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成功と再会

 俺は手に入れた“巨人のアメジスト”を王国に献上すると決めた。


 あくまでヒルダの見立てだが、士爵位に任ぜられるまで早くて二週間ほどだそうである。


 諸々の手続きは冒険者ギルドが代行してくれるとのことだ。が、当座の活動資金が底をつきかけている。


 せめてリンゴに満足な衣服を買ってやりたいと悩んでいると、ヒルダが用立ててくれた。


 正確には無利息でギルドが貸してくれた……である。


 国からの報賞が出るのは間違い無いため、今回だけの特別措置だそうな。


 ギルドに併設されている公衆浴場でリンゴを風呂に入れさせた。もちろん男女別なので一人行かせるのは心配だったのだが、なんとヒルダが一緒についてくれたのだ。


 二人が湯浴みを終えるまで、俺も男湯でさっぱりと汗を流した。


 リンゴが纏っていたぼろ布の代わりに、ヒルダがお下がりのドレスをくれたのだが……胸元がぎゅうぎゅうなので早急な対応が求められた。


 すぐにラポート市街にある、冒険者向けの品物を扱う武器防具店にて、リンゴの装備一式を取りそろえる。


 限られた予算の中からショートマントに旅人の服とブーツを購入した。色は淡い草色を基調にアースカラーでまとめた地味目でまとめる。


 ここでもサイズ的に収まりきらない胸が少々誇張される結果となった。


 胸の辺りがパンパンに布地が張ってしまって、リンゴも「さっきより苦しくないけど、ちょっと小さいかもです」と困り顔だ。


 下着と上着を仕立て直してもらうのに少し時間がかかった。


 武器は購入しない。格闘戦を得意とする彼女が拳や足のスネを痛めないよう、手甲と具足を買い足して買い物終了だ。


 これで所持金の大半が再び吹き飛んでしまったのだが――


「お風呂にいれてもらっただけでもリンゴは幸せ者なのに、ピカピカなのです! マントも素敵です! ご主人様は神様ですか?」


「俺はただの人間だよ」


 店の前の通りで彼女はくるんとターンしてみせた。


 襟元につけた新品の一紅の冒険者章が輝く。


 服のお尻の上あたりから、尻尾が出るよう仕立て直してあった。ショートマントが花の花弁のようにふわりと開いて、胸がぶるんと大きく揺れた。


 獣耳をピンッと立てて無邪気に笑うリンゴに不思議な安堵感を覚える。


 小柄な赤毛の少女が一瞬――同級生のエレナと重なった。


「あ、あ、ありがとうございます。リンゴは感謝を示したいです。いいですか?」


「あ、ああ。構わないけど」


 言った途端に少女は俺に向かってジャンプすると正面から飛びかかるように抱きついた。


 そして胸をぎゅっと俺の胸板に押しつけながら、俺の頬を舌でぺろぺろと舐めだす。


「ぺろぺろぺろれろれろれろれろありがとうございますご主人様ぁれろれろれろ」


 まだ日も高く道行く人々の視線が俺に突き刺さった。


「落ち着けリンゴ。わかったお前の感謝は十分に通じたから」


「足りませんです! いくらお礼をしてもご主人様には足りませんですからぁ!」


 ぺろぺろ攻撃が終わると、少女は胸で俺の顔を包むようにギューッと抱きしめてくる。


 風呂上がりのせいか甘い香りが鼻孔をいたずらにくすぐった。


 いけない。俺も男には違いないのだ。下半身に血が流れていく。


 と、不意に少女は大人しくなった。


「リンゴに素敵な名前をくださって、こうして服もくださって……人として認めてくださって……本当にありがとうございますご主人様」


 鼻声になって泣き出しそうな彼女をそっと地面に降ろすと、俺は前髪から後ろに流れるように頭を撫でた。長い獣耳の先までするすると手のひらで撫であげる。


「ひゃん! ご、ご主人様そんな……気持ちいいです」


 泣き出しそうな顔のまま少女は頬を赤らめる。尻尾をピンと立ててブルリと背筋を震えさせた。


 このまま復讐を忘れてリンゴと伴に生きる人生もあるのかもしれない。


 俺がいないと悪いやつに利用されてしまいそうで不安になった。


 まあ、そんな奴らよりも俺の方がよっぽど悪人には違いないんだが……。


 そう思った所で、少女のお腹がぐうううっと鳴った。


「飯……行くか。二人で食べるのはなんだか久しぶりだな。リンゴの食べたいものがあれば教えてくれ」


 財布がますます軽くなるが、それも仕方ない。


 町に戻ってすぐ治癒術士にかかったのだが、リンゴは元から回復力や自然治癒力が人間とは比較にならないほど高いらしい。


 そのぶん燃費もよくないようで、冒険者ギルドで食べた果物の盛り合わせはすっかり消化されてしまったようである。


 リンゴは再び俺に抱きついた。青紫色の瞳を輝かせる。


「ふ、二人で!? 温かいご飯をご主人様と一緒に食べてもいいですか? ど、奴隷なのに……そんな……も、ももももったいないです」


 何度言っても彼女は俺の奴隷と言ってはばからない。もうこちらも諦めの境地だ。


「ああ、いいぞ、リンゴは特別だからな」


「はうぅ……死んでもいいです」


 大げさなやつだ。


 リンゴは肉類が食べたいというので、今夜の宿代を残してぱーっと散財することにした。




 翌日から薬草取りの仕事を始める。


 これまで俺一人では行けなかった森の奥へも、リンゴが道を切り開いてくれた。


 俺が付与術で強化したリンゴは一紅冒険者とは思えない強さである。


 かつて殺され掛けた巨大猪(ワイルドボア)も、リンゴにかかれば一撃だ。


 一紅冒険者が入り込めない森の奥地で、手つかずのグリーンリーフの群生地を発見した。


 他にも高く売れる茸類がどっさりと手に入り、魔物を倒して得た素材と合わせて初日にして一週間以上、美味い飯とふかふかのベッドを利用して釣りがくる稼ぎになる。


 何もかもが順調だ。


 リンゴは戦うほどに戦い方を編みだし、俺の付与術が途切れるタイミングで引くことを覚えるまでに至った。


 リンゴの強さは冒険者ギルドでも噂になり初め、俺が三黄に昇級したこともあって変な連中にも絡まれなくなった。


 が、俺たちに声を掛けてくる冒険者はむしろ増えてしまった。


 他のパーティーからの誘いが次々とやってくる。俺が魔人族を倒したという話はヒルダが箝口令を敷いてくれたのだが、近々王宮から使者がやってくるという情報は、その準備をするギルド職員たちの口から冒険者にも漏れ伝わっていたようだ。


 異例の三黄昇級から推測すれば、王宮からの使者が誰に会いに来るのか答えは半分見えたようなものだ。


 俺とお近づきになって王宮の人間に顔を覚えられようものなら儲けものと、考える輩がいてもおかしくはない。


 余計なトラブルに巻き込まれるのを避けるため、パーティー参加の誘いは全てお断りした。


 そして「憑依」能力を使うことなく、瞬く間に二週間が過ぎ去ったのである。


 今日も魔物狩りと薬草採取を終えて冒険者ギルドに戻り、換金を済ませると受付のある中央ホールでヒルダに呼び止められた。


「ああ、よかった。お二人とも今日もばっちりだったみたいですね」


 受付カウンターにリンゴが駆け寄って尻尾を振る。


「はいです! ばっちりご主人様をお守りしたです」


「リンゴちゃんはとっても偉いですね」


 ヒルダに頭を撫でられてリンゴは目を細める。すっかり二人は仲良しというか……時折姉妹のようにも見えてしまう。


 俺もリンゴを追って受付の前まで行くと、ヒルダが眼鏡のレンズをキランと光らせた。


「オメガさん……明朝、王宮からの使者が到着するそうです。先方は王宮の方ですから、正装なさると印象も良いと思いますよ。特にリンゴちゃんはドレスを着るといいかもしれません」


「堅苦しいのは苦手なんだが……」


「貸衣装の手配はしておきますので安心してくださいね」


 金髪を揺らしてギルド長……もとい、受付嬢はニッコリ微笑む。


 こちらからお願いする前に、至れり尽くせりでありがたい。が、ヒルダはきっちりくぎを刺してきた。


「くれぐれも失礼の無いようにしてくださいね。国王様の名代としていらっしゃるわけですから」


「ああ、わかった。だがその場合だとリンゴを同席させるのはまずいかも……」


 リンゴは俺に側面からガバッと抱きついた。


「ご主人様のそばがいいです! 離れたくないです! お風呂だって本当はいっしょがいいし、寝る時もご主人様はいつもソファーだし、リンゴは床でもいいのにベッドを使ってくれなくて、リンゴはとても困るのです」


 冒険者たちの往来があるホールで色々と暴露してくれるんじゃない。


 ヒルダもこれには苦笑いだ。


「あ! それならご主人様と言っても自然なように、こちらでリンゴちゃんの服を用意しますね」


「そんな服があるのか?」


「任せてください。あとリンゴちゃんも、明日はちゃんとオメガさんの言うことをきくんですよ?」


「はいなのです! リンゴは日々、ご主人様のために良い子になることを心がけているですから」


 清々しいまでの良い返事をするリンゴに不安を感じずにはいられなかった。




 そして迎えた翌日の正午――


 俺は詰め襟の正装で会合に臨んだ。


 リンゴは胸元がやや大きく開襟しているが、なんとメイド服姿だ。これなら「ご主人様」と言われてもおかしくはない。


 ギルドの一室に、すでに使者が到着して俺たちを待っている。


 廊下の前で扉をノックするとリンゴを引き連れ中に入った。


 そこで俺たちを待っていた王宮からの使者は――


「初めまして。ジェームスと申します。本日は国王様の代理を務めさせていただきます」


 一瞬、声を上げそうになった。


 それをこらえてかみ殺す。


 あいつが……目の前に……。


 部屋の奥で恭しく一礼する金髪碧眼の美男子に、俺は右の拳をぎゅっと握り締めて……すかさず右手を後ろに隠すように回す。


 小指に嵌めた指輪の石は、この世に二つとないような不思議な輝きをしているのだ。


 その魔法の効果を知らずとも、ジェームスに指輪を見られるのはまずかった。


「ご主人様、ご挨拶なのです」


 メイド服姿のリンゴがちょこんと頭を下げる。


 俺は喉から声を絞り出した。


「三黄冒険者のオメガです」


 ジェームスは柔和な笑みのまま「そんなに緊張なさらずとも大丈夫ですよ」と微笑む。


 その仮面のような薄ら笑いを今すぐにでも引き剥がしてやりたかった。

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