表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/38

買い取りと囲い込み

 雁首揃えて並ぶ男たちに告げる。


「リンゴは奴隷じゃない。俺の仲間だ。そこを退いてくれないか? ギルド内で騒ぎを起こして目をつけられるのはお互い避けたいところだろう」


 俺もまだ冒険者になりたてだが、こういう事には免疫がついたようだ。


「チッ……イキってんじゃねぇぞ」


 そうイキリ倒して三人組は去っていった。


「ご、ご主人様? リンゴはおかしかったですか?」


「いいや、そんなことはないよ。おかしいのは因縁をつけてくるああいった手合いの方さ」


 ただ人前で面と向かって優しいとか嬉しいとか言われるのは、内心とても恥ずかしい。いや人前でなくともか。


 リンゴが俺を慕ってくれているからだろうが、この恥ずかしさの根源はきっと、俺にはそんなことを言われる価値がないと自分自身がなによりわかっているからだ。


「それじゃあ中に入るぞ」


「はいですご主人様。ああ、リンゴはこうしてご主人様と言葉を交わせるだけでも、とってもとっても嬉しいです」


 尻尾をブンブンと左右に振って少女は目を細める。新大陸からここまで、よほど辛い目に遭ってきたに違いない。


 俺のような復讐に歪んだ存在になる前に、彼女を救い出せたと前向きに考えよう。


 買い取りカウンターの列に並ぶこと十五分。割り込みをしてくるような連中もジャニアの一件から大人しくなったようである。


 買い取りはクリープリーフのことを知っていた、顔なじみのギルド職員の元で行った。


 カウンターの脇でリンゴが「なにが始まるんです? なにが始まるんです?」と興味津々だ。


 俺は道具袋からこぶし大のアメジストを取り出し、査定の品を見せるカルトンの上に置いた。


 ギルド職員の目が点になる。


「これは……原石ではなくカットされてこのサイズの……アメジストでしょうか」


 白い綿手袋をすると職員はルーペを取り出し鑑定に入る。


 それから俺に確認した。


「この品には魔法力が……かなり莫大な容量のそれが含まれているようです。幸い宝石という形で安定していますが、もしこの中の魔法力が解き放たれれば……町一つ消し飛んでお釣りがくるでしょう」


「そんなにおっかないものなのか?」


「これはギルド長の判断を仰ぐ必要がありますね。お預かりしてもよろしいですかオメガさん?」


「ああ、もちろん。高めに買い取ってもらえるとよかったんだが……値段がつけば御の字だよ」


 危険なものなので買い取りもできないとなると、今夜は馬小屋、明日は朝から薬草摘みだ。


 俺一人ならそれでもいいが、リンゴを養わなければいけない。


 リンゴが不安そうに俺に訊く。


「ご主人様、なんだか残念そうです。リンゴになにかできることはないですか?」


「気持ちだけで十分だよ。心配してくれてありがとうリンゴ。少し鑑定に時間がかかるらしいから、向こうの長椅子に座って待つことにしよう」


「はいです。仰せのままに」


 リンゴを連れてホールの壁際にある長椅子に並んで座る。


 その間、リンゴから彼女の故郷の事を軽く訊いた。記憶は戻らないが、ラポートの町に着くまでに船に三回乗ったそうだ。


 リンゴの故郷はもっと暑く、森の雰囲気もここらあたりとはずいぶん違うらしい。


 それから彼女に今後の事を確認した。


「リンゴはこれからどうしたいんだ? 新大陸に帰りたいなら、渡航費用が必要になるんだが……」


「リンゴはご主人様のおそばにいたいです」


 他に身寄りもなく本来居るべき場所にも帰れない。俺とリンゴは似たもの同士だ。


「わかった。じゃあ……せっかくだからリンゴも冒険者にならないか?」


「ぼう……けん……しゃ? リンゴが冒険者ですか?」


「驚くことはないだろ。獣人族だからとか、元奴隷だから冒険者になれないなんて規定はないはずだ」


 俺みたいな人間も、過去の経歴など一切問わずにラポートの冒険者ギルドは受け入れてくれた。きっとヒルダなら応援してくれるはずだ。


 リンゴは両手で顔を包むように押さえると、尻尾をブンブンと振りながら声を上げた。


「めめめめ滅相もないです。ご主人様の奴隷たるリンゴが冒険者だなんて……」


「リンゴは冒険者になりたくないのか?」


 尻尾が激しく揺れているのを見れば、彼女の本心は丸わかりだ。


「リンゴはずっと盾をすることしかできなかったです」


 前衛向きだが、本気を出したリンゴなら守るよりも自分から攻撃を仕掛ける方がいい。


「素早い身のこなしや蹴り技で俺を救おうと戦ってくれたじゃないか。きっと良い冒険者になれるって。難しいことや手続きなんかは俺が一緒にしてあげるから、リンゴは心配することないんだ」


 武闘家として登録して、いつか彼女が一人前になったら……。


 リンゴの未来を考えている間、俺は自身の復讐を忘れていた。


 獣人族の少女が独り立ちするまで育てている時間は無い。


 ジェームスの手がエレナに迫っているのだ。


「ごしゅじん……さま? なんだかとっても辛そうです」


「なんでもないよ」


 どのみち冒険者として名を上げなければ、ジェームスとエレナの居る王宮に正面から入ることなど夢のまた夢だ。


 リンゴが力を貸してくれるなら、薬草摘みから卒業もできる。利用するようで気が引けるが、その時が来るまで彼女とともに冒険者オメガであろう。


 仲間と受け入れた相手さえも復讐の道具か。


 俺はそっと右手の小指に嵌めた指輪に触れる。


 エレナと再会する機会を得て、俺がこの指輪を外すときがリンゴとの別れの時だ。


 エレナに真実を確認した後のことは俺にもわからない。


 まだ俺の事を心配そうに見つめて眉尻を下げるリンゴに、小さく頷くと彼女の頭を優しく撫でた。


「あふああ……リンゴにはとってもご褒美です。な、なにもしてないのに撫で撫でなんて贅沢なのです」


「リンゴはとても良い子だから俺も幸せになってもらいたいんだ」


「今がとっても幸せです。リンゴはご主人様のためにいっぱい良い子になるです」


 えへんと少女が胸を張ると、大きくて張りのある胸元がゆっさたゆんと上下に揺れた。


 言葉にしなければ伝わらないから無意味かもしれないが、先に謝っておこう。


 俺は悪いご主人様で、いつか近い将来リンゴをおいて消えてしまう……だから、ごめんなリンゴ。


 そう思った矢先――


 本館の方からギルドの衛兵が列を成してやってくると、壁際の長椅子に座っていた俺とリンゴを取り囲んだ。


「オメガさんですね。ご同行願えますか?」


 衛兵の長が俺に告げる。その表情は緊張の面持ちだ。


 口調こそ丁寧だが、この大人数で俺たちを連行するつもりらしい。


 俺は自分でも知らぬまに、なにかやってしまったのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=323252842&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ