旅程と日程
王都から北へと一団が進軍する。冒険者の総数は十八名。俺とリンゴを除けば全員五青以上の冒険者たちだった。
指揮を執るのはジェームスである。一つのパーティーが六名で編成され、それが三隊という構成だった。
これに物資運搬の従者なども加わり、荷馬車五台という大所帯である。
とはいえ軍事行動というには小規模なものだった。
王国に所属する騎士団を初めとした“兵力”を割かない理由は二つ。
表向きの理由は騎士も兵士も国を守るための戦力だということ。
本当の理由はあくまでジェームスの手柄にすることを目的とした遠征であるためだ。
そして五青と六藍の経験豊かな冒険者たちが選考会の末集められた。
冒険者は俺とリンゴも含めて、全員が魔人族討伐経験者である。
俺たちを統率し魔人族を追い詰めジェームスがトドメを刺す。そのためのメンバーだった。
ジェームスが中心となる第三隊は彼をリーダーに治癒術士と黒魔導士に盾役となる重剣士。そして付与術士の俺と武闘家のリンゴという構成になった。
目的地までは三日の旅程だ。それまではパーティーメンバー以外にも従者や馬車の御者などがつく大所帯である。
整備された街道を王都から馬車に揺られて北上し、王国領の北端を目指すのだが……。
他の連中が幌馬車に揺られているのに、俺とリンゴはまるで賓客のようにジェームス専用の客車に同乗させられた。
対面して馬車に揺られて二時間。リンゴは窓の外を見ては尻尾をフリフリと楽しそうだ。
「かかしが五十一人……かかしが五十二人……」
百体まで数えるチャレンジも折り返しだ。
「やっぱり俺とリンゴも幌馬車に移った方がいいんじゃないか?」
ジェームスは小さく首を左右に振った。
「お二人は特別ですから。ところでオメガさん。その手の装備は珍しいですね」
付与術士らしからぬ鍋掴みのようなミトンの布手甲にジェームスの視線が落ちた。
「メインのローブに金を掛けすぎたんで、こんなのしかちょうどいいのが無かったんだ」
ふんわりと曖昧にやりすごす。ジェームスは「そうですか」と呟いた。
これも右手の小指に嵌めた指輪を隠すためだ。装備刷新については強敵と戦うためという理由もあるし、森の中に木を隠す試みは成功したようである。
「良ければ次の町で良い品を見繕いましょうか?」
「いや、結構だ。使い心地も悪くないし、金属製の手甲なんかになると重くてかなわない」
俺はただの冒険者だと自分に言い聞かせ、顔色一つ変えず眉一つ動かさず、多少の緊張は決戦前という言い分で通すつもりだった。
「そうですか。他に必要なものなどあれば遠慮無く言ってください」
「ありがとう。本当に大丈夫だから」
お前の地位と名誉と命のどれか、もしくはすべてを奪いたい気分だ。
装備を買い与えようとしてくるとは……油断ならない。思えばジェームスは学園にいた頃から、面倒を看たり世話を焼こうとしてくる性格だった。
あれは相手を想っての行動ではなく、あくまで相手に良い印象を与えるための工作に過ぎない。
それとも俺に気づいたのか? いや、そうとは限らない。罠をしかけて待っているのはジェームスの方? いやいや
疑心暗鬼で吐き気を催した。
「すまない。ちょっと馬車を停めてくれ。長く乗るのに馴れてないんだ」
「わかりました」
御者に声をかけて馬車を停めさせる。と、他の馬車もその場で停止した。
俺一人のために十分ほど休憩を挟むこととなった。こういうのはなんとも申し訳ない気持ちになる。
客車から降りると草原を風が吹き抜けて緑が波打っている。
その遥か先に魔法力濃度の高い灰色の大地が広がり、かつて人間の国があった廃虚を根城にする魔人族の領域がある。
支配者たる魔人族を倒せば、その土地の魔法力は減少し魔物もいなくなるのは、俺も巨人の魔人族との戦いで経験したことだ。
隣にリンゴが寄り添うように立って、ハンカチで俺の額の冷や汗を拭う。
「風がとても気持ちいいですご主人様」
「そうだな。リンゴの故郷にもこんな風が吹いていたのか?」
「もっと水の匂いがする風です。ここはとっても涼しいです」
新大陸の気候は俺の想像を超えているようだ。
「帰りたいと思うか?」
リンゴはフルフルと首を左右に振る。
「リンゴの居場所はご主人様の隣です……はっ!?」
目を丸くすると赤い尻尾がうなだれた。
「どうしたリンゴ?」
「リンゴがご主人様の隣なんて……お、おそれおおいです。三歩後ろについていきます」
手で口を隠すようにして頬を赤らめ少女はうつむいてしまった。
「いいよ隣で。いや、隣がいいんだ。これからも俺のそばにいてくれ」
リンゴには奴隷という意識を早く改めてほしい。と、思ったのだが――
「は、は、恥ずかしいですご主人様!」
跳ねるように馬車の客車の方へと駆けていった。
これからもそばにいてほしい。なんて軽率だったかもしれない。
俺も振り返り客車に向き直る。
金髪碧眼の少年が涼やかな笑みを浮かべていた。
「落ち着いたようですね」
「ああ。もう大丈夫だ」
再び馬車の隊列は動き出し、その日の夕暮れ前に最初の補給地となるパームの町にたどり着くのだった。
王都を出て三日――
灰色の地に到達する手前で前哨基地として野営地が設けられた。
俺とリンゴも設営の手伝いをしたのだが、小柄な少女らしからぬ膂力にみんな驚かされる。物資の運び込みをせっせと行うリンゴに誰もが好感を抱いた様子で、それがなぜだか嬉しかった。
一方俺はと言えば力仕事は全然である。
テントの天幕張りなどしてみても、不慣れで先輩冒険者たちに迷惑を掛けっぱなしだ。
キャンプの準備が整うと、従者たちは一旦最寄りの町へと引き返していった。
明日から探索が始まる。
魔人族の従える魔物との戦闘と、魔人族討伐を目的としているが……焚き火を囲む冒険者の輪の中で、俺の目的だけは違っていた。




