・」
「そうだ。
こいつは少々特殊な武器で持ち主と成長していくっていうか、
こいつを十全に使いこなすにはこいつと真摯に向き合う必要がある。」
「向き合うですか・・・具体的にはどうすれば?」
「さぁな。
どうすればいいかまではわからん。
言わなくても大丈夫だと思うが、大事にしてやんな。
このクラスの武器は手に入れようと思っても手に入るもんじゃねからな。」
ヤマトはお礼を言って店主から弓を受け取ると、鍛冶屋を後にした。
読んでいただいてありがとうございました。
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