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選択は一択

 そして――


 ジェームスから騎士と同じ扱いとなる準貴族の称号――士爵章を授与された。


「せっかくですから着けて差し上げますよ」


 俺の正面に立ち金髪碧眼の少年は俺の襟元に星型の襟章を留める。


 この距離なら首を絞め返せるところだが、残念なことに腕力では俺に勝ち目がない。


 ナイフがあればこの距離なら不意打ちで心臓を一突きにもできるだろう。


 心配そうにジェームスは俺の顔を見つめる。


「どうしました? 震えているようですが?」


「光栄の至りってやつで身震いが止まらないんだ」


「それは結構。では良い返事を待っていますね。討伐隊結成は一週間後となります」


 言い残すとジェームスは部屋を出た。多忙らしくこれから王宮にとんぼ返りして、魔人族討伐隊編成の準備に入るらしい。


 ラポートの冒険者ギルドにも参加要請をしたというので、近々依頼掲示板に討伐任務が追加されるだろう。


 仇敵が去ってようやく俺の手の震えは収まった。


 メイド服姿のリンゴがハンカチを手にして、手を伸ばすと俺の額や頬の汗をぽんぽんっと優しく拭き取る。


 それから窓を開けて部屋に外の風を入れた。


「ご主人様、これで涼しいです」


「ありがとうリンゴ。助かるよ」


 窓の前でくるんとターンをしてから、リンゴはうつむき気味で呟いた。


「リンゴはご主人様とならどこへでも行くです。だけど……」


 気が抜けて足腰からも一緒に力が抜けた俺は、どさりとソファーに腰を下ろした。


「だけど……なんだ?」


「リンゴは今がとっても幸せで、これ以上の幸せはもったいないです。魔人族と戦って勝てばご主人様はもっと偉くなるですけど、負けたら……も、もちろんリンゴが命にかけてもご主人様だけはお守りするです!」


 自身の弱気を吹き飛ばすように少女は尻尾をピンッと立てた。


 止めるなら今だと言われているようだ。


「リンゴは俺にはもったいないな」


「……?」


 俺の言葉の意味がよくわからないのか、獣人族の少女は首を傾げて赤毛を揺らす。


 彼女の忠義を俺は利用している。一介の冒険者としてリンゴとともに歩む道もあるだろう。


 だがジェームスと対面した今、俺の心の天秤は深く復讐に傾いた。


 あの男のためにしばらく尽くそうじゃないか。伴に戦い夢を語り合う。そんな仲になろうじゃないか。


 今度は俺があいつを裏切る番だ。


 幸せの絶頂、頂点に立ったその瞬間にあの男の背中を押して突き落とす。


「なあリンゴ……今回の討伐隊参加の件なんだが受けようと思う」


 リンゴが顔を上げた。涙目になりながら俺に気取られまいと笑顔を作る。


「はいです! 全力でご主人様のお手伝いしますです!」


 拳を軽く握りこみ、両脇をしめるようにして少女はぴょんっとその場で跳ねた。


 押し出されるような格好になって揺れる胸につい視線が行ってしまう。


「装備も強化しないとな。リンゴはその……まだまだ無防備だから」


 再び少女は不思議そうに首を傾げるのだった。




 首尾を報告するため一階の中央受付にやってきたのだが、依頼掲示板前を中心にえらい混みようだ。


 王宮からやってきた使者を一目見に来た野次馬の残りやら、新たに張り出された魔人族討伐依頼に応募をしに来たのだろう。


 そんな冒険者たちが水を打ったように静かになった。


 俺の襟元に輝く士爵章に誰もが注目している。


 あっという間に三黄の階位に上がっただけでも目立つのに、加えて準貴族の仲間入りだ。


 メイド少女まで連れていては、因縁をつけてくださいと言っているようなものだが――


「おいコラ士爵様のお通りだぞ道空けろやぁ!」


 俺とリンゴが巨人の魔人族から得たアメジストを鑑定に持ち込んだ時、別棟の入り口を三人で塞いだガラの悪い連中が、なぜか俺の取り巻きのように人混みを割って道を譲らせた。


「いや礼には及びませんってオメガさん。あんたやる人だと思ってましたよ」


 腰の低いリーダー格に一瞥もくれず、礼も言わずに俺は進む。リンゴはバカ丁寧に「あしがとうございますです」とちょこんとお辞儀をした。


「いえいえお嬢さん! 何か困ったらいつでも言ってくだせぇ!」


「大丈夫です。ご主人様にはリンゴがいますから」


 えへんと少女は胸を張った。たわわな水蜜桃を誇らしげに揺らすリンゴに「構うな。行くぞ」と声をかける。


 しかしまあ、強者に媚びるのが処世術なのかもしれないが、手のひら返しもここまでくると清々しくすらある。


 もちろんお近づきになるつもりはないが。


 俺が受付カウンターにつくとヒルダが困り顔で応対した。


「なんだか大人気ですねオメガさん。この注目度はまるで七紫冒険者が来たみたいな感じですよ」


「七紫ってそんなにすごいのか?」


「ええ、王国に七人しかいませんから。領地を安堵されて貴族になられていないだけで、英雄ですし……と、まだまだ新人の三黄冒険者さんなオメガさんとしては、こんなことで満足しちゃいけませんね」


 眼鏡のレンズをキランと光らせヒルダは笑う。彼女も俺に期待してくれているのかもしれない。


「ああ、その通りだ。だから使者からの申し出も受けることにした。ところであいつ……ええとジェームスさんは?」


「先ほど馬車で王都に向けて出発しましたよ。女性の冒険者の黄色い声援で大変だったんですから。あとオメガさんの個人口座に巨人の魔人族撃破の報奨金も入金されてます。良かったですね!」


 華があっても仕事は手堅くそつがない。学生の頃から変わらないな……あいつは。


 ヒルダが小さくうつむいた。


「後押ししておいてこんな事を言うのもアレなんですけど、オメガさん、リンゴさん……本当によろしいんですね」


 リンゴは「ご主人様についていくのです」と迷いなど欠片もない。


「厳しい挑戦になるのは解ってる。それでもこのチャンスは活かしたいんだ」


 精鋭冒険者とともに魔人族に挑む。もし参加して全滅でもしようものならジェームスと死なば諸共。だが、俺が参加せずに討伐に成功となるのは一番まずい。ジェームスの功績が認められ、エレナとの婚姻の話が実現しかねない。


 同行して成功しジェームスの信頼を得ることが最良だが、もし同行して失敗しそうな時には「憑依」を使ってジェームスを殺す。あの夜の真実を知る術はなくなるかもしれないので、最終手段だ。


 どのみち、参加しないという選択肢は無い。


 俺はヒルダに告げた。


「手続きを頼みたい。それと決戦に向けて装備の調達をしたいんだ。王国からの報奨金を引き出せるだけ引き出したいんだが……」


「小さな家くらいなら買える額ですけど、いいんですか?」


「どのみち死んだら使い道がないだろ。招集まで満足に寝食できる一週間分が手元に残ればいい」


 ヒルダは無言で頷くと、俺の覚悟を受け止めてくれた。




 たった一度の戦いのためにつぎ込む軍資金としては潤沢すぎるのだが、俺は身体能力の低さを補い防御を高める高品質な魔法の法衣を購入した。


 リンゴは着心地が悪いと嫌ったが、聖銀製の鎖帷子を着せることにする。手甲と具足もより軽く高強度なものに買い換えた。


 伴に三黄と一紅の冒険者が持つような装備ではない。五青上位から六藍の下位が使うものである。


 残りの時間はリンゴとの連携を魔物狩りをしながら“確認“した。


 一週間に満たない時間でいきなり強くはなれない。今、俺とリンゴができることを一つ一つ丹念に当たっていく。


 こうして瞬く間に招集の日の朝を迎えた。

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