独白と脅迫
曇天が空を埋め尽くした灰色の廃虚に足を踏み入れる。
かつての城塞都市は魔人族の領域と化しており、昼間でも薄暗い。
無人の街並みに一歩進めば、家々の陰から屍鬼が手斧や小剣などの得物を携えて俺たちの行く手を阻んだ。
屍鬼は元は人間だったものが死したのちに、濃度の高い魔法力によって魔物化した者たちだ。
口々に「ううぅ……」「ああぁ……」とうめく姿は、俺が憑依したあとに肉体に残る悪魔にも似ていた。
人間らしい思考は残っておらず、侵入者を殺して仲間を増やすことだけが彼ら行動原理――とは、ジェームスの分析だ。
幸い、一体一体の戦闘力はさほどでもないのだが、腕を切り飛ばした程度ではひるみもせず、首を跳ねても動きを止めることはできない。
金髪碧眼の美丈夫が扇状陣形の要の位置で、冒険者たちに声を張った。
「黒魔導士は火炎魔法で迎撃を! 近接組は足を狙って動きを止めてください! 止めを刺す必要はありません!」
リンゴも並み居る先輩冒険者たちに混じって野生の格闘術で屍鬼を文字通り蹴散らしていた。
赤い稲妻のようだ。しかし――以前に巨人の魔人族と戦った時のような銀髪にはならなかった。
俺はといえばジェームスの隣で従卒のように侍っている。仕事をしていない訳ではない。
冒険者たちを統率しつつジェームスは圧されているところを的確に俺に指示した。
「Bパーティーの前衛が苦戦しています。重剣士に付与術を」
「持ち直したら黒魔導士に回して最後に治癒術士の順だな」
ジェームスはほぅと小さく口を開くと目を見開いた。
「これはお任せできるかもしれませんね」
剣を抜きジェームス自身も戦線に身を投じる。全体を見る指揮官でいれば良いものを先陣を切る勢いだ。
俺が扇の要となって全体に目を光らせることになった。
押し寄せる屍鬼の波状攻撃を予測し、今、もっとも強化が必要な人間を見極めて付与術で強化する。
「こちらに付与術をお願いしますアルフレッド!」
「おうっ!」
俺はジェームスの声に応えて彼に付与術の対象を変更した。
瞬間――
ジェームスと同調すると彼の方から疑念が流れ込んできた。
そして気づく。
俺は今、なんと呼ばれたんだ?
集中力がちりぢりとなり、俺は付与術を維持できなくなった。
すかさずBパーティーのリーダー格がジェームスの援護に入る。
「おい何やってるんだ付与術士! 大将はいいからこっちに寄こせ!」
Aパーティーの前衛の声に我に返って、俺は付与術を怒声を浴びせたその男に掛けなおした。
もともと死体だったようなものだが、城塞都市の道を埋め尽くすように屍鬼が積み重なる。
足と腕を落とされ身動きのとれない魔物たちを、黒魔導士が火属性の魔法でまとめて焼いていく。
治癒術士が屍鬼を検証した結果、心臓部分に大気中の魔法力を取り込む器官らしきものがあると判明した。剣士たちが心臓を突くと屍鬼は霧状に消えて小さな宝石となる。
あくまでジェームスに必要なのは功績であって、冒険で得られる拾得物は冒険者のものだ。
屍鬼の攻撃を受けて傷ついた者を治癒術士が回復させ、手の空いている人間が止めを刺していく。
リンゴも拳打で念入りに屍鬼を倒していった。
「ご主人様の安全を脅かすのはだめなのです!」
お宝よりは俺を守ることを優先しているようだ。
俺は棒立ちである。
さらなる敵襲に目を光らせつつ、碧眼の美少年が俺に訊いた。
「おかしいな話ですね。つい、貴方の事をかつての友人のように感じてしまって……ところでどうして返事をしたのですかオメガさん?」
視線を合わせず俺は淡々と返答する。
「このパーティーに付与術士は俺だけだ。付与術を回してくれと言われたから返事をしたに過ぎない」
ジェームスの視線がこちらに向き直った。
「なるほど……しかし通常ならば付与術を掛ける順番は前衛の次が治癒術士で、最後が黒魔導士というのがベストなはずです。貴方は治癒術士より黒魔導士に先行させましたね?」
「それは敵が単体もしくは少数で精鋭だった時の定石だ。数で押してくる敵なら黒魔導士の範囲攻撃魔法を優先しないとジリ貧になるからな」
ジェームスは口元を緩ませた。
「まるで彼のようです」
「俺とそいつはそんなに似てるのか?」
「似ても似つかないのは外見だけですよ。今度チェスでも一局いかがですか? もっと貴方の事が知りたくなりました」
「あいにくルールを知らないもんでな。悪いが他を当たってくれ」
付与術士の持つ共感する感覚がジェームスの抱いた疑念を察知する。
指輪さえ外さなければ決定打にはなり得ない。
ジェームスは小さく息を吐いた。
「もし貴方が私の友人……アルフレッドだとしたら恐ろしいことですね」
「急に何を言い出すんだ」
「お気に障るようでしたら失礼。ただ、あまりにもタイミングが良すぎる。偶然が重なることはあるかもしれませんが……前にもお話した通り、アルフレッドは冒険者となれば七紫に登り詰めるだけの才能を持っていました。貴方は三黄の冒険者ですが魔人族をリンゴさんと二人で倒した……歴戦の六藍冒険者でも難しいことです。このような天才的な付与術士は二人といないと思うのです」
心の中がむずがゆい。
「俺はそいつじゃないんだ。ここにいない知りもしない第三者の話をされても困る」
ジェームスは掃討戦というには一方的な魔物狩りの光景を見つめてから、小さく首を左右に振った。
「まだ安全が確保できるまで時間がかかりそうですし……もう少しだけ私の独り言を暇つぶし程度に聞き流していただけないでしょうか?」
「断る。俺が受けたのは魔人族討伐の依頼で、宮廷勤めの貴族様の話し相手じゃないんでな」
俺はジェームスを置いてリンゴの元に向かおうとした。
瞬間――
ジェームスが俺の肩を掴んで引くと、顔を吐息のかかるくらいに近づけて、手のひらで俺の頬に触れる。軽く爪を立て引き剥がすようにしたが……無駄だ。
「うわっ! 何しやがるんだ!?」
「変装しているわけではないようですね」
ゆらりとジェームスは一歩下がった。俺は金髪碧眼の顔を指さす。
「さっきからお前、おかしいぞ。で、俺の顔の皮を剥こうとして満足できたか?」
ジェームスは手のひらに視線を落としてから「ええ。これで安心しました」とポツリと呟いた。
「何が安心したっていうんだよ?」
「貴方はアルフレッドではない。これでまた背中を預けて戦えそうです。先ほどは見捨てられたのかと冷や汗を掻きましたからね」
ジェームスは元の柔和な表情に戻る。
「俺がもしアルフレッドだったなら、いったい何が困るんだ?」
再びジェームスは俺との距離を詰めると耳元で囁いた。
「もし貴方がアルフレッドなら、私はきっと彼に……いえ、貴方に殺されてしまうでしょう。彼を罪人に貶めたのは私なのですから」
付け加えて「このことは他言無用でお願いします」とジェームスは締めくくった。
ずっと核心部分にかかっていたモヤが晴れて、視界が拓けたように錯覚した。
やはりこいつだ。俺を地獄に突き落としたのはこの男なのだ。
今すぐここで殺してやりたい。
が、そうはいかないだろう。俺とジェームスの近すぎる不穏なやりとりに、他の冒険者たちが遠目からヒソヒソと噂をし出したのだ。
かつて学園にいた頃、エレナが席を外してジェームスと二人になると女学生たちから同じような視線を向けられたのを思い出した。
早くジェームスにはこの世から退場してもらうより他無い。




