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嘘と嘘

 前後左右に衛兵がつき、本館三階へと階段を昇る。


 冒険者ギルドを取り仕切るギルド長の執務室に俺とリンゴは通された。


 衛兵が三人、俺とリンゴが逃げられないようにでもしているのか一緒に入室する。


 いや、これは俺が部屋の主に狼藉を働かないか監視のためか。


 執務室は華美な装飾を廃した作りで、テーブルのように大きな机には書類が山と積まれている。


 その机についている部屋の主は、亜麻色の髪の少女だった。


「ようこそおいでくださいました。オメガさんと……そちらは?」


 どこかで見覚えがあったが……はて、いつだったろう。


 そうだ。はっきりと顔までは覚えていないが、この美しい亜麻色の髪と良く似た人が乗った馬車を、俺は助けたのだ。


 亜麻色の髪の少女の問いかけにリンゴがその場でぴょんっと飛び跳ねた。


「リンゴはリンゴというのです。ご主人様の奴隷です!」


「いや誤解しないでくれ。事情があって保護したんだ。あの……ギルド長さんでいいんですか?」


 彼女の執務机まで五歩ほどの距離だが、まじまじと少女の顔をのぞき込む。


 その顔つきにも見覚えがあるのだ。


 亜麻色の髪の少女は目配せで護衛の兵士三人を執務室から外に出すと、ホッと息を吐いた。


「お帰りなさいオメガさん。無事でなによりです。それに、初めましてリンゴさん」


 リンゴは「はじめましてです」と、ぺこりとお辞儀をした。


 小さく会釈で返すとギルド長(?)は亜麻色の髪を掴んでズルンとひんむくように外し、机の天板にどさりと置く。


 金髪のショートボブが姿を現した。


 そして引き出しから眼鏡を取り出し掛けて見せた。


「ギルド長としては初めまして。ヒルデガルドと申します。ヒルダとお呼びください」


 受付嬢のヒルダがニッコリと微笑み、俺は混乱する。


「あの……ええと……ヒルダ……だよな?」


 金髪を揺らしてヒルダは頷く。


「普段の執務は執事のバートンに任せているんです。わたしは書類よりも冒険者のみなさんと直接ふれあえる受付のお仕事が向いていますから」


 と、はにかんで見せた。


「じゃあ、ヒルダは本当にギルド長で……」


 先ほどから上手く考えがまとまらず言葉も尻切れトンボになってしまう。


「一応、ギルド長は亜麻色の髪のヒルデガルドで通していて、一部の人間はわたしのことをちゃんと知っていますので。変装はあくまで対外的なトラブル対策ですね」


 名前はほぼそのままだが、ヒルダというのも一般的なものだ。オメガなんていう偽名が他の誰かと被る方が珍しい。


 受付嬢のヒルダとギルド長のヒルデガルドを使い分けしている……か。


 ということは……。


「もしかして執事さんって、あの馬車の手綱を握っていた方ですか?」


「ええ。ですからまずは……お礼を言わせてください。あの時、野盗たちの注意がそれたのは、きっとオメガさんのおかげです。どうやったか見当もつきませんけど、今日までのオメガさんの仕事ぶりをみていて確信しました。助けてくださってありがとうございます」


 席から立って少女は深々とお辞儀をした。


「や、やめてくれって……じゃない。やめてください。あの時のは幸運にも野盗たちが仲間割れしただけで、俺はなにもしてないんです」


 そっとヒルダは頭を上げて「それでも助けようと危険を顧みず飛び込んでくれたんですよね」と、柔和な表情を浮かべた。


 リンゴは俺とヒルダの顔を見比べるようにキョロキョロと視線を忙しく左右に振っていた。


「ご主人様? リンゴになにかできることはありますか?」


「とりあえず誤解を招きそうなことは言わないでくれ」


「はいです! リンゴはご主人様の奴隷ですから! ご主人様に絶対服従です!」


 そ れ だ よ。


 恐る恐るヒルダに視線を向けると、彼女はむくれたように口を尖らせる。


「とはいえ、冒険者は自由ですけどオメガさんが少女を囲うなんてちょっと幻滅しました」


 鼻息でヒルダの眼鏡が真っ白に曇った。


「頼むからまずはきちんと説明をさせてくれ。そのあといくらでもお叱りは受けるので」


 俺が奴隷少女を保護したから、ギルド長が自ら事情聴取のために呼んだというのだろうか。


 ヒルダは眼鏡を外してレンズを手元から取り出したシルクのハンカチで拭く。


「詳しい話はちゃーんとうかがいますよ。それにギルドを通さない危険なお仕事の話をしたばかりでリンゴさんを連れてきたわけですし」


 リンゴはきょとんとした顔だ。ヒルダの視線がリンゴの胸元に集中する。


「オメガさんはやっぱり大きい娘が好きなんですか? あ、今のは気にしないでください独り言です」


 いかん。なぜか責められているにしか思えない。


 が、曇った眼鏡を拭き終えて掛けなおすと、ヒルダは座り直して天板に両肘をつくようにして手を軽く組む。


 口元を隠すようにして彼女は俺をじっと見つめた。


「とりあえず単刀直入に申し上げますね。オメガさん……昇級おめでとうございます」


「すみませんごめんな……はい?」


「今日からオメガさんは三黄です。本当に異例の早さです」


 リンゴはわけもわからず万歳した。


「ご主人様おめでとうございます。さすがご主人様なのです。ところでなにがすごいのですか? ええと、ご主人様がすごいことはまちがいないのですが、リンゴにはわからないです」


 面食らう俺にヒルダは続けた。


「本来であれば五青……単独であれば六藍の階位にも(あたい)する素晴らしい功績を挙げられました。ですが、飛び級のような前例はないので三黄ということで了承してください」


「リンゴを助けたのがそんな功績になるわけ……ないよな」


 となれば心当たりは一つ。リンゴとともに倒した巨人の魔人族から手に入れた巨大アメジストだ。鑑定では町一つ吹き飛ばすほどの危険物とのことである。


 こちらが察したのに気づいてか、組んだ手をほどいてヒルダは小さく息を吐いた。


「高位の魔人族を倒した際に得られる魔法石の中でも、先ほどオメガさんが鑑定に持ち込んだ品物は非常に高い価値あるものです。どのようにしてアレを?」


「そ、それは……話せば長くなるんだが……」


「リンゴとご主人様で倒したです」


 俺は慌ててリンゴの口を手で塞いだが手遅れだったようだ。


「詳しくお話、訊かせてくれますね?」


 リンゴには俺の「憑依」能力を教えてしまっている。迂闊な事を言わせるわけにはいかないが、この場からリンゴを外に出すのもそれはそれで不自然だ。


「ええとヒルダさん」


「衛兵もいませんし受付嬢のヒルダだと思って、今まで通りの調子で話してください。オメガさん、丁寧な口振りは苦手みたいですし」


 見透かされてるな。


「ああ、わかった。それでお願いがあるんだが、リンゴはずっとろくに食べてないんだ。好物の林檎や果物をもらえると助かる」


「あら? でしたらすぐにバートンに用意させますね」


 するとリンゴが眉尻を下げる。


「ご主人様、リンゴはなにもしてないのに林檎を食べられるですか?」


「俺が出世したお祝いだ。遠慮はいらないぞ」


 途端に獣耳と尻尾がピンッ立つ。その場で林檎が跳ねると胸が楽しげにゆっさたゆんと揺れた。

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