0-2 友との出会い
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ヤマトは家に戻ると、戦利品を取り出してミレイユへと手渡した。
ミレイユはそれをひょいひょいと違う袋へと放り込んでいった。
そしておもむろに口を開く。
「ヤマトよ、今日はいつもより声が弾んでいるようだが何かいいことでもあったか?」
「はい、御師様。
同年代の同性と話をすることができました。」
「なに?死人の都の中でか?」
ミレイユは驚いて手を止めた。
ヤマトはアラニスと会った経緯を説明する。
全ての説明を聞くと、ミレイユはおもむろに口を開いた。
「驚いたな。おそらくそれは流れ人や迷い人とよばれる存在だろう。」
「ながれびと?」
ヤマトは聞いたことのない単語に首を傾げた。
「ああ、簡単に言うと、流れ人とは生前の記憶がある死者のことだ。
スケルトンやゾンビなどの大半のアンデッドは生前の意識を失っており、さまようだけの存在だが、
まれに生前の意識をたもったままアンデッドとなってしまうものがいる。
そういう者たちをまとめて流れ人と呼ぶのだ。」
「ということはアラニスは・・・」
「うむ、なんらかの理由で強い思いを抱えたまま死んで、死人の都へと流れてきたのだろう。
おそらく死人の都から出ることができない理由も死者だからだろう。」
「何かしてあげられることはないんでしょうか・・・」
「そうだな・・・まずは相手が何かしてほしいことがあるか、聞いてみればよいのではないか?
流れ人は深い後悔や妄執といったつよい思いに縛られている。
それがなんであるかは本人に聞くしかあるまい」
「・・・わかりました。」
「・・・ヤマトよ。ひとつだけ忠告する。」
「なんでしょうか?」
「流れ人強い思いで縛られているといったが、それは裏を返せばその思いひとつだけで存在しているということだ。
何らかの理由でその思いを失ってしまった場合、確実に強力なアンデットに転じるであろう。
一時の同情や哀れみといった軽い気持ちで深く関わっては手ひどいしっぺ返しを食らうぞ。」
「・・・はい、わかりました・・・」
「関わるな、とは言わん。しかし、関わりすぎんようにな。」
ミレイユはそれだけ言うと、自分の寝室へと帰っていった。
「関わるすぎないようにか・・・とりあえず、明日もう一度会ってみよう。」
次の日、ヤマトが死人の都の入り口をくぐると、すぐそばにアラニスは立っていた。
さわやかに笑いながら、手をあげている。
「やぁ、こっちだよ。
こんにちは、ヤマト。」
「アラニス、こんにちは。」
ヤマトはアラニスにミレイユに聞いたことを話す。
「御師様もここ以外に入口があるかどうかは把握してないって。
ただ、ダンジョンは広大だから可能性はあるんじゃないかなって言ってた。」
「そうか・・・わざわざありがとう。
可能性がありそうなら探してみるよ。」
「あまり、大した情報じゃなくてごめんね。
ぼくもダンジョンで魔石を集めたいから、そのついでに手伝うよ。」
「たすかるよ。
ヤマトがいてくれると心強いからね。」
そういってヤマト達は地図を見ながら、ダンジョンの奥へと歩いていった。
ヤマトにとって、他人とダンジョンを歩くといった行動はすごく新鮮だった。
アラニスは気さくで、色々なことを話してくれた。
ふたりが友人同士になるには、そこまで長い時間がかからなかった。
意外にも入り口らしきものはすんなりと見つけることができた。
しかし、案の定アラニスは通り抜けることができなかった。
「・・・やっぱり無理?」
「・・・うん、無理だね。
どうやら僕は出れないみたいだ・・・」
アラニスはかなり気落ちしていた。
ヤマトはこういう時に何を言っていいのかわからなかった。
ミレイユの言葉を思い出す。
しかし、初めての友人を見捨てるような選択はできなかった。
陽が沈み始め、そろそろ戻らなければいけない時間が来た。
「・・・ごめん、ぼくはそろそろ帰らなくちゃ。また明日来るよ。」
「ああ、ごめん。こんな時間まで。」
「いいよ。僕は楽しかったし。」
「うん、僕も楽しかったよ。またね。」
「明日になったらまた来るよ。」
ヤマトは名残惜しかったが、ミレイユにあまり心配はかけたくなかった。
その場を足早に去っていく。
その後姿をアラニスはただ静かに見送っていた。
次の日、アラニスは昨日と同じようにそこにいて、ヤマトが近づくと手を振ってきた。
「やぁ、昨日はありがとう。」
「どういたしまして。」
「あのあと君にお礼をするのを忘れてたことに気づいてさ。色々と考えてたんだ。」
「別に気にしてないよ。」
ヤマトは、頭を振って、やんわりと断ろうとした。
「いや、僕の気が済まない。是非ともこれを受け取ってくれ。」
しかし、それでもアラニスは一目で業物だとわかる弓を渡してきた。
黒く金属か木材かわからない物質で作られており、中心には見事な狼の装飾が施されていた。
「これは・・・?こんなすごそうなもの受け取れないよ」
「僕が使っていた父の形見の弓さ。自分でいうのもなんだけど、僕は村で一番、弓が上でね。よく祭りや狩りのときは活躍したんだ。」
アラニスは昔を懐かしむようにその弓を撫でていた。
「そんな大事なものだったら、なおさら受け取れないよ。」
「うーん、そうすると僕は君にあげるものがないんだよね・・・」
「・・・だったら弓を教えてくれないか?明日、家から僕の弓を持ってくるからさ。」
「ああ、それはいい案だ。そうしようか。」
それからヤマトはアラニスから弓を教わることになった。
アラニスの弓の腕前は、控えめにいっても凄かった。
距離など関係なく必ず的の中心にあてる。
ヤマトも人並みに弓を使える自信はあったが、アラニス程使えるようになるとは、到底思えなかった。
アラニスは弓術のコツは呼吸だといっていた。
「自分の呼吸、相手の呼吸、周りの呼吸をすべて感じると、どこに打てばいいか、自然とわかるようになるよ。」
「そういわれても・・・」
ヤマトは途方に暮れた顔をしていたが、その顔をみて、アラニスは笑っていた。
「大丈夫。まずはあの的の呼吸をよむところからかな。ほら、やってみなよ。」
「・・・だめだ。わからない・・・」
それをきいて、ますますアラニスは大笑いしていた。
ヤマトは不貞腐れた顔をしていたが、笑顔のアラニスをみて、自然と笑みが浮かんでいた。
この1か月後、ヤマトはアラニスと同じレベルで弓が扱えるようになる。
たった1か月でそのレベルに達するというのは、異常なことではあったが、この時のヤマトは気づいていなかった。
そしてそれから1週間後、アラニスは自分の境遇について教えてくれた。
「僕の住んでいたところは、帝国の北の山奥にある小さな村でね。1年の半分以上が冬なんだ。」
「帝国はわかるけど冬って何?」
ヤマトは生まれてこの方、死人の都を離れたことがないため、季節を実感したことがなかった。
しかし、アラニスはそんな事情を知ってるので、気にせずに続ける。
「そうだなぁ。・・・とても寒いってことだよ。何もかもが凍えるくらいにね。」
「へぇー。そんなところにいたんだ。」
「うん、妹ふたりと3人で暮らしてたんだ。
かわいいやつらでさ。
まだ小さくてまわりのことは全然理解していなかったけど、僕のことはちゃんと認識してくれてた。
ぼくが近づくと笑顔になってくれてさ。
小さいけど、すごい力でしがみついてくるんだよ。
父さんと母さんは流行り病で死んじゃったから、かわりにぼくがクララとクルルを守っていこうって決めてたんだ。」
アラニスは、昔を懐かしむかのように、穏やかな表情で語った。
しかし、すぐにその表情を曇らせていく。
「ある日ね、帝国のやつらが村を攻めてきたんだ。
僕らは狼人族という珍しい種族で奴隷として価値があるからだと思う。
村のみんなが必死に抵抗したよ。
もちろん僕もね。
しかし、それでも帝国のやつらは強かった。
村の戦士がひとりひとりとやられていって、最後に残ったのは僕だけだった。
しかし、僕も腕をやられて弓が弾けなかった。
結局、さいごは帝国のやつらに取り押さえられてしまったんだ。
そして、僕が最後に見た光景は、泣き叫んでいるクララとクルルが帝国のやつらに連れていかれる姿だった。
僕は何も守れなかった・・・。」
「・・・アラニス。君は・・・」
「うん。ヤマトもわかっていると思うけど、僕はその時に死んだんだ。
なぜここにいるかはわからないけど、それだけはわかる。」
「そっか・・・」
「・・・やはり、あまり驚かないんだね。
・・・・・・僕のことが怖くないかい?
僕はあのスケルトンやゾンビと同じ存在なんだよ。」
「アラニスはアラニスさ。
僕の初めての友達で、弓がうまいやつだよ。
アンデッドとは違うよ。」
「ありがとう。
そう言ってもらえると、とてもうれしいよ。」
アラニスは嬉しそうにほほ笑んだ後、表情を引き締めた。
「この話をした理由は、君に覚えていてほしかったからだ。僕という存在がいたことを。」
「どういうこと?」
「・・・最近さ、体の感覚っていうのかな。
体は動いているのに、僕の意識がなくなっていることが増えてきているんだ。
・・・なんとなくわかるんだよ。僕は僕じゃなくなる。おそらく近いうちにただ動き回るだけのアンデッドになる。」
「!そんな!そうすると、君は・・・!」
ヤマトは驚いた後、ミレイユの言葉を思い出した。
アラニスは遠くを見つめながら、つぶやくように話をつづけた。
「・・・僕はもう以前のように妹たちを守ることができない・・・それに気づいたとき、体の中にあった自分を縛っていた何かがほどけていくのを感じた。
この変化を止めることができない。」
ヤマトは言葉を飲み込んだ。
あまりのショックで何も言うことができなかったからだ。
「きっとそのうち僕の意識は完全に消えて、他のアンデッドと同じように君に襲い掛かるだろう。
・・・だからお願いだ。
僕がそうなるまえに君の手で僕を殺してくれないか?」
そのアラニスの願いを聞いて、ヤマトは聞きたくないというように首を振る。
「いやだ!そんなこと!ぼくにはできない!」
初めての友人を失う怖さからヤマトはわき目も降らず、その場を逃げ出した。
そんなヤマトをアラニスは悲しそうに見つめていた。
読んでいただいてありがとうございます。
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