☆自作と自演
女道化師が倒れて操られていた両パーティーの手も止まる。
ジェームスが止めを決めたことに、誰もが驚きと賞賛の眼差しを向けた。
金髪碧眼の美少年は安堵の息を漏らし、リンゴも蹴りの手応えに倒したと確信してしまったようだ。
この場にいる全員の気持ちが緩んだ瞬間だった。
突然、地面に転がった女道化師の顔がにんまりと笑い声を上げた。
「あーっはっはっはっは! 残念でしたぁ。アタシって不死身なの」
弛緩した空気が凍り付く。よろけるように女道化師の身体が立ち上がり、自身の首を拾い上げて抱えると、誰もが息を呑んだ。
「それじゃあ殺し合いを再開してもらおうかしら」
あくまで予測だが、女道化師が人間を操る術は彼女を中心とした半径十メートルほどだ。
ジェームスもリンゴもおびき寄せられたのである。
俺は振り絞るように叫んだ。
「全員そいつから離れろッ!!」
「もう遅いわよん♪」
女道化師が首を元の場所に戻すと、操り人形を踊らせるように動かした。
舞踏会のようにジェームスとリンゴがダンスを始める。
二人の意志に関係なく文字通り踊らされていた。
そしてAとBの両パーティーは再び戦いを始め、残されたのは俺とジェームスの護衛となる三名の冒険者だけだ。
が……この惨状に護衛の三人は逃げ出した。その背中を女道化師は遠目に見送る。
「んふふ♪ 生きて戻れるといいわねぇ。このアタシの恐ろしさをせいぜい人間どもに語るといいわ」
人間を操る能力を拡散されても良いと考えるだろうか?
いや、人間に何かしら対策を練られる方がやっかいと考えるはずだ。
わざと逃がしたのではなく、逃がさざるを得なかった。
不死身を装っていても、こいつは万能の神でもなんでもない。
女道化師は指揮者のように指を振るう。
「この金髪クンがリーダーみたいだし、殺すのは最後にしてあげるわん♪ 無謀な挑戦の結果を最後まで見届けてもらうわよん!」
AとBの両パーティーで一人、また一人と倒れていく。俺はそれを見殺しにした。すぐにしかけることもできたが、こらえる。
気の良い人たちだった。リンゴを受け入れてくれた。だが……俺は俺の復讐のためにここにいるのだ。
リンゴが泣きながら声を上げた。
「ご主人様! 身体が勝手に動いてリンゴは……リンゴは逃げられないです……今ならまだご主人様も逃げられます!」
そんなリンゴを置いて逃げるわけにはいかない。彼女の命が危険にさらされるまで俺は待つ。
死の淵に瀕して仲間にも逃げられ、成す統べない男の顔をじっと見据える。
直後にジェームスが吼えた。
「私を救えば大臣でも将軍でも好きな地位をくれてやる!」
ついに本性を現したな。女道化師の魔人族よりも、俺はジェームスの方が怖いと感じた。
金髪を振り乱してジェームスは天を仰ぐ。
まあいいさ。望み通り助けてやろう。
俺は女道化師に「憑依」をしかけた。性別が違おうとも肉体を奪うことができるのは、以前にリンゴと共闘した時にも確認済みだ。
視界が白く染まり、次の瞬間、目の前に乱戦の光景が現れた。
離れたところで黒衣の少年が虚ろな眼差しで虚空を見上げて笑う。
「ふひ! ふひひ! いひ! いーっひっひ!」
俺は女道化師の口から言葉を紡いだ。
「あらあら、あのボウヤったらあまりの恐怖に壊れちゃったみたいねぇ」
元々誇張されたような口振りなので、女道化師を演じるのもそう難しくはない。
俺はAB二つのパーティーの戦闘を停止させた。ともにリーダーは残っているが、Aパーティーの治癒術士とBパーティーの盾役は、すでに事切れたあとだった。
ここで彼らを自由にするわけにはいかない。このまま仲間の死と、互いに殺し合ったことへの憤りや怒りを抱えたままでいてもらうしかない。
リンゴとジェームスのダンスも止めさせる。
リンゴは悔しそうに身震いしたまま、見えない巨大な手に掴まれているような状態で、それでも身じろぎして拘束を解こうとしていた。
道化師の目には見える。
リンゴだけでなく、魔人族を中心とした半径十メートルほどの領域に、無数の目に見えない魔法力の糸が空間を満たすように交錯しているのだ。
平面的なクモの巣を立体化したようにも見えた。この中に入れば誰もが道化師の操り人形というわけだ。
そして、この領域そのものを女道化師は広げようとしていた。
町一つ、国一つ、いずれ大陸一つを支配して、人間で人形遊びをするのがこの道化師の目的のようだった。
魔人族の能力をさらに読み込んでいく。
こいつらは人間の理解の範疇を越えた存在だ。弱点を探ると女道化師の肉体にそれはなく、彼女が手にして操っている人形こそが本体だった。
この人形も手足のように、女道化師の一部なのである。道理で首を刎ねられようと平然としていたわけだ。
殺せる。この魔人族も。
俺は再び道化師の口を開いた。
「さてと……そうねぇ……もう手駒が無くなっちゃった金髪クンにチャンスタイムをあげちゃうわ♪ この中であと一人だけ逃がしてあげる。誰にするかは金髪クンが選んでいいわよ?」
すかさずリンゴが「ご主人様を! ご主人様を選んでください!」とジェームスに懇願した。
俺の非道な正体を純真な少女が知ったら、さぞや失望するだろう。
ジェームスは当然のように言う。
「私を助けろ」
俺は道化師の言葉で返す。
「他の全員を見捨てて自分だけ生き残ろうっていうわけね?」
「当然だ。この場の誰だってそうするはずだ」
普段の慇懃な態度も丁寧な口振りもかなぐり捨ててジェームスは吼えた。
つい、俺は口元を緩ませる。
「ざ~んねんでしたぁ。言ったはずでしょ? 交渉は対等じゃなきゃ成立しないって」
AとB、両パーティーのリーダーの憎しみは、女道化師からジェームスへと向けられる。が、彼らもプロだった。言葉にはせず厳しい視線をジェームスに浴びせかける。
リンゴもジェームスの言葉に失望し、俺の肉体はと言えば。
「あばばばば! あひゃひゃひゃひゃ!」
と、その場で狂ったように笑い続けた。
ジェームスが涙を流す。
「助けてくれッ! 助けて……こんなはずじゃ……誰か……アルフレッド……」
段々と消沈していく声は、最後に俺の名を呼んだ。
なぜお前はそこで、自分が貶めた人間の……ここにいるはずもない男の名前が出るんだ。
瞬間――
乾いた笑いを続けていた俺の肉体が黙り込む。いつもさまよっていた黒曜石色の瞳が、吸い込まれるようにジェームスを見据えた。
普段なら、憑依の最中はだらしなく弛緩してしまうオメガの表情が引き締まる。
そして――
「そいつはお前を救わない」
黒衣の少年はジェームスにそう告げる。
俺の意識は今、間違い無く女道化師の魔人族の中にあった。




