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陰謀と独房

 塔の最上階にある独房で人生最後の夜を迎えた。


 明日、俺は王都の広場で首をくくられる。最後に出された食事は石のように硬いパンと、白湯のようなスープだった。


 一度はパンを手にしてみたが、とても喉を通りそうにない。


 鉄格子の向こうで看守が椅子に座って俺を見張っている。


 髭面の樽のような体型をした大男だ。小指が俺の親指ほどもあり、前世はきっと醜悪なオークだったに違いない。


「食わねえのか。ま、本当ならテメェみたいな明日死ぬ悪党に、飯なんてもったいねぇよな」


「…………」


 鉄のリングがついた鍵束を太い指にひっかけて、看守はぐるぐる回す。男の座る椅子の前には小さなテーブルがあり、俺の私物の入った袋が無造作に置かれていた。


「そのパンだがよぉ、どこぞの孤児院からの差し入れだそうだぜ。ま、届いたのは三日も前だけどなぁ」


 俺はもう一度パンを手にして噛みつく。砂を噛むような食感だ。味はしない。パンの問題というよりも俺自身の味覚の問題だろう。


 だが、食べきった。パーティーの晩から初めて、まともに腹にモノが入った気がする。


「お! 食ったのか。そうだスープも飲めよ。人生最後の晩餐……いや、残飯だなこりゃぁ。野菜くずの汁なんてよぉ。大罪人にはお似合いだぜ」


 看守は立ち上がると鉄格子の前に立って、床に置かれたスープの皿にツバを吐き入れた。


 蹴飛ばして返す。出された時から冷めていたスープが石畳の床にぶちまけられた。


「ハッハッハ! 威勢が良いじゃねぇか。しかしまぁ、テメェみたいな貴族学校に通ってたエリート様が没落するのは、正直見ててスカッとするぜ。ただよぉ、もっと泣き叫んでくれよぉ。この独房塔にゃ見張りはオレしかいないんだ。退屈でしょうがねぇんだよぉ。なあ?」


 でっぷりとした腹をさするようにして看守は続ける。


「ったくツレねぇなぁ。しかしまあ……王女殿下を犯そうなんて、頭がイカレてんのか? 知らなかったじゃすまねぇんだぞオイ」


「…………」


 記憶が無い。が、裁判では“そういう事”にされていた。


 なぜあの晩、魔法学園メイティスにエレナ王女がいたのかについては、特別な公務ということになっている。


 彼女が中庭にいたところ、俺が襲いかかったというのだ。


 俺は級友のエレナの正体が王女だとは言えなかった。言ったところで荒唐無稽と取り合ってすらもらえないだろう。法廷は大罪人への敵意の空気で満たされていた。


 どのみち虚偽の証言という事にされてしまうに違いない。だから俺は沈黙するしかなかった。


 看守は椅子にドカッと座り直す。


「けどまぁ、ヤッちまえばよぉ、テメェも歴史に名前くらいは残せたんじゃねぇか? ついでに王女様を孕ませてたらよかったのになぁ。王族の仲間入りだぜ。残念だったなぁゲッヘッヘ」


 こいつこそ不敬罪で吊されるべきだ。独房に他に誰もいないからと、看守は言いたい放題だった。


 ずっと凍り付いたように何も感じ無かった心がささくれ立つ。


 俺の事は好きに言えばいい。だが、エレナを貶めるような事は口にするな。


「検事局で聞いた話じゃ、テメェだって無茶しなけりゃ上の学校に進学する予定だったんだろぉ? メイティスの卒業資格剥奪に進学も取り消しっと。人生お先真っ暗だな。お! 悪い悪い、明日にはその人生が終わっちまうんだっけな?」


 大あくびをして看守は目をこする。


「ふああああぁ……ま、テメェみたいなゴミクズ野郎がしくじったおかげで、王女様を救ったっていうガキが今じゃ英雄扱いよ。世の中ってのは不公平にできてるもんだぜ」


 寝耳に水だった。俺を捕縛したのは王都の衛兵じゃなかったのか?


「誰だ……そいつは」


 眠そうにしていた看守が目を丸くして、嬉しそうに舌なめずりする。


「おっ! やっと口をきいたか。へっへっへ、知らないのも無理ねぇよな。事件があってすぐは伏せられたって噂話だが、人の口には戸が立たないって言うだろ? テメェが牢屋にいる間に、王都中に知れ渡ったんだぜ」


「誰だと聞いているんだ」


「喋るようになったと思ったら、ずいぶんな口の利き方じゃねぇか。ま、明日の正午にゃ吊されてるんだし、冥土の土産に教えてやるよ。なんでもジェームスとかいう大貴族の三男坊らしいぜ」


「嘘だろ……」


 世界が足下から音を立てて崩壊していくような、どこまでも堕ちて行く感覚に襲われた。


 視界がぐにゃりと曲がるようだ。


 あのジェームスが俺を……いや、俺の中に知らないうちに巣くっていた悪魔(デーモン)が、エレナに牙を剥いてジェームスがそれを止めてくれたんじゃないか?


 これはそうあって欲しいという俺の願望だ。あいつもエレナと同じく俺の友人だから。


 そんなはずはない。ジェームスは良い奴なんだ。


 だが……あいつがエレナに付き従っていたのは、エレナ王女の護衛のためだった。


 看守は楽しそうに笑う。


「ハッハッハ! なんてツラだよ。死ぬより辛いって感じじゃねぇか。そのジェームスとかいうガキはエレナ王女の近衛騎士に任じられたんだとよ。家督を継げない三男坊が異例の大出世ってやつだなぁオイ。ありゃあ国王様にも気に入られて、婚約でもするんじゃないか? そのガキがテメェを告発したんだぜ」


 一瞬、呼吸が止まった。全身が細かく痙攣するように震える。握った拳を石畳の床にたたき付ける。


 ちくしょう……ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!!


 嵌められたんだ。


 思えばあの晩のジェームスの様子はおかしかった。


 俺の飲みさしのワインをエレナが飲もうとした時の慌てぶりからして、薬が盛られていたに違いない。何が俺の中に巣くっていた悪魔だよ。馬鹿野郎。


 三年間、誰よりも正体を隠していたのはあいつだった。最初から俺を利用してエレナに取り入るつもりだったんだ。


 証拠は無いし、在ったとしてもすでに処分済みだろう。獄中からできる事など、何一つなかった。


 違うんだエレナ。全部ジェームスが仕組んだことで……俺を信じてくれ。


「エレナは……どうしてるんだ?」


「呼び捨てなんてまるで自分の女みたいに言うなぁ。死んで当然のクズのクセに」


「教えてくれ……頼むから」


「床が汚れちまっててよぉ。テメェが出てったあとで片付けるのはオレなんだぜ。なあ、そうだ掃除してくれよ。食い物のカスが残らないように、舌で床を綺麗にするんだ」


 できるものならしてみろと看守が目を細めた。


 俺は迷わず床に這いつくばった。

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