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☆報復と絶叫

「あばばばあひゃひゃあーすけええええええてえええええ!」


 左手で軽く握った俺の身体が悲鳴をあげた。あまり強く握ると背骨ごとボッキリ潰してしまいそうだが、何を思ったのか現在俺の肉体を支配している悪魔デーモンは、なんとか巨人の手の拘束から抜けだそうともがきだした。


 それを見て銀髪に変わり赤い焔のような紋様を纏った獣人族の少女が吼える。


「その人は生きたがってるです。放せ……放せッ! 放せえええええ!」


 一瞬、その場から消えたように錯覚するほど早く跳躍し、鋭い蹴りが巨人の俺の顎先をかすめる。一蹴りで大きく飛び上がった身体能力は驚嘆の域だ。


 だがあと少し届かなかったな。こちらも攻撃が来ると身構えていれば、見切ることができる。


 無論生身の俺では少女の動きを目で追うことさえやっとだろう。


 今の俺は魔人族の巨人だ。警戒していれば獣人族の少女の攻撃を防ぐことも容易だ。


 頭の中に今自分ができることをリストアップする。


 地火風水の中でも大地属性の魔法が一通り揃っており、石化や水晶化といった呪いがこの巨人の得意な魔法だった。その魔法の力で石化した森を広げ、自身の支配領域に作り替えているようだ。


 能力を確かめている間にも少女は“俺”を解放しようと果敢に蹴りかかってくるのだが、右手で軽くいなした。


 魔人族に憑依してわかったことがある。そのうちの一つは弱点の存在だ。


 普通に戦えば人間など恐れるに足らぬ存在だが、この魔人族の肉体に弱い部分があった。


 股間である。人間の男も金的で悶絶するには違いない。が、この魔人の場合はそこを砕かれると魔法力の供給源が破壊されるようだ。


 本来人間には知る術はなく、時折冒険者たちに討伐されるのは、幸運にも魔人族の弱点を突いた結果だった。


 魔人族同士の抗争ではお互いの弱点を探り合い先に破壊した方が勝つというような戦いを、何千年と繰り返してきたらしい。


 人間に憑依した時は記憶を紐解くことはできなかったが、魔人族に憑依したことで俺自身も土壇場で能力が強化されたのだろうか。


 手の中で俺の肉体は「ひいいいいいいっひいいいいいいっ!」と、口から泡を吹きながら声を上げ続ける。ヨダレをまき散らし白目を剥いて……見るに堪えない。


 こんな情けない姿の俺を、獣人族の少女は助けようと必死に何度も飛びかかってきた。


 巨人の俺は訊く。


「なぜ抗う? 自分独りで逃げれば良いではないか?」


 青紫色の瞳がキッと俺をにらみ返す。


「ご主人様じゃないですけど、助けようとしてくれたです」


 俺は左手に軽く握った黒髪の青年を掲げるようにした。


「助けてはいないだろう。こいつはただ恐怖で立ちすくみ捕まっただけの間抜けな人間だ。恩に感じることもない。見れば貴様の首に嵌められていた首輪の呪いを自力で解いたようではないか。もはや貴様を縛るものはなにもないだろうに? 立ち去れ小娘!」


 憑依し同化したためか、こちらの口振りも自然と魔人族らしく高圧的になる。


 もし俺が少女の立場なら立ち向かう勇気など持ち合わせていないだろう。


「い、い、いやです! その方は、わ、わたしが銀狼の牙にかかろうとしていた時に……ち、力を与えてくれたです! あの時はご主人様をまもらなきゃで、反撃もしちゃいけなくて……それでも嬉しかった。心配してくれた。痛みも少なくなった。ほんの一瞬の優しさでも……たとえ気まぐれだったとしても……だからこの命をかけてもお救いする価値があるです!」


 自分の痛みを我慢し続けて、他人である俺のために少女は大粒の涙をこぼした。


 頼むからお前だけでも逃げてくれないだろうか。


 俺もいつまでこの巨人に憑依していられるかもわからないし、銀狼の群れがオキナルたちを追撃に出ている今こそ、彼女が独り逃げきる好機なのだ。


「死にたいのか小娘?」


「その方を見逃すです! わたしはどうなっても構わないですから!」


 少女は再び身構える。


 銀髪と尻尾を振り乱しまだ戦おうとする獣人族の少女にとって、俺の救出は命を賭してでも行わなければならない事のようだ。


 俺の心に奇妙な感情が生まれた。


 ジェームスに裏切られエレナに真意を問いただすこともできず、もう誰も心から信頼することなどできないと思っていた。


 復讐を遂行するために新人冒険者と偽っている。ギルドで親切にしてくれる受付嬢のヒルダにも、俺は正体を明かすことはできない。


 なのにこの目の前で唸り声を上げ威嚇し巨人を見上げる少女になら、すべてを打ち明けてもいいように思えた。


 そうしなければ状況は打破できない。彼女には、今、俺が巨人を操っていると理解させる必要があった。


「ちょっと……いいか?」


 俺は巨人ではなく元の俺の口振りで少女に訊く。耳をピンっと立てて獣人族の少女は警戒の色を強めた。


「な、なんですか? ようやくその方を解放する気になったですか?」


「実はだな……」


 言いかけたその時、銀狼の一団がゆらりとした足取りで俺たちの元に戻ってきてしまった。


 四肢をもがれたオキナルら三人の襟首をくわえて。




 銀狼たちは供物を奉じるように、手足を失った三人の男を巨人の前に並べた。


 黒魔導師ノートクロの視点は定まらず、虚空をさまよいながら「は、ははは、嘘だ……こんな……こんなこと……」と呆けたように笑っていた。


 剣士ケニィが悲鳴のような声を上げる。


「全部オマエが悪いんだッ! 付与術なんてまやかしでオレたちが強いって誤解させやがってッ!! ちくしょー……ちくしょうちくしょうちくしょう! おいなんとか言えよ!」


 手足を失っても生きているのが不思議だった。みれば傷口が水晶のように結晶化している。


 銀狼にこんな力が元から備わっているとは思えない。おそらく巨人の魔人族の眷属として与えられた力なのだろう。


 オキナルが獣人族の少女を見つめた。途端に先ほどまでの野性の闘志が消え失せて獣人族の少女の髪の色が赤く戻っていく。


「お、おお! 無事だったか! しかもその姿は……ともかく早くこの腐れ狼どもから私を救出しろ。拾ってやった恩義を忘れたか!?」


 途端にケニィがオキナルに吠えかかった。


「アンタ、自分一人だけ助かろうってのか!?」


「奴隷盾の所有者はワシだ。この役立たずが。奴隷の方がマシではないか」


 ケニィがいびつな怒りの形相を浮かべた。


「なんだとロートルジジイ……いいかおい奴隷娘! オマエがなんで一人ぼっちだったか教えてやるよ」


 少女の耳がピンと反応する。ケニィは続けた。


「オマエが住んでた村を魔物に襲わせたのはそのジジイなんだぜ? 村を全滅させてから、魔物がいなくなったら遺跡の宝を持ち出すって算段だったんだが……宝どころかオマエが震えて隠れてただけだったんだ。結界やぶりや城門に細工をするのにずいぶん苦労したんだぜ」


 オキナルが首を左右に振る。


「耳を貸すな! すべて戯言だ!」


 ノートクロが呟いた。


「ああ、あの魔物除けの結界は実に美しかった……美しいものは破壊される瞬間さえ美しい……この大魔導の力をもってすれば……ふひひ……ひひっ……」


 これ以上は聞くに堪えない。耳が腐り落ちそうだ。


 獣人族の少女は崩れるように膝を地に着き、呆然としたままオキナルをじっと見つめる。


「ご主人様……どうして……どうして……」


「冷静になれ。いや、頼む! お願いだ! 助けてくれッ! 助けてくれるよな? ご主人様のワシだけは?」


 この期に及んでまだそんなことが言えるのか。


 俺は巨人の太い指先でオキナルを指し示す。それだけで銀狼たちの視線と殺意が聖職者風に集中する。


 改めて魔族らしく高圧的な口ぶりで訊いた。


「チャンスをやろう。真実を話せ」


 すっかり憔悴しきってしわくちゃの老人顔になった聖職者風が何度も首を上下に揺らす。


「わ、わわ、わかった! なんでも話す!」


「この娘の故郷を魔物に襲わせたのは本当か?」


 獣人族の少女がじっとオキナルを見つめた。不安げな顔だ。まるで最後の希望にすがるような青紫色の瞳に、オキナルはこう返した。


「ああ、本当だとも! 真実だ! さあ話したのだからワシだけは見逃してくれ!」


 少女の希望を聖職者風は打ち砕き、俺は半ば予想通りの回答に安堵した。


 巨人の姿を借りてオキナルに告げる。


「その行為に対して、小娘に言うことはないのか?」


「わ、わ、悪かった! 出来心だった! 許してくれ! ワシとてそのような手段はとりたくなかった! 使える手駒がカスの一紅二人で、新大陸で名をあげるにはあれしかなかった! わかってくれワシとてつらかったのじゃ」


 すがすがしいほどに腹の中までどす黒い。それを包み隠す余裕すらなく吐露してくれた。


 オキナルの首が巨人の俺を見上げる。


「さ、さあ……早く助けてくれ! もう二度と悪事には手は染めぬ」


「そのような約束は必要無い。こちらの要求は小娘だ」


「そ、そうかそうか! くれてやるとも! その奴隷の所有権を放棄する」


 少女の肩が細かく痙攣したように震える。


「ごしゅ……さま……捨て……ないで……」


「うるさい! ワシと貴様はもう無関係じゃ! 魔人よ! いや魔人様! できればワシの腕と足を治してはくれまいか? 貴方様ほどの魔人になら簡単なことだ」


 要求までしてくるのか。実際、失われた肉体の再生も高位の司祭であれば可能だった。


 この魔人族にも同じことができそうだ。


 ケニィは一人助かろうとするオキナルに呪詛のように「死ね」だの「ふざけるな」だのと言葉を吐き続ける。


 ノートクロはずっと乾いた笑いを吐き出し続けていた。


 俺は獣人族の少女に問う。


「だそうだ。最後は貴様が決めるがいい。討ちたくば故郷の同胞の仇を討て」


 少女は唇を震えさせた。


「わ、わた……しは……」


「どうした? 恨みはその手で晴らさねば収まらぬだろう」


 首と尻尾を大きく振って少女は俺に懇願した。


「死ぬ必要がないなら……たとえ仇でも……生きていてほしいです。それに……わたしには……故郷の記憶……ないですから……覚えてたらきっと憎しみに染まってたです……けど……幸運にもつらい記憶は……ないですから」


 言葉を一つ一つ口にするのさえつらそうだ。彼女もあまりの出来事にショックで記憶を失ってしまったのかもしれない。


 俺と似ていた。肝心な部分が欠落している。だが、彼女はだからこそ相手を赦そうとしているのだ。


 故郷を滅ぼされた事実と、今日までの仕打ちがあったとしても。


 オキナルの瞳が希望に輝いた。


「おお! 助けてくれるんじゃな!」


 少女は顔を背けつつも小さく頷いた。


 もちろん――


 そんなことはこの俺が許さない。すでにこの手は復讐の闇と血の色に染まっている。


 たとえ少女に恨まれようとも、こいつらを生かして帰すつもりはない。

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