交渉の前提
城塞都市の大通りを抜けると再び城門があった。内部の城郭を守る石造りの壁も一部が崩れており、門も開け放たれたままだ。
死者0名で来ているが、本番はここからである。冒険者の名は危険を冒して進む者だ。
俺を含め、死ぬ可能性を誰も否定はしないだろう。だからこそ成し遂げるだけの価値がある。
五青は六藍に、六藍冒険者は七紫候補になるかもしれない。
そしてジェームスの栄達とは即ち、王女エレナとの婚姻だ。
俺は巨人の魔人族を思い出す。
また、あんなバケモノと遭遇したなら……何人が生き残れるだろうか。
即座に魔人族に「憑依」して弱点を確認し、攻撃を受けてギリギリのところで元の肉体に戻り、弱点を伝えれば死傷者ゼロも可能かもしれない。
と、不意に俺の脇に侍るようについてきていたリンゴの赤毛が逆立った。
「ご主人様……とっても危険な匂いがするです」
魔人族の気配を誰よりも早く察知した少女を見て、ジェームスが合図を送る。
先行するAとB、両パーティーのリーダーが仲間に警戒を促した。
どうやら城門の先の前庭に標的がいるようだ。
黒魔術師が魔法で結界などの有無を調べ、レンジャー技能を持つAパーティーのリーダーが罠を確認する……が、なにも無い。
驚くほど相手は無防備だった。
ジェームスが頷くと一同に告げる。
「どうやら拒まれるのではなく招待されているようですね。進みましょう」
中庭へと走ると、枯れ果てた草木の広がる荒れ地のような庭の真ん中に、白塗りの女道化師が立っていた。
青白いウェーブがかった髪は肩口までの長さで、白地に黒のアイシャドーをしている。まるで絵札の中から飛び出してきたような奇抜な姿をしていた。
木彫りで顔の凹凸もない操り人形を手にしており、器用にそれを動かして紳士がするような一礼をさせる。
「あらぁん♪ ようこそ勇敢なる人間の冒険者様方ぁ」
甘ったるい声に全員が武器や杖を身構えた。
相手は一人。こちらは十八人と多勢に無勢である。
ジェームスが声を張った。
「私たちは王の命を受け、この地の解放に参りました」
「んふふふ~ん。いい男じゃない。けどイケメンだからってなんでも思い通りにはならないわよん?」
魔人族とひとくくりにはできないものだ。巨人の魔人族のような威圧感はない。が、それ以上の不気味さを覚える。
リンゴの瞳が血走るように道化の女魔人族を見据えた。
その視線に応えるように魔人族の女は口元を緩ませる。彼女の手にする操り人形が恐れおののくような動きを見せた。
「あらあら怖い怖い。力尽くなんてスマートじゃないわねぇ」
ジェームスは毅然とした態度のまま告げる。
「この地から離れ二度と近づかないというのであれば、命までは奪いません」
女道化師はその場でくるりと舞うようにターンした。
「そんなの無理に決まってるじゃないのぉ? ようやく支配した領域だもの。あとからやってきて出て行かなきゃ殺すなんて野蛮じゃないかしらぁ?」
「元は人間の国でした」
「ふふん♪ 今はアタシのステージよ? なのにアタシのお客さんをあんなにたくさん殺してくれちゃって」
屍鬼は彼女が作ったようだ。
指揮官ジェームスが視線でAとB、両パーティーのリーダーに合図を送った。
俺も付与術を使う構えをとる。リンゴは状況に応じて遊撃だ。
相手が一人では、逆に全員でしかけても間合いによっては同士討ちになりかねない。
「交渉の余地は無いということですね」
ジェームスの呼びかけに女道化師はニンマリ嗤う。
「当然でしょう? 交渉っていうのは対等に近い立場だからできるものなのに、勘違いしないでほしいわねぇ」
ジェームスが腰の剣を抜くと同時に、AとB、二つのパーティーが左右から回り込むように女道化師を挟撃に入る。
正面を受け持つジェームスの護衛役が大盾を構える。
女道化師が操り人形を怪しく蠢かせた瞬間――
AとBの両リーダーを初めとした冒険者たちが、その攻撃の矛先を互いに向けた。
全員意識はあるが操られるまま、お互いにつぶし合うように戦い始める。
「さあ、アタシのために踊ってちょうだい」
ジェームスが声を上げた。
「双方攻撃を止めてください!」
だが止まらない。
「クソッ! おい戦う相手を間違えてるぞ!」
「そっちこそどういうつもりだ!?」
両リーダーともに互いの得物をぶつけ合い火花を散らしている。
強さにおいても拮抗しているAとBだが、このままでは共倒れだ。
ジェームスが前に出た。
「ならば私が出ます。リンゴさんは援護を。オメガさんは私に力を貸してください」
「わかった」
うまくやれよ……俺。
この混乱の最中、ジェームスを囮にリンゴに力を与えて女道化師を撃破することは……十分に可能なはずだ。
ジェームスの護衛役は大盾を構えた重戦士が黒魔術師と治癒術士を後ろに守る。
金細工の施された名剣を手に、ジェームスが疾風のように女道化師との距離を詰める。
リンゴが後を跳ぶように追いかける。
AとBの混戦の中心を駆け抜ける二人は、道化師の間合いに入った。
俺は道化師の反撃の初動を見極めるため、集中した。
不意に――
道化師の感情の動きを察知した。
まさか魔人族にまで付与術士の感覚が通じるとは思わなかったが、彼女はジェームスにもリンゴにも反撃する気配が……いや、それどころか感情そのものが無かったのだ。
罠と気づいた時には、ジェームスの剣が道化師の首を一刀のもとに刎ね飛ばし、リンゴの蹴りが魔人族の胸に炸裂していた。




