真相
唇が名残惜しそうにゆっくりと離れる。その間、世界の時間が止まったように俺は立ち尽くした。
伏し目がちにうつむいたエレナに俺は訊く。
「なんで……こんなことを……」
「生きて戻ってきてくれましたのね」
少女の頬に涙が伝う。その一言で俺は悟った。エレナの金色の瞳には俺ではなく俺が映っている。
右手の革手袋を外して俺は手の甲側をそっと少女に差し出した。
月明かりを受けて玉虫色に輝く指輪に、エレナの手がそっと触れる。
「俺が来るのを待っていたのか?」
少女はコクコクと頷いた。その度に涙の雫が落ちる。
「アルフレッド……」
本当の名前を呼ばれて一瞬、ビクリとしてしまう。それは今も国家反逆罪に問われた大罪人の名だ。
訊きたい事がいくつもあって、口が一つでは足りないくらいだ。
「教えてくれエレナ。あの日の……メイティスの卒業記念パーティーの夜に、いったい何があったんだ?」
あの晩、俺の記憶は途切れて次に気づいた時には衛兵に取り押さえられていた。
途中がすっぽり抜け落ちている。
エレナは金色の瞳を満月のように丸くした。
「覚えて……いらっしゃらないの?」
「何をしようとしたのかは後から聞かされた。ずっと謝りたかった。それに指輪を残してくれたことも感謝してる」
王女はうつむいた。暗い影が彼女の顔を覆い隠す。
「本当に何も覚えてないのアルフレッド?」
「ああ……ええと、俺がエレナの事を……だけど聞いてくれ。あれは手違いというか……」
再び心臓が早鐘を打った。右手にじわりと汗が浮かぶ。黙り込むエレナに俺は続けた。
「ジェームスに何か薬を盛られたんだ。それで俺は正体をなくして……すまない」
エレナはバルコニーの低い欄干に背中をもたれさせる。
「そう……でしたの……」
王女の顔から感情がスッと消えた。先ほどまでの涙が瞬きをする間に乾いて、空虚に天を仰ぐ。
「俺はエレナを……汚そうとしたんだよな?」
「違いますわアルフレッド」
「違う? じゃあ何もしなかったのか?」
「それも違うの……」
エレナは膨らんだお腹をそっと撫でる。
心がざわついた。
じゃあ、俺はいったいエレナになにをしていなくて、なにをしたんだ?
エレナは欄干に倒れ込むようにして呟く。
「あの夜のアルフレッドはまるで悪魔にでも取り憑かれていたようでしたわ。とても激しくわたしを……もとめてくれた。そう思っていたのに……」
そのまま彼女は欄干に倒れ込んだ。
「さようなら……アルフレッド」
「エレナッ!」
間に合わない。視界がスローモーションがかって、エレナの白いドレスのスカートがバラの花びらのように開きながら、彼女の身体が欄干を越えた。
今日は少なめで……




