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ダンスパーティーの夜 ~再演~

 今夜はお祭りなのですか? と、薄桃色のドレスに身を包んだ獣人族の少女が辺りを見回した。


 楽団の奏でるワルツに合わせて、貴族のお歴々が会場の中央でダンスに興じている。


 テーブルには豪勢な料理が並び、祝賀ムードが王宮のホールに満ちていた。


 俺も黒を基調とした礼服に袖を通している。両手にやや厚手の革手袋をしているのは、右の小指の指輪をカモフラージュするためだ。


 料理を皿に山盛りにして赤毛の少女――リンゴは楽曲のリズムに合わせて尻尾を振った。


「ご主人様は食べないのですか? とっても美味しいです。リンゴは幸せ者ですから。こんなに素敵なお洋服はもったいないです」


「今は胸がいっぱいでお腹にものが入りそうにないよ。リンゴは遠慮しないで食べてくれ」


「はいですご主人様! 本当はリンゴはお邪魔かと思ってたですが、おそばにいないとご主人様を守れなくて……こうして一緒に連れて来てくださって、とってもとっても嬉しいです」


 リンゴは頬を赤らめて伏し目がちになった。


 獣人族とみれば蔑むような周囲の視線もあったが、俺とリンゴは主賓に直接招かれた特別招待客だ。それが噂となって広まると、リンゴに向けられる奇異の視線も次第に収まっていった。


「そうだリンゴ。食べ終わったら一曲踊るか?」


 リンゴは慌てて首を左右にぶんぶんと振った。


「むむむ無理ですご主人様。リンゴはどれ……ぼ、冒険者ですから。ダンスなんてお姫様がすることですから」


 ステージを眩しそうに見つめる少女の頭を俺はそっと撫でた。


「なんだって挑戦してみないと無理かどうかもわからないだろ?」


 少女は気持ちよさそうに目を細める。


「はうぅ……ご主人様はいじわるです。リンゴがしてほしいことをなんでもわかっちゃうなんてずるいです」


 俺もホールの煌びやかなまぶしさに目を細めて笑う。


 道化の魔人族を撃破してから四ヶ月――


 俺は今や冒険者として上から数えて二番目の階位である六藍冒険者となっていた。子爵位も賜り解放した廃虚の町の城主に奉られてしまった。


 魔人族に憑依して撃破することができる。この能力を最大限活用した結果である。


 合わせてリンゴも四緑冒険者に認定された。この階位まで行けばどこの土地でも腕を見込まれて引く手あまただ。


 俺がもし、ふっと彼女の前から姿を消したとしても……。


 不意にリンゴは山盛りになった料理皿をテーブルに置くと、俺の顔をじっと見上げた。


「ご主人様……なんだか寂しそうです」


「そうか? 別に寂しいことなんてないけどな。リンゴがそばにいてくれるんだから」


 リンゴは困り顔だ。別れが近づいていると悟られるわけにはいかない。


 パーティーは続くが肝心の主賓の二人は、まだ会場に姿を現さなかった。


 エレナとは……いや、エレナ王女とは学園卒業記念パーティーの夜から会っていない。


 事件と自分で言うと心が苦しくなるが、王女は(アルフレツド)が行方不明になってからというもの、ずっと王宮を離れて保養地で静養していたというのである。


 ジェームスとの婚約を祝う今夜のパーティーで、王女からなにか発表があるらしいのだ。


 やっと俺はエレナと接触できる距離にまで近づくことができた。


 穏やかな楽団の曲調が少しテンポの早いものへと変わった。


「踊ろうかリンゴ?」


「え、む、無理ですから! はうぁ!」


 少々強引がだ少女の手を引いてステージ中央に躍り出る。


「大丈夫だよ。リンゴは運動神経が抜群なんだから。俺がリードするし」


「は、はい……です……オメガさん」


 今、彼女はようやく俺をご主人様ではなく名前だけで呼んでくれた。


 嬉しい気持ちも反面、彼女への裏切りに再び心は重たくなった。




 曲の半分ほどでリンゴはステップを完璧にマスターし、あとは音楽に合わせて伸び伸びとダンスを楽しんだ。


 彼女の故郷では踊りはもっと自由奔放なものらしい。だんだんと乗ってきた彼女にこちらが振り回されるくらいだ。


「楽しいですオメガさん! ダンスしてると心が跳ねる感じなんです」


「その気持ちが伝わってくるよ。けど、ちょっと休憩しようか」


 たった一曲で息が上がりそうだ。


 リンゴを連れて壁際にあるソファーに座らせると、俺はボーイに飲み物を頼んだ。


 アルコールではなくリンゴの果汁である。


 氷で良く冷やされた瓶からグラスに二つ注がれた果汁を手にしてリンゴの元に戻る途中、俺は彼女の死角で片方のグラスに無味無臭の粉薬を注いだ。それは混ぜる必要もなくサッと溶ける。


 薬の溶け込んだグラスをソファーにちょこんと腰掛けた少女にそっと差し出した。


「あ、ありがとうございますオメガさん!」


「さん付けもいいよ」


「そ、それはダメです。リンゴはオメガさんを尊敬していますから」


 言いながら少女は俺からグラスを受け取った。


 そして青紫色の瞳を輝かせる。


「ジェームスさんと王女様が結婚したら、オメガさんはどうするんですか?」


「もうあいつに付き合って魔人族狩りをしなくてもいいだろうな。領地に城に領民か……ちょっと俺には荷が重いかもしれない」


「町の運営は他の人にお任せしてもいいんですよね?」


「ああ。名前だけの領主だな」


「じゃあ……もっとリンゴと冒険して……ほしいです」


 ごめんなリンゴ。それはできないんだ。


 俺はそっとグラスの縁を差し出した。


「新しい二人の門出に乾杯しよう」


「か、かんぱいです」


 チンっと音を響かせてから、俺はよく冷えたリンゴの果汁で喉を潤した。


 リンゴが飲みきるのを確認して囁く。


「今日までありがとう。リンゴは人に好かれる良い子だから、俺の事は忘れて……楽しく生きてくれ」


「はえ?」


 間抜けな声を上げた少女のまぶたが、終幕の緞帳のようにゆっくりと下がっていった。


 彼女が眠っている間に、俺は俺の決着をつけるのだ。


 ソファーにそっと少女を寝かしつけ、美しい赤毛を軽く撫でると俺は立ち上がり、独りそっと会場を後にした。

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