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邂逅と会合

 俺は背後で手を組むと右手の小指に嵌めた指輪をくるりとまわして宝石を手のひら側にして握り込む。


 ジェームスは「楽にしてください」と、部屋の中央に置かれたテーブルと椅子に着くことを俺に勧めた。


「いえ、このままで」


 俺は立ったままじっとジェームスの顔を見据える。


 あの事件から二ヶ月も経っていないだろうか。


 服装こそ学園の制服から仕官のような白い礼服になったものの、金髪碧眼の美丈夫にさほど変わりは無いようだ。


 俺などかつての面影は微塵もない。


 心の中で溜息が漏れる。


 かつての友人の腰に剣がなかった。学園一の剣術使いだったお前らしくもない。心臓を貫けば治癒術士でも蘇生は困難だろう。


 ジェームスは「では、もう少し前に出てきてください」と俺に命じた。


 三歩前に進む。


 部屋の奥にはバルコニーのついた大きな窓があった。


 二階である。仮にジェームスに憑依して飛び降りても、よほど打ち所が悪くない限りは致命傷になどなり得ない。


「どうかされましたかオメガさん?」


 怪訝そうにジェームスは首を傾げた。


「いえ……あの……王国からの使者と伺ってましたが、ずいぶんと若いんだなって……」


「心配なさらずとも本物の使者ですよ」


 部屋の隅には陶器製の花瓶があった。ヤマユリが飾られている。


 憑依したらあの花瓶で頭蓋骨を粉砕してやろうか。いや、やはりガラスだ。窓を突き破って飛び降りガラス片で自ら首をかっ切れば事故死に見えなくもない。


 いやダメだ。俺との会合中の不審死だと俺が疑われる。


 俺だけならいい。リンゴはどうなる?


 そもそも今、この殺意を実行に移すべきではないのに、ジェームスの顔を見ていると次々とアイディアが湧き上がった。


 俺の心の中にある黒い泉は殺意の間欠泉のようだ。


 俺の背後で赤い尻尾が揺れた。


「ご主人様? 顔がとっても怖いです」


 少女に言われて我に返る。俺の目的はジェームスからすべてを奪うことだった。


 命を奪う。ほぼすべてを奪うのと同じ意味を持つかもしれないが、生きたまま苦しみを背負わせる方法だってきっとあるに違いない。


 この感情はなんだろうかとずっと考えていた。


 あの夜――


 卒業記念パーティーの時まで、俺はジェームスを信頼していたのだ。


 好きだった。エレナと同じくらいに。


 好意と尊敬があった。裏切られ見捨てられ踏み台にされたと知った時、全てが裏返り憎悪へと転じたのだ。


 俺と同じ苦しみを味合わせる方法があるとすれば、ジェームスにオメガという冒険者を信頼してもらうのはどうだろうか。


 心の中の黒い泉の沸騰は収まり、静かに波一つ立たぬ鏡面のような水面になった。


 俺はリンゴを紹介する。


「彼女はリンゴといいます。新米のメイドで彼女自身も一紅冒険者です」


 リンゴは両手でエプロンドレスの裾をつまみ上げるようにして、足を後ろに回し膝を軽く曲げてみせた。


「素敵なお嬢さんですね。赤毛がとても美しい」


 いきなり口説き文句から入るのもジェームスは変わらない。エレナを護衛するために演じていたのではなく、この男は元から女性に対してこうなのだろう。


 リンゴは困り顔で「ありがとうございます」と呟いた。今日に限っては尻尾をブンブン左右に揺らされては困るのだが、らしくもなく耳も尻尾もジェームスを前にしてぺたんとしたままである。


 リンゴの心のざわつきを付与術士の感覚がかすかに捉える。


 どうやら若干、引いているようだ。


 ジェームスの視線が俺に向き直った。


「オメガさんは赤毛がお好きですか?」


 突然何を言い出すんだこの男は。が、俺の後ろでそわそわするリンゴもいる手前、嫌いだとは言えなかった。


「ああ……じゃない。はい。綺麗だと思います」


 国王の名代はフフッと笑った。


「どうやら年齢も近いようですし、かしこまらずいつも通りの口振りでお話ください」


「そういう分けにはいかないでしょう。使者様が丁寧なのですから」


「この喋り方はある貴人にお仕えし続けて、すっかり板についてしまったものですから私のことはお気になさらずに。しかし……そうですか。赤毛が好きな付与術士ですか……」


 一瞬、背筋が寒くなった。俺は三黄冒険者としか言っていないが、冒険者ギルドから情報はジェームスの手に渡っているらしい。


「何か問題でも?」


「いえ別に。ただ、色々と偶然が重なるものだと思いまして」


「そう言われると余計に気になるんだが」


 つい普段の口振りで本音が漏れる。と、ジェームスは驚いたように目を丸くした。


「不思議なものですね。見た目は違うのに声や雰囲気や喋り方が、私の良く知る人物に似ているもので」


 しまった。が、ここで余計な行動を取れば余計に怪しまれかねない。俺はテーブルの席に着いた。


「今日は叙任を受けるだけのつもりだったが、その知人とやらの話が気になるな」


 ジェームスも対面の席に座る。


「そうですね。叙任といっても儀式があるわけでもありませんし勲章をお渡しするだけですから……お嬢さん、紅茶を用意していただけますか?」


 ジェームスはリンゴに優しくお願いする。


 かつて飲み物になにかを入れられたお返しに、毒でも盛ってやりたい気分だ。


「頼むよリンゴ」


「ご、ごごごご主人様!? わかったですやってみるです! 紅茶をお持ちするです!」


 メイド歴一日未満の見た目だけメイドには達成が難しい依頼だな。


「困ったら執事のバートンさんに相談してみてくれ」


「は、はいです! 行ってきますです」


 ヒルダには悪いが彼女の執事に手伝ってもらうことにしよう。


 尻尾を振りながら戸口でこちらに向き直って一度ちょこんと会釈をすると、慌ただしくリンゴは部屋を出た。

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