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命名と銘銘

 途中まで集めた銀狼牙はオキナルたちもろとも石となって砕け散ったため、手元に残ったのは巨大なアメジストのみだ。


 宝石の価値には疎いが、魔人族の魔法力もこもっているだろうし、冒険者ギルドでの買い取り価格が楽しみだな。


 楽しい――


 仕返し以外で、もう二度とそんな気持ちにはなれないと思っていた。


 獣人族の少女を連れてラポートの町に戻る。その間も彼女の名前を考えていたのだが、しっくりこない。


 ぼさぼさとした長い赤毛にふさふさの尻尾とピンっと立った獣耳。透き通るような青紫色の瞳と……小柄なわりに大きくて張りもあって、なのに柔らかい感触の胸。


 膝枕をされている時に、俺を窒息死させそうになったあの重量感を思い出す。


 こんなにも特徴的で魅力的だった。少女には人間的な理性と野生動物的な美しさが共存していた。


 喋り方も考え方もまったく違うのに、小柄で赤毛というだけで学友のエレナを思い出す。


 二人とも同じ目の輝きをしていた。こちらを見つめる時はとてもまっすぐな眼差しだった。


 冒険者ギルドに向かう道すがら、ラポートの商業港で積み荷を降ろしている一団がいて立ち往生だ。


 迂回しても良かったが、少し待てば道も空くだろう。立ち止まって待つ。積荷はどうやらリンゴのようだ。


「ご主人様、なにかわたしにできることがあるですか?」


「え? いや別に用があるってわけじゃないんだ。ただ……綺麗な赤だと思ってさ」


 恥じらうように少女は内股になるとうつむいた。が、尻尾は左右に大きく揺れて止まるどころか勢いを増している。


「あ、あの、なんでも申しつけてほしいです。ご主人様が喜んでくれると、とっても嬉しくなるですから」


 俺は積荷を降ろす果物商人から林檎を二つ買った。一個を少女に手渡す。


「じゃあ食べ歩きに付き合ってくれ」


 商船から積み荷も下ろし終わり、道が空いたので俺はリンゴを手に歩き出す。


 軽く表面を服でこすってから皮ごとかじりついた。


 疲れた身体に優しい甘さが染みるようだ。


「そ、そんな! 果物なんて奴隷のわたしにはもったいないです。二つともご主人様が食べてほしいです」


「二つもいらないよ。ちゃんと美味しいから食べてごらん」


 少女は胸の前で林檎を両手で包むように持つと、じっと見つめてから小さく頷いた。


 みればヨダレがたれている。


「さあ、召し上がれ」


「は、はいです!」


 シャクシャクと音を立てて少女は林檎を夢中で食べる。


 その頬にツーっと涙が落ちた。


「とっても、とっても甘くておいしいです! ご主人様ありがとうございます!」


 あっという間に食べ終わってしまった彼女だが、少々物足りなさそうだ。


「良かったら俺のも食べるか?」


「そ、そそそそそんな申し訳ないです!」


 言いながらも少女の口からヨダレが垂れる。


「俺の食べかけで悪いけど、はいどうぞ」


「い、い、いただきますです!」


 果実二つをぺろりと食べきり、彼女は芯すら残さなかった。


「林檎が好きなのか?」


「これは林檎というんですね。今、ご主人様の次に好きになりました」


 いちいち恥ずかしいことを真剣に熱心に彼女は言う。


 赤毛の少女と赤い果実――


「なあ、名前の事なんだけどさ……リンゴってどうかな。響きも可愛らしいし」


「りん……ご……ご主人様は、リンゴがお好きですか?」


「ああ、好きだよ。それにお前も林檎を気に入ったみたいだし」


「はいです! 今日からわたしは……リンゴはリンゴです」


 少女は誇らしげに胸を張る。と、林檎サイズでは収まらない小玉の西瓜ほどの胸がゆっさたゆんと揺れた。


 彼女の記憶が戻るその日まで、彼女の名前はリンゴとなったのだ。




 冒険者ギルドに到着すると、リンゴはあれこれ珍しいのかそわそわキョロキョロと落ち着きがない。


「どうしたんだリンゴ?」


「は、はいです! ここは何をする場所ですか?」


「冒険者ギルドだけど……ああ、そうか」


 リンゴを捕らえていたオキナルたちは、俺にすら存在をギリギリまで明かさなかった。


 公の場に連れてくることもしなかっただろう。


 と、俺とリンゴに注がれる他の冒険者たちの視線が厳しい。


「みんなご主人様を見てるです。注目の的です! さすがご主人様!」


「注目の的には違いないな……ははは」


 生傷だらけのボロを纏った獣人族の少女に「ご主人様」と呼ばれていては、嫌でも目立つな。


「なあリンゴ。俺の事はご主人様じゃなくて……」


「はいですオメガご主人様。なんなりとお申し付けくださいです」


 キラキラした瞳で見つめられると、この場でこれ以上強くも言えない。


 今後の事を受付嬢のヒルダに相談しようと思ったのだが、時刻は午後二時を過ぎていた。彼女の遅めな昼食の時間だ。


「先に換金を済ませるか」


「はいですご主人様」


 こぶし大のアメジストも持っているだけでは持ち腐れだ。販路を持つギルドに買い取ってもらって、ようやく現金化の目処が立つ。


 あまり期待しすぎるのもよくないが、まとまった金になったらまずはリンゴの身なりを整えよう。


 ギルドの中央ホールから別棟にある買い取りカウンターに向かった。


 これまでのパターンだと、リンゴを連れているだけで困った連中に絡まれるのだが……。


「おいおいニーちゃんよぉ女連れか?」


「二橙になったからっていい気になってんじゃねぇのか?」


「つーか獣人奴隷かよぉ! マニアックな趣味してんなぁおい」


 ガラの悪い三人組に別棟前の入り口で遭遇してしまった。中央の男が二橙で、残りは一紅という組み合わせだ。


 さて、どうしたものかと対処方を考えつく前に、リンゴが一歩前に出てニッコリ微笑んだ。


「そうです。リンゴは今とても幸せです。リンゴのことを大切にしてくださる素敵なご主人様にお仕えできるようになったです」


 無邪気な返答に三人組は肩すかしを食らったらしい。


「へ、へぇ……教育が行き届いてるんだな」


「ご主人様はリンゴに色々なことを教えてくれて、リンゴは嬉しいです。それにご主人様からはぽかぽかのお日様みたいな良い匂いがするのです! あと、ご主人様は美味しい林檎をリンゴにくださりました、それからそれから……」


 これ以上は見ていられない。俺はリンゴと男たちの間に割り込んだ。

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