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決意と決断

 獣人族の少女のあたふたっぷりにジェームスは楽しげに目を細めた。 


「挨拶はメイドらしかったですが、どうやら本職は冒険者のようですね」


「ああ、ちょっと色々あってな」


「獣人族のようですし元奴隷といったところでしょうか」


 王都の人間ならそう考えるのも自然な事だ。


「前の所有者が事故で亡くなって、その場にいた俺が保護したんだ」


「なるほど。お優しいですねオメガさんは。ところで冒険者ギルドからいただいたプロフィールによると付与術士との事ですが、どちらで学ばれたのでしょう?」


「自己流だよ」


「では素晴らしい才能の持ち主ですね。魔人族を撃破するほどですから」


「付与術士なんて誰かに寄生してなきゃただの人間だ。すごいのは俺じゃない。実際に魔人族を倒したのはリンゴなんだよ」


「謙遜なさらずともいいんですよ。しかし……どこか似ていると思いましたが私もどうかしていたようです」


 金髪を手櫛で前髪から掻き上げてジェームスは再び溜息をつく。


「さっきから誰の話かわからないんだが」


「そうですね。かいつまんでお話いたします。つい先日まで私は学生でした。同級生にとても優秀な付与術士がおりまして、彼とあと……もう一人、仲の良い少女と三人でよくつるんでいたのです」


 テーブルの下で膝の上に置いた右手の拳をぎゅっと握り込む。


「その付与術士がどうしたんだ?」


「ある事件を起こして消えてしまったんです。噂は王都で持ちきりなので隠しても仕方ありませんが……さる高貴な立場にあらせられる方を、彼は襲ったのです」


 飲み物に細工をしてお前が襲わせたんだろう。


「高貴な……ねぇ」


「私が駆けつけ彼は衛兵に取り押さえられました」


「それで高貴な方はどうなったんだ?」


「ご無事でしたよ」


 一瞬、ジェームスから動揺の感情を俺は受け止めた。付与術士の感覚をもってしても、常に自信に満ちあふれていたこの男から感じた事がないものだ。


「そうか。それでその付与術士はどなった?」


「裁判の結果、極刑を言い渡されました」


「死んだのか?」


「それが……どうやったのかはわかりませんが、牢獄の看守が手引きをしたのか処刑の前日に脱獄をしたようです。それから彼は煙のようにフッと消えてしまいました」


「人間が消えるわけないだろう」


「それが痕跡も残さずに本当にフッと消えてしまったようで。彼の立ち寄りそうな場所も捜索したと報告があがっていますが見つからず、王都の警備網の目をかいくぐり、どこかへと逃げおおせたのでしょう。もしかすれば新大陸に渡っているかもしれませんね」


 苦笑いを浮かべるジェームスに俺は「そうなるとお手上げだな」とだけ返す。


 一瞬、ジェームスの眼差しが鋭くなった。


「そう……彼が消えたあとなのですよね。付与術士の貴方がラポートの冒険者ギルドに登録をしたのは」


「偶然ってのは恐ろしいもんだな」


「控えめに言って、私の知人は天才でした。彼は付与術士として歴史に名を残すほどの才能の持ち主だった。貴方も付与術士ですから気づいていないかもしれませんが、凡人がどれほど努力しようとも、付与術は備わらないのです」


 遠い目をしてジェームスは呟く。


「そんなにすごいヤツだったのか?」


「ええ。本人に自覚はありませんでしたが、冒険者になっていれば七紫になることは間違い無かったでしょう」


 俺をそこまで評価していたのか?


 碧眼の美丈夫は咳払いを挟んだ。


「失礼。少々語りすぎてしまいました。本日の主役はオメガさんだというのに」


「いや、構わないさ。しかしそんな才能のある人間でも死刑になるなんて、よほど悪人だったんだな」


「…………」


 饒舌なジェームスが黙り込む。


「どうしたんだ?」


「……いえ、なんでもありませんよ」


 妙な沈黙が部屋に充満したところで、ドアが外からノックされた。


「お待たせしたです! 紅茶とお菓子をご用意したです!」


 口元からヨダレを垂らしつつ、銀のカートにカップとティーポットを載せて部屋に戻ってきた。


 ほかにマドレーヌにスコーンとサンドイッチが順に盛り付けられたケーキスタンドも用意されていた。リンゴのヨダレの原因はこれだろう。


 さすがに会合の場なので、彼女には我慢してもらうよりほかない。


 が、ジェームスは紅茶のセットをテーブルに用意するリンゴに着席を勧めた。


「ご一緒にいかがですか?」


「ああ、あのえっと……」


 リンゴがチラチラとこちらに視線を送ってくる。


「せっかくだからご厚意に甘えていいぞ」


「はいです! ありがとうございます!」


 すでにリンゴがメイドではないことはジェームスも知っている。


 が、リンゴの口から俺の正体などが明かされることはない。


 彼女自身が俺に憑依された時の事も、俺が巨人の魔人族に憑依して彼女を逃がそうとした時の事も、二人だけの秘密と口裏を合わせてある。


 不器用なリンゴだが、例え拷問されようとも彼女が口を割ることはないだろう。


 ジェームスはリンゴに魔人族との戦いについて質問を始めた。


 俺は左手でカップを持ち紅茶を飲む。


 それを見てかどうかはわからないが、ジェームスも同じティーポッドから注がれた紅茶に口をつけた。


 ケーキスタンドのお菓子と軽食は用意したリンゴの胃袋に収まり、獣人族の少女からジェームスは魔人族の巨人との戦いについて話を聞き終えると、俺に向き直った。


「どうやら彼女は特別なようですね。そして付与術士としての貴方の実力も、自己流とは思えないほど優秀なようです」


「お褒めにあずかり光栄ってやつだな」


 王国からの使者ジェームズにとって付与術士オメガの印象は上々なようだ。


「そこでいかがでしょうか……もしお二人さえよろしければ、別の魔人族討伐に力をお貸し願いたいのです」


 来た。魔人族討伐の依頼である。が、すぐには食いつかない。


「待ってくれ。俺もリンゴもあの時は幸運に救われたんだ。三黄と一紅の冒険者が魔人族討伐なんて無理があるだろう」


「巨人の魔人族討伐は六藍にも匹敵する功績ですし、その幸運を私にも分けていただきたいのですよ」


「私って……ジェームスさんも討伐隊に参加するのか?」


「ジェームスで結構です。王都の冒険者ギルドにて腕利きを募集しているところです」


「なんで王宮の偉い人間が前線に出るんだ?」


「私にも大きな功績が必要なんですよ。今よりももっと上に行くために……」


 エレナとの婚約の噂はまだ噂のままだ。


 正式な発表がない理由は、ジェームスに王女と婚姻を結ぶだけの実績や功績がまだ無いとみなされているからだろう。


 ジェームスに力を貸し、魔人族討伐を成功させれば噂が現実のものになるやもしれない。


 どうする……この誘い。のるかそるか。

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