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変身と変心

 化石の森の奥へと進むと、石化樹の続く風景が変異した。


 木々が水晶のように透き通っているのだ。魔法力の源泉が近いのか、普通の人間には呼吸も苦しくなり始めた。


 黒魔導師だけは元気である。


「おお! なんという魔法力のほとばしりよ!」


 上級の魔導師ともなると大気中の魔法力を体内に取り込んで魔法の威力を強化するなんてこともやってのけるのだが、黒魔導師ノートクロに尋ねると「我の力が解放されさえすれば、そのようなことは容易い」と口元を緩ませた。


 できませんとは口が裂けても言えないらしい。


 俺は獣人族の少女に尋ねる。


「魔法力濃度が高いが大丈夫か?」


 少女はオキナルをじっと見つめた。オキナルがため息交じりに頷くと「だ、大丈夫です。手も足もくっついているです。これならお守りできるです」と、返事をする。


 内容はともかく、森の風景が変わってから少女の感情は少しだけ上向いたように感じた。


「そうか。元気になってくれて良かったよ」


「どうして……ですか?」


「どうしてって……人を心配するのに理由はいらないだろ」


「人じゃないです。骨と肉と毛皮でできた盾です。盾の役割は人を守ることですから」


 そう告げてから彼女小声で呟いた。


「ただ……この森は全然違うのに、ちょっと故郷に似た匂いで……嬉しいです。連れてきてくださって、ありがとうございます」


 頬を赤らめて少女は伏し目がちになった。


 その首にはめられた隷属の証は、まるで彼女の心まで縛っているようだ。


 ただ、今の感謝には本心というか、安らぎのような感情の波動を受けた。そういったものを感じられる心を少女は残している。


 ただ、その心の灯火もオキナルの元にいてはだんだんと失われていくだろう。


「彼女を解放しろ」


 オキナルが目を細めた。


「いきなり何を仰るかと思えば……それはなりませぬぞ付与術士殿」


「俺がお前たちの仲間になるというならどうだ? 契約内容は好きに決めてくれて構わない」


 いかん。俺は何を言っているんだ。俺の人生の目的はジェームスが隠蔽した真相を暴いて、あいつに報いを受けさせることだろう。


 なのに……放ってはおけなかった。名前すら持たない獣人族の少女は俺と同じだ。


 どういった経緯で捕まったにせよ、彼女も元いた場所から捨てられて、もう戻れずにいるのだ。


 俺の申し出にオキナルが腕組みをする。


「ほほぅ……それはそれは」


 ケニィとノートクロが瞳を輝かせた。


「奴隷盾なら新しいのを買えばいいけど、専属付与術士はお得じゃないですかマジで」


「我に隷属するというならば大魔導の真髄を見せてやろう。ああ! ついに地獄の門が開かれる時だ!」


 オキナルは若い二人の冒険者にやれやれと眉尻を下げた。


「交渉は町に戻ってからでいかがでしょうか付与術士殿」


 獣人族の少女は困惑していた。


「す、捨てないでほしいのです。もっともっとがんばるですから。ひ、ひとりぼっちにはしないでほしいです」


 聖職者風はにっこり笑う。


「意見してよいと許可した覚えはないが?」


「あうぅ……ごめんなさい……です」


 獣人族の少女が黙り込んだその時――


 化石から水晶へと変わった森の気配が一転した。




 俺たちは知らなかった。


 この化石の森の奥深く、木々が水晶のように輝く場所が魔人族の領域だったということを。


 銀狼の群れが一斉に俺たちを取り囲むと、森の奥から体長十メートルほどの半裸の巨人が姿を現した。


 紫色の表皮は人外のそれであり、鋭い牙を口元に光らせ赤い瞳が俺たちを見下ろした。


「に、逃げろッ! 魔法力濃度の低いとこまでいけば追ってこねぇし!」


 前衛として仲間を守るべき剣士が最初に声を上げる。言われるまでもなく黒魔導士と聖職者風も来た道を遡るように走り出した。


「ぐぬぬ付与術士が動かぬ! もったいないが我が死んでは大魔導の損失。我が身代わりとして残ることを許可しよう」


 連中の判断は迅速だ。こういった修羅場をいくつくぐり抜けてきたのだろう。


 一方で、俺は立ちすくむ。


 壁のようにそそり立つ死を前に金縛りにあい、巨人の圧力に瞬きすら忘れてしまった。


 オキナルが吼える。


「その場を死守しろッ!」


 それは獣人族の少女へと発せられた言葉だった。


「は、はい……です」


 巨人の前に立ち、銀狼に取り囲まれて少女は笑っている。


 震え怯え捨てられて、首輪にかけられた呪いによって従うより他無い。


 少女は俺を見つめた。


「ここは盾になるです。逃げてほしいのです。最後に……優しくしてくれてありがとう。どうか……生きて……」


 少女の頬を涙が伝った。


 言葉とは裏腹に彼女の心の波動は哀しみに暮れ恐怖に怯えている。


 巨人の魔族が顎で合図を送ると、二十匹ほどいた銀狼の群れの半分が俺と少女の脇を素通りして、逃亡した三人を追いかける。


 巨人は口を開いた。


「一人も逃すな。手足は好きにしていいから殺すなよ。久しぶりの客人だ。私の可愛いペットを殺した分まで、たっぷりともてなしてやるぞ下等生物どもめ」


 低く響く声は逃げる三人組にも届いただろう。


 付与術士がしくじればパーティーは全滅する。今、まさにその瞬間を迎えようとしていた。


 学園で習ったことだが、手練れの冒険者パーティーでも何人生き残れるか? というのが魔人族との戦いだという。


 ケニィたちの判断はきっと間違ってはいない。被害を最小に抑えるという意味においては。


 俺の前に出て少女が声を震えさせた。


「どうして逃げないですか?」


「いやなんだよ。こういうのが……こういった事が……こういった世界が。独りじゃなにもできない俺の無力さも含めて、こんな世界……大っ嫌いだ。人を捨て駒にしやがって。人を踏み台にしやがって。人を利用するだけ利用していざとなればあっさり見限りやがって。そんな人間には俺はなりたくないんだよ」


 ジェームスだけじゃなく、監獄の塔に幽閉されてから逃げ出して王都を出て、冒険者ギルドにたどり着いてからも、そんな奴らばかりだった。


 俺は右手の指輪にそっと左手を添える。


 エレナだけじゃなく、孤児院のソフィアさんや冒険者ギルドのヒルダ……それに目の前の名も無き獣人族の少女が、ああいった連中の食い物にされるようなことはあっちゃならないんだ。


 俺は巨人に吼えた。


「俺を捕まえてみろ」


「ほほぅ。訳のわからぬことを吼えたかと思えば、貴様もその小娘同様、あやつらを逃がすための囮にでもなったつもりか」


 巨人の腕が俺を掴もうと伸びる。獣人族の少女が飛びかかったが、巨人が腕を軽く振るって少女はなぎ倒されると、水晶の大木の幹に背中から叩き着けられた。


「――ッ!?」


 俺を庇おうとして……すまない。


 俺を両手で握りつぶすようにしながら巨人は掲げる。


「さて下等生物よ。お望み通り捕まえてやったぞ。このまま搾り上げてどれほどの血が流れるか試してやろうか?」


 俺はじっと巨人の顔を見据えた。禍々しい凶暴な悪鬼の形相だが、巨人は大きさこそ違えど人の姿をしており、言葉による意思疎通も可能である。


「ああ、ありがとうよ。こうして俺の身体を捕まえておいてくれてさ」


 賭けではあったが勝算もあった。


 少しずつ締まり圧迫され骨が軋み肺が潰れるその前に――


 俺は「憑依」能力を使った。視界が白く染まると次の瞬間、俺の手の中には俺の肉体があった。


「あばばばあばばあはははひゃはああああ!」


 悪魔憑きとなった俺の肉体が手の中でジタバタと暴れる。それを左手で抑えつつ、俺は銀狼に命じた。


「みなあの連中を追え。逃がすな」


 声は通じたようで、残っていた銀狼十頭も逃げた三人の冒険者を追う。


 俺は膝を着き木の幹に背中を打って倒れた少女に手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


「その人を……その人を解放するのです! 自分なんかのために残って、守ろうとして、命の……恩人なのですから!」


 俺が差し出した手を少女が蹴りつける。


 油断していた。少女の蹴りの一撃が衝撃となって伝わり、俺の右肩を軽くのけぞらせたのだ。


 赤い髪に銀髪が混ざり込み、少女の身体のあちこちに火のような赤い入れ墨が浮かび上がった。


 まるで何かに覚醒したかのようだ。


「この命燃え尽きても、お救いするのです」


 少女は自ら従属の呪いがかかった首輪に手をかけると、一気にそれを引きちぎる。


 赤毛は逆立ち揺らめいて、先ほどまでとは別人のようだ。


 ええと、ちょっと……これは……魔人族に「憑依」するまでは良かったが、この展開は俺も想像していなかった。

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